風影奪還の章
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私は我愛羅の傍に膝をつき、その手をそっと握った。あの時、私の頬に触れた手よりもずっと大きくなっているのに、その手はあまりにも冷たかった。
『我愛羅……』
小さく名を呼ぶ。返事がないことは分かっていた。それでも、呼ばずにはいられなかった。背後でチヨ婆様が静かに膝をつき、我愛羅の胸へ手を当て、そっと目を閉じる。次の瞬間、濃密なチャクラが波のように広がり、我愛羅の身体を優しく包み込んだ。
医療忍術なんてもう手遅れだ。やめさせようとチヨ婆様の手に触れようとしたその時、ふと、異変に気づく。呼吸が浅くなり、肩が小さく上下し、その背がかすかに震えていた。
『……まさか』
何かがおかしい。そう理解した瞬間、背筋が凍りつく。視線を上げると、チヨ婆様は穏やかに、にっこりと笑っていた。それは、すべてを受け入れた者の笑顔。あまりにも優しくて、あまりにも静かな覚悟。
『やめて……』
叫びたかった。その術を止めたかった。でも、声は震えるだけで出てこない。手を伸ばせば届く距離、止めようと思えば止められる距離。それなのに、身体は石になったように動かなかった。
チヨ婆様はさらに深く我愛羅へと身を預けるように、チャクラを流し続けている。命と引き換えにする術。私はただ、握った我愛羅の手に力を込めることしかできなかった。冷たいはずのその指先に、ほんのわずかな温もりが宿り始める。消えかけた火種が、もう一度燃えようとしているような、かすかな熱。
助けたい。
だけど、そのために誰かが消えていくなんて。
チヨ「くそ……チャクラが、まだ足らぬ……!」
ナルト「こんちくしょうがぁっ!!」
叫びと同時に、チヨ婆様の手へナルトの手が重ねられ、荒々しく、それでいて真っ直ぐなチャクラが一気に流れ込んだ。それでも、我愛羅の胸を包んでいた光は少しずつ弱まり始める。さっきまで確かに感じていた命の鼓動が、指先からすり抜けていく。まるで、灯りかけた命の火が、再び消えようとしているかのように。
間に合わない。
胸の奥で、その現実をはっきりと悟る。このままでは命を削るだけで届かない。私は我愛羅の手を強く握り締めた。細い指に力を込め静かに目を閉じる。
『……っ』
意識の奥底に沈めていたチャクラを一気に解放する。青い光が脈打つように溢れ出し、私たちを包み込んだ。絡み合っていた術式の流れへ、そっと自分のチャクラを重ねると、崩れかけていた均衡がほんのわずかに持ち直した。
カカシ「っ……おい……!」
背後から切迫した声が飛ぶ。止めようとしていることも、心配してくれていることも分かっていたけれど、私は振り返らない。
『大丈夫……死なないから』
静かに息を整えながら告げる。安心させるためだけに浮かべた小さな笑み。その直後、カカシ先生の気配がすぐ後ろまで迫った。
『私は補助しかできないよ』
そう口にすると、その言葉は胸の奥へ静かに沈んでいく。この術は、あまりにも緻密だ。命を繋ぎ止めるための天秤は、すでに大きく傾いている。私のチャクラでできることなんて、本当にわずかで、命を肩代わりすることも、奇跡を起こすこともできない。ただ、消えかけた灯火に、あと一滴だけ油を注ぐこと。それが、今の私にできるすべてだった。
チヨ「…… 名前よ。お前は、本当に優しい子じゃな。こんな年寄りの命まで救おうとするとはのう。じゃが……これが、わしの役割じゃ。最後に正しいことができて、わしは満足しておる」
その眼差しが、まっすぐ私を見つめる。
チヨ「お前はまだ生きねばならん。まだ……果たすべきことがある」
その言葉に堪えていたものが溢れ、ぽたりと一粒頬を伝った雫が我愛羅の手の甲へ静かに落ちる。私は震える唇を噛み締めながら、我愛羅へ視線を向けた。三年前に見た幼い面影は薄れ、そこにいるのは、里を背負う風影として静かに眠る一人の青年だった。
『……戻ってきなよ。まだ、あなたと話したいこと……たくさんあるの』
沈黙が流れるその静けさの中で、チヨ婆様はふっと穏やかに口元を緩めた。
チヨ「……我愛羅のことを、頼んだぞ」
その言葉を最後に、流れ続けていたチャクラが静かに途切れ、私の手の中で握っていた彼の指先が、ほんのわずかに動いた。彼の胸がゆっくりと上下し、閉ざされていた瞳がゆっくりと開いた。その視線が最初に映したのは、空でも、砂の里の者たちでもない。すぐ傍で必死に涙を堪えようとしている、私だった。
ガアラ「……泣くな」
掠れた声。その一言は真っ直ぐ私へ届いた。握っていたはずの彼の手がゆっくりと力を取り戻す。震える指先が私の頬へ伸び、伝う涙をそっと拭った。
『……泣いてない』
そう言い張っても意味がない。彼の瞳に映る私は、どうしようもなく泣き顔だった。彼が生きている。ただそれだけで胸がいっぱいになる。こうして触れられることが嬉しかった。また言葉を交わせる。その事実を実感した瞬間、堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。
ガアラ「……これは、夢か」
ゆっくりと瞬きをしてから視線を巡らせる。砂の里の忍びたち、ナルトたち、そして私。
ガアラ「お前がいる。それに、これは……」
『夢じゃないよ。私たち、みんなで助けにきたの』
その言葉に、彼は一瞬だけ目を見開き、ほんのわずかに口元を緩めた。
ガアラ「……相変わらずだな。相変わらず、お前は……おせっかいなやつだ」
その一言だけで十分だった。胸の奥に積もっていた不安も、苦しさも、失ってしまうかもしれないという恐怖も、静かに溶けていく。助けられて、本当によかった。そう思えた瞬間、頬を伝う涙はもう止められなかった。
ガアラ「会いたかった」
『うん…私も、会えてよかっ……』
最後まで言えなかった。そっと首の後ろへ手が回される。思っていたよりもしっかりとした力で引き寄せられ、互いの距離が一気に縮まった。
柔らかな感触が唇に触れる。
思考が真っ白になり、何が起きたのか理解するよりも先に、彼の体温だけが静かに伝わってきた。ほんの一瞬だけれど、その短い時間はひどく長く感じられた。
「えぇぇぇぇ!?」
「ちょ、風影様!?」
「今のって……!?」
遅れて、周囲から悲鳴にも似た驚きの声が一斉に上がる。私は目を丸くしたまま固まり、何も言えずに我愛羅を見つめ返した。対する本人は、静かに私を見つめ返すだけ。唇が離れても、その表情はいつもと変わらない。まるで、ごく当たり前のことをしただけだと言わんばかりに。
ガアラ「……これで、ちゃんと会えた」
ぽつりと落とされたその一言に、今度こそ私の顔は一気に熱くなった。
