風影奪還の章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『1時間だけ!』
そう言い残して、彼女は振り返りもせず駆けていった。万華鏡写輪眼の反動は、まだ身体の奥に重く残っている。無理をすれば動けるが、一歩目が遅れる。たった一歩、その一歩が出ないだけで、追いかけることすらできない自分がひどくもどかしかった。
カカシ「……1時間、か」
小さく呟き天井を仰ぐ。夜風に乗って窓の外から祭りの音が流れ込んでくる。笑い声、太鼓の音、上がる歓声。風影帰還を祝う祭り。平和の証のはずのその音が今は妙に遠く感じた。
我愛羅が見せた不意打ちのキス。あの瞬間、動いたのは指先だけだった。結局、俺も皆と同じ、ただ見ていただけの傍観者。胸の奥に言いようのない違和感が残る。それが、教え子を案じる気持ちなのか。当たり前のように隣にいた存在を、誰かに奪われたような感覚なのか。まだ、自分でも分からない。
カカシ「そこまでだよ、風影様」
止めていいのか、そんな迷いが頭をよぎるより先に身体が前へ出ていた。松葉杖をつく情けない格好など、気にしている余裕はない。体は重く万全とは程遠いけど、立ち止まる理由にはならなかった。
ガアラ「またお前か……はたけカカシ」
低く抑えた声で名を呼ばれる。視線が正面からぶつかり、互いに一歩も引かない緊迫した空気。剣呑というほど荒れてはいないが、そこには確かに、研ぎ澄まされた“警戒”が漂っていた。
カカシ「やり方が、少し強引じゃないかな」
軽く言ったつもりだったが、声は思ったより低く出た。
ガアラ「……俺は、話をしていただけだ」
カカシ「本人が嫌がってる」
淡々と告げ、そしてわずかに一歩踏み出した。それだけで彼女と我愛羅の間に、確かな線が引かれる。空気が僅かに張り詰め、視界の端で我愛羅の瞳がわずかに細くなるのが見える。
ガアラ「……邪魔が入ったな」
短く息を吐き、視線を逸らす。
ガアラ「今日のところは引こう」
その言葉にははっきりとした区切りがあった。そう言うと、彼はもう一度彼女のほうへ向き直る。
ガアラ「名前。お前と二人でこの景色を見られてよかった。木ノ葉に帰るまで、ゆっくりするといい」
その声には命令でも独占でもない、ただ静かで確かな名残。彼はそのまま踵を返す。すれ違う瞬間、俺の横を通り過ぎながら低く付け加えた。
ガアラ「……あいつは、もう守ってもらう立場にはいない」
砂が彼の背を追うように舞い上がる。やがてそれも、夜の闇に溶けていった。俺はしばらく、その場に立ち尽くす。風に混じって、遠くから祭りの音が届く。笑い声、太鼓の音はどこか遠くで鳴っているように聞こえた。ゆっくりと息を吐く。
カカシ「お前は、本当に人の言うことを聞かないよな」
気まずそうに立ち止まっている彼女の頭を、軽くこづくと『あはは』と屈託のない笑い声が、夜に溶けていく。
『……止めてくれて、ありがとうございました』
カカシ「……まあ、教師の仕事だからね」
そう答えながらも、頭の片隅には別の言葉が残っていた。〝あいつは、もう守ってもらう立場にはいない〟本当に俺がここへ来た理由は、ただそれだけだったのだろうか。視線を夜空へ逃がした。
『じゃあ、お礼』
そう言って彼女が懐に手を入れた瞬間、嫌な予感がした。次に彼女の手から現れたのは小さな瓶が二つ。中で揺れているのは琥珀色の液体。それを見て、思わず目を細めた。いや、まさかとは思うけど。
カカシ「……まさかとは思うけど」
半ば願望混じりでそう口にすると、彼女は悪びれもせずに笑った。
『砂のお酒。約束したお土産です』
さらりと言い切るその態度に、内心ため息が漏れる。反省という言葉は、どうやら彼女の辞書には載っていないらしい。
カカシ「勤務中なんだけどなぁ」
一応、注意はしてみる。とはいえ、自分でも分かっていた。声にあまり強さがない。
『一口くらいなら、問題ないでしょ?』
そう言って距離を詰めてくるあたり、完全に分かってやっている。やれやれ、と手を伸ばしかけた、その瞬間。
カカシ「まぁ、そうだけど……って、ちょっ、名前。未成年でしょ」
慌てて酒瓶を取り上げると、彼女はむすっとした顔でこちらを見上げた。その表情が妙に幼く見えて、余計に気が抜ける。
『私、もう成人です』
……は?次に瞬きをした時には、俺の手元から酒は消えていた。視線を戻すと、彼女は何の躊躇もなく瓶に口をつけている。
カカシ「え、どゆこと」
思わず素の声が出た。冗談だと思いたかったけど、彼女の表情は妙に真剣で冗談を言っている顔ではない。
『自来也さんから聞いてませんか? 私の一族のこと……話すと面倒なので。とりあえず、成人してるので問題ないです』
淡々と告げられたその言葉に、思考が一瞬だけ止まる。頭の中に浮かんだのは、自来也様の顔。ああ、なるほど、あの人なら肝心な説明をすっ飛ばす。説明不足にも、ほどがあるでしょ。
カカシ「……ほんと、あの人は」
小さく呟きながら、ため息をついた。目の前では、彼女が何事もなかったかのように酒瓶を揺らしている。勤務中、それに未成年……だと思っていた。問題だらけのはずなのに、不思議と強く止める気にはなれなかった。もう否定する気も失せていた。肩の力を抜き、彼女の隣に並んで腰を下ろす。差し出された一本を受け取り、瓶の口を指で軽く弾いてから栓を抜くと、ふわりと立ちのぼる、砂の酒特有のほのかな甘い香り。乾いた夜風に溶けて、どこか懐かしい匂いがした。
遠くから聞こえてくるのは、太鼓のリズムと人々の笑い声。灯りに包まれた砂隠れの里は、昼とはまるで別の顔を見せていた。ざわめきすらも穏やかで、静かに、確かに息づいている。隣を見ると、名前は躊躇いもなく瓶を傾け、くいっと勢いよく一口。そのまま満足そうに息を吐き、目を細めて街を見下ろしていた。祭りの灯りに照らされた横顔。不意に胸の奥が静かに揺れた。
カカシ「…綺麗だね」
思ったままが、口からこぼれる。里のことを言ったつもりだったけれど、本当はどちらを指しているのか、自分でも分からない。
『ほんとに綺麗』
彼女はそう答えて、楽しそうに微笑む。視線の先にあるのは、間違いなく砂隠れの夜景だ。それでも、その横顔からしばらく目を離せなかった。夜風が、二人の間を静かに吹き抜ける。言葉はそれ以上要らなかった。
その後、二人で部屋へ戻った瞬間だった。扉を開けた途端、空気が張りつめる。視線を感じて顔を上げると、そこにいたのはサクラ。しかも、その目は明らかに、何かを勘違いした視線でこちらを睨みつけていた。
サクラ「……二股」
低く、はっきりとした呟き。言葉の意味を理解するより先に、名前が固まる。
『ち、違うから!?』
カカシ「待ってサクラ、落ち着こう。これはその…」
サクラ「先生は黙っててください!一番怪しいです!」
なるほど、どうやらこの場で一番信用されていないのは俺らしい。結局、我愛羅との一件から、祭りの流れ、酒の話に至るまでを一つひとつ、丁寧に説明する羽目になった。名前も必死に補足し、身振り手振りで否定してくれる。誤解が解けるまで、思っていた以上に時間がかかった。
それでも最後にサクラが大きく息をつき、渋々ながらも納得した様子を見せたとき、ようやく胸を撫で下ろす。砂隠れの夜は、どうやら酒よりも厄介な余韻を残してくれたらしい。それでも、不思議と悪くない夜だった。
