風影奪還の章
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砂隠れの里は今夜、異様なほど賑わっていた。
通りの向こうから響く太鼓の音。色鮮やかな布飾りが風に揺れ、香ばしい屋台の匂いが夜風に乗って漂ってくる。風影・我愛羅の無事帰還を祝う祭り。その中心が今まさに始まろうとしていた。始まろうとしている、はずだった。
『……行きたい』
ぽつりと漏らした一言は、目の前の男にはまるで届いていない。
カカシ「だーめ」
『なんで!?』
カカシ「理由、もう分かってるでしょ」
気の抜けた調子だけれど、その片目は笑っていない。面倒くさそうに言われて頬をふくらませる。分かってる。分かってるけど、それとこれとは話が別だ。
『だって、お祭りだよ!?砂隠れのお祭り!しかも我愛羅の帰還を祝うお祭りなんだよ!?私にも行く権利くらいあるじゃない!』
カカシ「うん。だから余計にダメ。君、今”噂の女”だから」
『……』
その言葉に反論できなくなる。脳裏に蘇る光景。静まり返ったあの場で息を取り戻した我愛羅が、何の前触れもなく私にしたあの口付け。一瞬だった。あの場にいた忍の数だって多くはなかったはずなのに、噂は風より早く里中を駆け巡ったらしい。
カカシ「風影にキスされた木ノ葉のくのいち。しかも命の恩人。しかも美人。そりゃあね、砂の忍からも、ファンの人たちからも……命、狙われるよ?」
『さらっと怖いこと言わないで!!』
爽やかな笑顔で、さらりと恐ろしいことを口にする。思わず声を上げると、カカシ先生は肩をすくめた。
カカシ「本当のことだし。嫉妬って、忍より怖いから」
冗談めいた口調なのに、この人に言われると妙な説得力がある。どれだけの修羅場を見てきたら、そんなことを平然と言えるのだろう。それでも、窓の向こうでは、また大きな歓声が上がった。太鼓の低い音が胸の奥まで響き、祭りの熱気が風に乗ってここまで届く。行きたい。せっかく我愛羅が無事に帰ってきたのだ。みんなが笑って祝っている姿をこの目で見たい。
『……1時間だけ‼︎ お土産も買ってくるから!』
制止の声を背中で受け流し、私は部屋を飛び出した。廊下を駆け抜け窓から外へ。砂の里で調達した薄手の外套を羽織り、フードを深くかぶる。髪はきっちりとまとめて隠し、顔の下半分も布で覆った。念のため、チャクラの流れまで抑え込む。
完璧。
少なくとも、自分ではそう思った。人気の少ない路地を選んで進む。けれど、一歩大通りへ近づけば、目に飛び込んでくるのは無数の灯りと、人、人、人。砂隠れの祭りは、想像していた以上の賑わいだった。
『……すご……』
思わず声が漏れる。祭りの華やかさにも圧倒されたが、それ以上に何度も耳へ飛び込んでくる風影の名。三年前、「人を信じられない」と静かに口にしていたあの人からは、想像もできない光景だった。こんなにも多くの人が彼の名を呼び、帰還を心から喜んでいる。みんなが我愛羅を必要としているその事実が胸の奥をじんわりと熱くした。
その時だった。前方に見覚えのある背中を見つける。迷うより先に身体が動き、勢いよくその背中へ飛びつく。
ナルト「うわっ! 誰だってばよ‼︎」
サクラ「えっ!? ……名前!? ちょっと! カカシ先生に止められてたんじゃなかったの!?」
私はフードを外し、にやりと笑った。
『抜け出してきちゃった』
ナルト「さっすが! やるってばよ!」
ナルトは満面の笑みで親指を立てる。一方のサクラは額に手を当て、大きくため息をついた。
サクラ「あんたねぇ……自覚あるの? あの風影様にキスされたのよ!?」
『ちょ、サクラ!今、変装してるんだから……しー!しーっ!』
慌ててサクラの口を塞ぎ、辺りを見回す。幸い、人々の意識は太鼓の音と屋台の賑わいに向いていて、こちらへ注意を向ける者はいない。胸を撫で下ろし、三人で人混みに紛れるように歩き出す。先生と約束したのは、1時間だけ。寄り道をしている暇なんて本当はない。
サクラ「で、どうすんのよ。風影様と付き合うの?」
『いや…あの時のは……きっと、我愛羅も本気じゃ…』
そこまで言って言葉が止まる。自分が一番よく分かっていた。我愛羅は、ああいう人だ。遠回しな駆け引きはしないし、曖昧な言葉で誤魔化すこともない。良くも悪くも、自分の気持ちには真っ直ぐで、ああいうことに関してはナルトよりもずっと一直線だ。
『……本気、だよね』
ぽつりと零れた言葉に、自分で自分の心臓が大きく跳ねる。認めた瞬間、一気に現実味が押し寄せ、ぶわっと頬が熱を帯びた。慌てて両手で顔を覆う。耳まで熱い。絶対、真っ赤だ。
ナルト「ふきあってみればいいじゃねーか!」
口にはイカ焼き。右手には焼きそば、左手には綿飴。完全に祭りを満喫しているナルトが、もごもごと口を動かしながらこちらを見た、次の瞬間。
ゴッ。
サクラ「口に物入れたまま喋らない!」
拳骨を落とされたナルトは「いてぇーっ!」と涙目になり、慌ててイカ焼きを飲み込む。そして咳払いをひとつすると、改めて私へ向き直り親指を立て、にっと笑った。
ナルト「我愛羅はいいやつだってばよ。付き合っても、きっと幸せにしてくれるさ」
『……うん』
わかってる。本当に、わかってる。彼が風影だからじゃない。肩書きや立場なんかで迷っているわけでもない。今の我愛羅は誰よりも優しくて、きっと大切な人を誰よりも大切にできる人だ。だからこそ、胸の奥が苦しくなる。言葉にできない想いを飲み込もうとした、その時だった。
さらり、と足元で砂が音を立てる。まるで意思を持った生き物のように、砂はゆっくりと私の足首へ絡みついてきた。
『……え?』
