風影奪還の章
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木々の間を吹き抜ける風が、やけに冷たく感じた。敵のアジトへ向かう途中の森。理由も分からないまま胸の奥がざわつき、落ち着かない。まるで何かが起こると告げるような、不吉な胸騒ぎ。その時だった。
カカシ「止まれ」
カカシ先生が静かに手を上げ、全員が足を止めた瞬間、背筋を嫌な感覚が這い上がった。この気配を、私は知っている。前方の木陰がゆらりと揺れる。次の瞬間、赤い雲を描いた黒い外套が静かに地面へ降り立った。
『……っ』
そこにいたのは、うちはイタチだった。一年前、私は彼と共に修行をした。同じ時間を過ごし、同じ景色を見て、何度も言葉を交わした。抱き締められた腕の温もりも、耳元で聞いた低い声も、今でも鮮明に覚えている。忘れたことなんて、一度もない。
私たちの関係を知られてはいけない。彼が選び、背負った覚悟を無駄にしてはいけない。頭では、痛いほど分かっているのに、視線だけが勝手に彼を追ってしまう。私は何ひとつ言葉を発することができなかった。代わりに一歩前へ出たのはナルトだった。
ナルト「うちは イタチ」
その名を呼ぶ声が胸の奥に小さく突き刺さる。その瞬間、彼の視線がこちらへ向く。ほんの一瞬、刹那ほどの時間。それだけで心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に陥った。
〝次に会うときは、敵だ〟
あのときの声がはっきりと蘇る。優しくも冷たく、逃げ道を残さない声音。選択肢は最初からひとつしかなかった。だから立ち止まってはいけない。胸の奥に渦巻く感情を無理やり押し込める。私は視線を逸らし、足を前へ出した。たった一歩、それでも迷いを断ち切るには十分な一歩だった。
カカシ「待て」
次の瞬間、腕を掴まれる。思ったよりも強い力に身体が引き戻された。
カカシ「無茶をするな。相手は……」
『分かってます』
被せるように言って、カカシ先生を見上げた。揺れそうになる視線を必死に繋ぎ止める。迷いはもう表に出さない。それは私が選んだ覚悟だから。
『私だって……強くなったんですよ』
守られる側でいるつもりはない。それに、彼の前に立つなら、成長したんだと伝えたい。一度、深く息を吸う。肺の奥まで冷たい空気を送り込み、ざわつく鼓動を無理やり落ち着かせた。
『……私の能力、覚えてますよね。幻術は効かない。写輪眼相手には一番使える武器です。三年前は10%を数分使うだけで、必ずインターバルが必要でした』
あの頃の自分が脳裏をよぎる。
無理をして、倒れて、守られるだけだった自分。
『でも、今は違う。何時間使っても反動はありません。来る時に話しましたよね。祖先の試練で、段階が上がるって』
拳を握る。
体の奥で静かに何かが目を覚ます感覚。
『だから修行では、出力を上げることより、基礎を徹底的に鍛えました』
焦らず、急がず、積み重ねた時間。逃げなかった日々。そして、ゆっくりと力を引き出す。血が熱を帯び、鼓動が一段深くなる。視界が研ぎ澄まされ、音も匂いも、すべてが鮮明になる。
『だから、今の10%は……昔の私の、20%以上です』
その言葉は自信であり、覚悟だった。
ナルトが先に動き、間を置かずにカカシ先生が続く。その一瞬の隙を縫って、私は前へ滑り込んだ。イタチの攻撃は速いけれど、追えない速さじゃない。飛んできた蹴りを紙一重でかわし、続く苦無を弾く。イタチの動きは相変わらず正確で無駄が一切ない。最短で最適解だけを選び続ける戦い方。
それでも、修行の時のように、ただ圧倒されることはなかった。視線を外さず、間合いを測り、次の動きを読めている。近づいている。確実に距離は縮まっていた。交錯する視線。近すぎて互いの鼓動が伝わってしまいそうな距離で彼の方が確かに動いた。
〝強くなったな〟
それだけ。たった一言。言葉にはせずに彼はそう伝えた。それだけで、必死に押し込めていた想いがほどけそうになる。もう少しあなたと一緒にいたかった。もっと修行したかった。いろんな景色を隣で見てみたかった。当たり前のような願いばかりが、胸の奥に浮かんでは消えていく。
戦いは長くは続かない。やがて術が解け、空気が変わる。彼の去り際、もう一度だけ視線が絡んだ。言葉はないけれど、確かに通じたものがあった。私は強く拳を握りしめる。爪が掌に食い込む痛みが、今ここに立っている現実を教えてくれる。ゆっくりと前を向いた。
私は諦めない、あなたと日の下を歩くことを。隠れることなく、背を向けることなく、同じ空の下で同じ未来を選ぶその日まで。
決して、諦めない。
そう胸の奥で静かに誓いながら、私は森の奥へと足を踏み出した。
