旅立ち編
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旅立ってから、一年が経った。
季節はひと巡りし、任務も途切れることなく続いている。あの頃より里は平和で、報告書に特筆するような出来事もほとんどない。
――それなのに。
胸の奥に、小さなざらつきが残ったままだ。理由を探すほど大げさなものでもない。けれど、確かに落ち着かない。夜になると、決まって思考が緩む。酒の匂いと、人の気配と、曖昧な距離。ここに来れば、余計なことを考えずに済むはずだった。
店内は相変わらず騒がしい。グラスが触れ合う音、笑い声、湿った空気。忍びにとっては、どこか現実感の薄い場所。今日はゲンマとの任務帰り。軽く一杯、という流れで腰を下ろした。
女「ねえ、カカシさん」
隣にいた女が、わずかに距離を詰めてくる。距離は、意図的だ。肩が触れない程度、けれど体温は確かに伝わる位置。それに気づいたのか、ゲンマは何も言わず手を上げて席を外した。気を遣わなくてもいいのに。
カカシ「……今日は連れと来てるんだ」
視線をグラスに落としたまま答える。
女「でも、さっきから見てましたよね」
声が、少し低くなる。視線を向けられている感覚。首筋に落ちる、柔らかい視線。
カカシ「……気のせいだよ」
女「ふうん……」
一拍置いて、囁くように。
女「本当は、私を待ってたんじゃない?」
その瞬間、胸の奥が、ひどく静かになった。
〝私を待ってたんでしょ〟
胸の奥で、別の声が重なる。口は達者で、無茶ばかりする。放っておけば、勝手に危ない方へ踏み込む。それでも任務では頼りになって、追い込まれた時ほど踏ん張る――あいつの声だ。
目の前の女を見る。栗色の髪に、茶色の瞳。柔らかく、愛想のいい笑顔。背格好も、仕草も、声の高さも、間の取り方も。何ひとつ、あの子と重ならない。
それなのに。
同じ言葉を向けられただけで、胸の奥がわずかに疼いた。期待なのか、錯覚なのか、自分でも判別がつかない。一瞬だけ、「もしも」が脳裏を掠める。誰かと過ごせば、この空白も埋まるんじゃないか。そんな、都合のいい考えが。
カカシ「……そーかもね」
曖昧に返すと、女は一瞬目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、はっきり理解する。
――これは、違う。
俺が待っているのは、今、隣にいる誰かじゃない。腕が絡む。薄い布越しに、柔らかさと熱が伝わる。拒めば離れる距離なのに、俺はそのまま立ち上がった。
〝私がいないからって、連れ込み過ぎはダメですからね〟
〝……自粛しますよ〟
記憶の中の声は、笑っていた。夜風が、肌に冷たい。女の体温が、やけに鮮明だ。別に、好きなわけじゃない。ただ、面白い女。正確には、面白い部下を探しているだけだ――そう、自分に言い聞かせる。
断る理由はいくらでもあった。けれど、言葉は喉で止まり、結局、腕を組まれたまま店を出る。
歩きながら、自分が何をしているのかは分かっている。誰かで埋めようとして、埋まらないと確認するためだけの行為だ。俺はまた、違うと分かっているものを選んだ。
それでも、探してしまう。
同じ言葉を投げてきて、同じように場を乱して、同じように目が離せなくなる――そんな“誰か”を。
