サスケ奪還編
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その後の記憶は、ところどころ曖昧だった。抱き締められた腕の感触。必死に呼ばれた名前。それだけがやけに鮮明に残っている。ずっと張り詰めていたものが、あの瞬間に切れてしまったのだと思う。安心した途端、意識は静かに闇へと沈んでいった。
サスケ奪還任務。
私は、彼に会うことなくリタイアした。
次に目を覚ました時、視界に広がっていたのは木ノ葉の病室の白い天井だった。鼻をつく消毒液の匂い。規則正しく響く機械音。ぼんやりした頭で身じろぎすると、腹部に鈍い痛みが走る。視線を落とせば分厚い包帯が幾重にも巻かれていた。体は思うように動かない。
それでも、皆が一命を取り留め、それぞれ病室で療養していると聞いた時には心の底から安堵した。誰も死ななかった。その事実だけで、少しだけ息ができる気がした。
けれど、後から聞かされた話は残酷だった。任務は失敗。サスケは自分の意思で大蛇丸の元へ向かったのだという。追いつけなかった。引き止めることも、何かを伝えることもできなかった。胸の奥に、重い石のような感情が沈んでいく。
カーテンが、かすかに揺れた。
カカシ「……起きてたか」
聞き慣れた声に喉がひくりと鳴る。顔を向ければ、そこにはいつものように片目を細めたカカシ先生が立っていた。その姿を見た瞬間、張っていた糸が切れたみたいに視界が滲む。
『……っ』
声にならない。次の瞬間、涙が溢れていた。必死に堪えていたものが一気に崩れていく。
『……っ、ごめ……私……何も、できなかった。サスケに……何も言えなかった……行くなって……戻ってきてって……ごめんねって……』
言葉は途中で途切れ、呼吸が乱れる。上手く息が吸えない。そんな私を見ても、カカシ先生は何も言わなかった。ただ静かにベッドの傍まで来ると、そっと頭に手を置く。
カカシ「…よく、生きて戻った。それだけで、十分だよ」
『でも……っ』
震える声を零すと、頭を撫でる手にわずかに力が込められた。
カカシ「それ以上は、今は考えなくていい」
まるで、無理に抱え込もうとする思考ごと静かに止めるような声音だった。その手は思っていたよりずっと温かくて優しくて、だからこそ涙が止まらなかった。
『……私、悔しい……』
カカシ「うん」
『……強くなりたい……』
カカシ「うん」
返ってくるのはそれだけだった。否定もしないし、無理に慰めようともしない。ただ、全部を受け止めるみたいに静かにそこにいてくれる。それが、今は何より救いだった。ようやく呼吸が落ち着いた頃、カカシ先生はそっと頭から手を離した。
カカシ「……お前は、なんでも抱え込みすぎだ。みんなでサスケを助けに行こう。……な」
その言葉が、じんわりと胸の奥へ染み込んでいく。私はサスケを追えなかった。何も伝えられないまま任務は終わった。病室に残ったのは、言葉にできなかった後悔と、置いていかれたような痛みだけ。それでも、泣きつける場所がここにあった。一人じゃないと、そう思わせてくれる人たちがいた。
ジライヤ「よう。もう起きてていいのか?腹に風穴が空いたって聞いてたんだがの」
『……自来也さん』
振り向くと、自来也さんは窓枠に腰掛け、いつもの調子でこちらを見下ろしていた。軽い口調だけれど、その目はしっかりこちらを見ている。私は小さく息を吸い、ゆっくりと言葉を続けた。
『大蛇丸は……私の祖先をベースに、私のクローンを作ってた。まだ未完成だったけど……強さは、本物だった。あれが完成したら、とんでもないことが起きる』
一族のことを知っている自来也さんだからこそ、伝えなければいけないと思った。あれは、野放しにしていいものじゃない。
ジライヤ「……不死の術の研究と同時に、何か始めとるとは聞いとったが。それが、その話か。お前さん一族の復活……洒落にならんの」
病室の空気が少しだけ重く沈んだ。
私はシーツを握り締め、小さく息を吐く。
『だから……このまま里にいるわけにはいかない』
ジライヤ「……ほう?」
『クローンのこともある。でも、それだけじゃない。自分自身も、もっと強くならなきゃいけない。このままじゃ……誰かに止めてもらわなきゃ、私は仲間を傷つける』
思い出すのは、制御を失いかけたあの瞬間だった。仲間を傷つけかけた恐怖は、今でも身体に残っている。
『……自分のことは、自分で制御できるようになりたい』
言静かな沈黙が病室に降りる。その間を埋めるように、風に揺れたカーテンがかすかに音を立てた。やがて、自来也さんがゆっくり口を開く。
ジライヤ「……旅に出たい、と」
『はい』
即答だった。
『サスケを追うためだけじゃない。私は強くならなきゃいけない。このままじゃ、何も守れない』
思い出すのは自分の無力さばかり。あんな思いはもうしたくない。自来也さんはしばらく黙ったまま、じっとこちらを見ていた。やがて、ふっと息を吐きわずかに口角を上げる。
ジライヤ「まったく……最近の若いもんは、覚悟だけは一人前じゃの」
呆れたような口調だったけれど、その声音にはどこか優しさが混じっている。そう言いながら、自来也さんは窓枠から軽やかに飛び降りた。同時に口寄せされたカエルの頭に飛び乗り、こちらを見上げる。
ジライヤ「だが、お前さんを一人で外に出すわけにはいかん。ワシの旅に同行しろ。ちょうどナルトも、三年の修行の旅に出ることになっとる。修行もする。情報も集める……お前の祖先の痕跡も、追う」
『行きます‼︎』
言葉は、考えるより先に口をついて出ていた。その返事を聞いて、自来也さんは満足そうに笑う。
ジライヤ「よし、決まりじゃ。回復したら準備しとけ。長い旅になるぞ」
そう言い残し、風と一緒に姿が消えていく。あとに残った静けさの中、私はゆっくりと窓の外へ視線を向けた。後悔が消えることはきっとない。それでも、その痛みを抱えたまま前に進むしかない。私は静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。それが、今の私にできる唯一の答えだった。
