サスケ奪還編
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テマリ「おい……なんだ、あの姿は⁉︎」
シカマル「くそっ……俺だって、初めて見るよ!」
目の前で、名前がこちらへ躍りかかってくる。呼び止めても怒鳴っても、声は一切届かない。そこにあるのは理性を失った赤い瞳だけだった。焦点の合わない目で、一直線にこちらとの距離を詰めてくるその動きは、まるで獣だった。
完全に暴走している。だが、もっとまずいのはあいつの身体だった。腹部を裂く深い傷。止血すらされていないそこから、血が動くたびに地面へ滴り落ちていく。本来なら立っていることすら不可能な状態のはずなのに、速度も威力も明らかに上がっている。
信じられない光景に奥歯を噛み締めた。このままじゃ、名前が死ぬ。その確信が背中を冷たく撫で、脳裏に嫌な記憶が蘇った。木ノ葉の門前で任務へ向かう直前に、あいつが俺を呼び止めた時のこと。
『シカマル、もし私が暴走したら殺してでもいいから、止めて』
シカマル「……物騒なこと言うなよ」
『本気だよ。被害を増やさないために』
冗談じゃない、覚悟を決めた忍の目。
だけど、言うことは決まってる。
シカマル「ぜってー嫌だね。アホかお前は」
『んな⁉︎ 私は本気で……』
シカマル「誰が好き好んで……ス……仲間を殺すかよ。それに、俺の初めての小隊だぞ、死人なんか出すかよ。なんかあんだろ?暴走を止められる方法」
その瞬間、あいつはきょとんと目を瞬かせた。まるで、そんな答えが返ってくると思ってなかったみたいに。それから少し困ったように笑った。そして今、目の前で理性を失い、血を流しながら迫ってくる姿と、あのときの間抜けなくらい素直な笑顔が重なる。
テマリ「何か知ってることがあるんだろ!教えろ!!」
シカマル「……まず、脅威はスピードだ。チャクラを全身に纏って、身体能力が跳ね上がってる。反応も加速も上忍レベル。近づかせるのは致命的だ」
一瞬の油断が即死につながる。
シカマル「それに、口寄せもある。チャクラを弓みてぇに変形させて、飛ばしてくるらしい」
正直に言えば、俺自身も実物はまだ見ていない。情報が足りなさすぎる。分かっているのは、食らえば終わるってことだけだ。
シカマル「……つまりだ。どっちも得意ってわけだ……詰んでる」
言ってから、思わず舌打ちした。こんな最悪の条件を並べた上で、『止め方は任せる』なんて呑気に言いやがって。あとで絶対しばく。けど、逃げる気は最初からない。あいつはいつも俺の頭脳を信じてる。だから俺もそれに応えたい。
シカマル「……おい」
テマリ「分かった。引きつけりゃいいんだな」
テマリは即座に察したように視線を寄越したあと、大きく前へ踏み出した。名前を引きつけながら攻防を繰り返し、風を裂く一撃が放たれ、注意が完全にそちらへ向いた。この瞬間を俺は待っていた。
シカマル「影真似の術……!」
伸びた影が名前の足元を捉え、繋がった。一瞬、確かにその身体が止まった。
シカマル「っ……!」
だが次の瞬間、影が悲鳴を上げる。暴走したチャクラが拘束を無理やり引き裂こうと暴れ狂った。地面に伸びた影が震え、拘束がほどけかける。
テマリ「おい⁉︎ ここで逃すなよ!!」
分かってる。ここで振り切られたら、もう二度と止められない。気づけば体が先に動いていた。影の拘束が弱まる、その一瞬を逃さず、逃げようとする名前の身体を力いっぱい抱きしめた。血と汗の匂いが鼻を突く。腹の傷から滲む生温い感触。折れそうなほど細い身体が、腕の中で必死に暴れていた。
シカマル「……やめろ!!」
『はなせぇぇぇぇぇえ‼︎』
シカマル「戻ってこい!! サスケにも言いたいことがあったんだろ。伝えないままっての、お前らしくないだろ!!」
暴れる身体を、さらに強く抱き締める。逃がすもんか、ここで離したら全部終わる。
シカマル「…それに、お前が…お前がいなくなったら……!」
言葉が続かなかった。頭の中で組み立てていた作戦も、理屈も、全部吹き飛んでいた。失いたくない。ただ、それだけだった。その瞬間、腕の中の体からふっと力が抜ける。暴れていた指先が止まり、張り詰めていたチャクラが静かにほどけていった。名前の肩が小さく震える。
『……ごめん』
掠れた声だった。ぽたり、と涙が腕に落ちる。ひとつ、またひとつと零れていく。
『……ごめん、シカマル』
その一言に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
張り詰めていたものがぷつりと切れて、代わりにどうしようもない安堵が込み上げてくる。
シカマル「……バカ」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
シカマル「俺が言っただろ。仲間を見捨てる選択肢なんか、最初からねぇんだよ」
抱き締める腕に、ほんの少しだけ力を込める。ちゃんとここにいるって、確かめるたかった。すると、腕の中の名前がゆっくりと耳元を指差した。
『……これ、返さなきゃ……だしね』
視線を向ければ、俺が渡したピアスがそこにあった。血で汚れてはいたが、それでも確かに残っている。
シカマル「……きたねーから、もう少し預けとくよ。綺麗にして返せ」
『……ハハ……本当に……ごめんね……』
シカマル「だから、勝手に謝んな。戻ってきたなら、それでいい」
その言葉に、名前は小さく息を呑み、次の瞬間、声にならない嗚咽を漏らした。腕の中に伝わる重さ、微かな震え、確かな体温。生きてると、それがはっきり伝わってきて、ようやく胸の奥に張りついていた息を吐き出すことができた。
テマリ「……お前、こいつに惚れてんのか」
空気を読まない声が飛んできた。けれど、もう限界だったのだろう。腕の中の名前は静かに目を閉じたまま、反応ひとつ返さない。
シカマル「うるせぇ」
否定する気力すら、もうなかった。腕の中から伝わる体温だけを確かめるように、そっと息を吐く。今だけは、今だけは、この温もりを失いたくなかった。
