木の葉崩し編
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シカマル「クソッ……流石にきついか」
敵の気配がじわりと距離を詰めてくる。影を伸ばそうにも、まだ届かねぇ。あと少し。けど、その少しがやけに遠かった。焦りを押し殺しながら周囲を睨んだその時、不意に耳の奥で声が蘇った。
__『シカマルは頭脳派だよね』__
シカマル「……は?」
なんで今、それを思い出すんだ。戦闘中だ、もっと他に考えることあるだろ。けれど、不思議と肩に入っていた力が少し抜けた。
シカマル「……ったく、縁起でもねぇ時に思い出すなよ」
小さく舌打ちしながら視線を走らせる。敵の配置、動き、地形、影の伸び方。焦るな。考えろ。いつもみたいに。呼吸を整えた瞬間、頭の中でひとつの線が繋がった。その直後だった。
白い影が視界を横切る。風を切るような速さで飛び込み、俺と敵の間に降り立った。腰まで流れる白銀の髪が光を受けて揺れる。
誰だ。反射的に身構える。見覚えのない背中。新手かそれとも敵の増援か。けれど、その人物がゆっくり振り向いた瞬間、思考が止まった。見えたのは見慣れた青い瞳。
『シカマル‼︎ 大丈夫⁉︎』
シカマル「お、お前か⁉︎その髪…てか、なんでここに!」
思わず目を見開く。肩までだったはずの髪は、今は腰近くまで伸びていた。白銀の髪が風に揺れるたび、見慣れた姿なのにどこか別人みたいに見える。まるで数年成長したように大人びて見えた。
けど、目を奪われたのはそこじゃない。裂けた服。滲んだ血。深い傷。乱れた呼吸。明らかに最後に見た時より酷い状態だった。こんな姿で戦場に立ってること自体おかしい。普通ならとっくに倒れてても不思議じゃねぇ。
シカマル「……お前、何やってんだよ」
呆れたように吐き出した声の奥に焦りが滲む。無茶するタイプだって分かってたけど、ここまでとは思ってなかった。
『ごめん、遅くなって。会場で足止めされちゃってさ』
明るく言うけれど、笑顔の端はわずかに震えていた。痛みをごまかしてるのが一目で分かる。
シカマル「……そんな状態でよく来たな」
『でも、来てよかったでしょ?』
軽い調子で笑う。こんな状況で、こんなボロボロの姿で。それでもいつも通りみたいに言う。ほんと、調子狂う。
シカマル「本当なら、〝休んでろ〟って言うのが男らしくてカッコいいんだろうけど……あいにく俺は、そんなにカッコよくできてねぇんでね」
『フフ、大丈夫。シカマルはかっこいいから。それじゃあ、私が認める頭脳でよろしくね!』
そういうことを、さらっと言う。こんな時に限って、胸の奥が妙にざわつく。敵の気配が再び動いた。視界の端で彼女が構える。
シカマル「合わせろ!」
声を張った瞬間、頭の中の作戦が一気に組み上がる。呼吸は合う。動きも噛み合う。まるで何度も組んできた相棒みたいに、互いの間に迷いがない。敵を誘導し影を伸ばす。彼女が動き、俺が隙を作る。連携自体は悪くないけど、足りない。満身創痍の二人じゃ、あと一手が決定打にならない。
それに、彼女の動きが目に見えて鈍くなっていた。肩で息をし、踏み込みが浅くなる。足元が揺れ、嫌な予感がした。そして、ふらりと身体が傾く。
シカマル「っ……おい!」
考えるより先に手が出ていた。崩れ落ちる身体を反射的に抱き寄せ、腕の中に収まった体は驚くほど軽かった。その軽さに背筋がぞくりと冷える。こんな状態で戦ってたのか。
『ごめ……ありがと……』
謝るな、無茶しすぎなんだよ。そう言いたかったけど、喉まで出かかった言葉は飲み込むしかなかった。敵の影は、すぐそこまで迫っている。彼女を支えたままじゃ動きが制限される。だからといって、離すなんて選択肢はなかった。敵の足音が近づき、視界の端で刃が光った。
詰んだ。
そう思った瞬間だった。
アスマ「お前たち、よくやった!!」
一瞬、風が走る。次の瞬間、アスマの蹴りが敵を吹き飛ばした。鈍い衝突音とともに相手が地面を転がり、遅れて煙草の匂いが漂ってくる。その匂いに不思議と肩の力が抜け、その場に尻餅をつく。腕の中で彼女がゆっくりと顔を上げた。
『……ねぇ、シカマル。私、髪……伸びてる?』
シカマル「ようやく気づいたのかよ」
今さらか、と呆れながら返す。緊張が解けたのか、彼女は自分の髪を指先で弄る。まるで戦場のど真ん中じゃなく、いつもの帰り道みたいな空気だった。
『うん……なんか、違和感』
シカマル「……いや、その……似合ってるって」
言った瞬間、自分で思う。やべぇ。なんで今それ言った。視線を逸らそうとした時、彼女の青い瞳がぱちりと見開かれた。
『……そっか。じゃあ、切るのはやめとくね』
その返事に、思考が一瞬止まる。俺の言葉ひとつで決めるみたいに、あっさり言う。胸の奥が妙に引っかかった。戦場のど真ん中だってのに、胸の内がじんわり熱を帯びる。喜び、なんて言うと大げさかもしれないけど、悪くない。いや、むしろ少し嬉しい。
シカマル「……単純だな、お前」
小さく零した声は、思ったより柔らかかった。
アスマ「んー……そいつ、カカシんとこの子だよな?」
振り返ると、いつの間にか敵は全て倒されていた。アスマの問いに答えようと口を開きかけた、その時だった。動けるはずのない彼女が、ふっと一歩前へ出て静かに言った。
『シカマル、あんまり力になれなくてごめんね。ほんとの私は後で会いにいくからね』
意味を理解するより早く、空気がふわりと揺れた。ボンッ、と白煙が弾け、目の前にいたはずの彼女が跡形もなく消えた。数秒遅れて理解する。
影分身。
シカマル「……は?」
間抜けな声が自然と漏れた。残された空気だけがやけに静かで、隣でアスマ先生が煙草を指で弾き、苦笑する。
アスマ「……カカシ班ってのは、毎度驚かせてくれるな」
シカマル「……驚くってレベルじゃねぇだろ」
小さく吐き捨てながら視線を落とす。さっきまで確かに支えていた温もりは、もうどこにもない。軽くなったはずなのに妙に重かった。胸の奥に、じわりと何かが沈む。
シカマル「……ったく。心配させんなよ、あいつ…」
思っていたよりずっと弱い声が漏れた。力の抜けた、自分でも驚くほど頼りない声。戦いが終わった安心か、それとも、もうそこにいないことへの物足りなさか。
うまく言葉にできない感情だけが、静かに胸に残っていた。
