木の葉崩し編
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カブトに押さえつけられた彼女の姿が視界に入った瞬間、胸の奥がギリッと軋んだ。考えるより先に足が動いていた。距離を詰めるけれど、下手に術を放てば巻き添えになるかもしれない。あいつとの距離、角度、彼女の体勢、瞬時に頭の中で組み立てる。
だからこそ、ほんの一瞬だけ手が止まった。けだ、その一瞬が最悪だった。彼女が何か言い返そうと口を開いた次の瞬間、カブトがゆっくりと耳元へ顔を寄せた。
カブト「怒らせると、もっと血を流すことになるよ……」
彼女の体がびくりと震えた次の瞬間、あいつの舌が彼女の傷口へ触れた。ぞくり、と背中を冷たいものが這う。視界の端で、何かが切れる音がした気がした。
……やめろ。
自分でも驚くほど低く鋭い声が漏れる。その声音が引き金になったかのように、彼女の中の力が一気に爆ぜた。拘束が跳ね飛び、カブトがわずかに目を見開く。その隙を逃さず、距離を詰め、目の前の敵を切り伏せる。そのまま彼女の横へ滑り込むように着地した。
荒い呼吸。乱れた髪。怒っているのか、悔しさを堪えているのか分からない表情。けれど、その顔を見た時、胸の奥が嫌なほどざわついた。間に合った。そう思う一方で、ほんの一瞬でも止まった自分への苛立ちが消えない。
カブト「また会おう、名前ちゃん」
姿を消した背中に一発くらい叩き込んでやりたかったけれど、もう遅い。気配ごと空気に溶けるように消え、そこには何も残っていなかった。彼女はしばらく、その消えた方向を睨みつけていた。悔しさ、そして言葉にできない何かを滲ませた目で。
カカシ「名前、大丈夫か」
『…はい、なんとか』
ふと屋根の上へ視線を向けると、火影様を囲っていた結界が解けていた。嫌な予感しかしない。結界の解除と同時に敵も撤退を始めたらしく、さっきまでの喧騒が嘘のように遠ざかっていく。張り詰めていた空気がわずかに緩み、辺りには妙な静けさだけが残った。彼女を休ませなければ。そう思い、声をかけようと一歩近づいたその瞬間。
ボンッ。
軽い音が響いた。視線を戻した先に彼女の姿はない。残っていたのは、ふわりと漂う白い煙だけだった。
カカシ「……は?」
今までそこに立っていたのは影分身。本物はもうはるか先を走っていた。いつ入れ替わったのか。戦闘の最中か、それとも俺が目を離した一瞬か。考えても答えは出ない。ただ、本気で気づけなかったことに、呆れと感心が入り混じり、思わず小さく息を吐いた。
やられた。
その時、隣から妙に張りのある声が飛んでくる。
ガイ「お前の部下は実に優秀だな‼︎ カカシよ‼︎……まあ、俺の部下の次にだがな‼︎」
勢いよく親指を立てるガイ先生に、思わず視線を向ける。
カカシ「そうだね。……本当に、目が離せないよ」
呆れ半分、感心半分。けれど胸の奥には、わずかな焦りが残ったままだった。
ガイ「ふふん!どうしたカカシ!いつもより眉間に皺が深いぞ!? 心ここにあらずという顔だ!」
カカシ「……別に。そんな顔、してない」
ガイ「しているとも!長年のライバルであるこの俺が間違うものか!あれは“弟子の無茶に心を乱す顔”だ‼︎」
カカシ「……お前、たまに鋭いよな」
ガイ「フッ……弟子が傷つけば心配になる!守りたくなる!そして追いかけたくなるものだ、カカシ‼︎」
カカシ「……追いかけるのは、ダメだろ」
ガイ「うむ。その通りだ!だが今のお前は絶対に追う!実に危険だ!だからこそこのマイト・ガイが止めるのだ‼︎」
馬鹿みたいに真っ直ぐな声。けれど、その言葉に否定できない自分がいた。もしこの場に守るべきものがなければ、多分俺はあの背中を追っていただろう。
カカシ「……お前が止めるんじゃ、もっと危ない気がするんだけどな」
ガイ「ははは‼︎ 何を言う!……だがな、カカシ」
ガイは突然、真剣な目でこちらを見た。
ガイ「下忍といえど忍だ。行く背中を見送るのも……俺たちの役目だろう」
カカシ「……ガイにそんなこと言われる日が来るとはな」
ガイ「失敬な!俺はいつだって名言の宝庫だぞ!」
カカシ「……まあいい。わかったよ。俺たちはこっちを守る番だ」
ガイ「そうとも!お前がざわつく気持ちもわかるが……」
ガイは肩をぽんと叩き、穏やかな声で続けた。
ガイ「あの子は、お前が思っているよりずっと強い」
カカシ「……ああ。わかってる」
追うな、と自分に言い聞かせるけれど、胸の奥のざわつきは少しも収まらない。今、彼女が向かっているのは、あの得体の知れない砂の子のもとだ。
『私は彼を助けたい』
あの言葉が妙に耳に残っている。真っ直ぐで、迷いのない声だった。また無茶をするかもしれない。また誰かのために、自分を犠牲にするかもしれない。
いや、する。あの子は、そういう子だ。傷つくことを恐れないわけじゃない。痛みに鈍いわけでもない。それでも、自分より誰かを優先してしまう。
カカシ「……っ」
静かに息を整え、空を仰ぐ。深く吐き出した息は、少しだけ熱を帯びていた。視線だけが、彼女の消えた方角へ向いたまま離れない。
カカシ「……頼むから、無事でいてくれよ」
零れた声は、祈りにも似ていた。風にさらわれるほど小さなその言葉を聞く者は誰もいない。
