綱手捜索編
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看護師「えへへ、毎日カカシさんのお顔が見られて嬉しいです。今日も仕事、頑張れそう」
君に会いに来てるわけじゃないんだけどな。
胸の内でそう呟きながらも、表情には出さない。「いつもありがとう」と柔らかく笑ってみせると、彼女はそれだけで満足したように頬を赤く染めた。
最初に声をかけられたときは、正直、誰だかわからなかった。だが何度か言葉を交わすうちに、断片的だった記憶がゆっくりと繋がっていく。
ああ、あの夜か。
アンコたち上忍と飲んだ忘年会。賑やかな店内で、隣に座っていた女性のひとり。名前もはっきり思い出せない、一夜限りの関係。記憶の端にかろうじて引っかかっている程度の相手。それでも彼女は、まるで特別な繋がりでもあるかのように、こうして笑いかけてくる。
参ったな。
看護師「あ、あのっ…よければ、今度ランチでも……一緒にどうですか?」
予想通りの誘いに、胸の温度がすっと引いていく。つまらない、面倒だ。感情はほとんど動かないまま、答えだけが先に形になる。
カカシ「ごめんね。里の復旧で手が離せなくてさ。しばらくは時間が取れそうにないんだ。またの機会にね」
角が立たないよう、やんわりと距離を置く。実際、嘘は言っていない。木ノ葉襲撃の後始末で、久しぶりにまともに忙しい日々が続いている。彼女は一瞬だけ言葉を失い、やがて小さく俯いた。それ以上踏み込んでこないのを確認して、内心で息を吐く。
それでいい。余計な情を持たせるつもりはないし、これ以上踏み込まれても困る。軽く手を上げて別れを告げ、そのまま踵を返す。足取りに迷いはない。向かう先はひとつ。本来の目的である名前の病室。
ガラガラ…
返事はない。わかっていたはずなのに、それでもほんのわずかに期待してしまった自分に、内心で苦笑する。
あの事件で、名前は死んでいてもおかしくないほどの重傷を負って運ばれてきた。奇跡的に命は繋がったものの、数日経った今も意識は戻らないまま。
カカシ「……どうやら、みんな来てたみたいだな」
視線を落とした先、机の上にはいくつもの見舞いの品が並んでいる。花や果物に混じって、ひとつ場違いなものが目に入った。
苦無。
思わず小さく息が漏れる。
カカシ「スパルタだな。早く起きて修行でもしろってか……そんだけ気に入ってるんだろうな」
サスケが毎日ここに来ていることは、看護師から聞いている。来ては窓辺に腰を下ろし、何も言わずに彼女を見ているか、外を眺めるか。そのどちらかで三十分ほど過ごして帰るらしい。
カカシ「青春かねぇ……。な? みんな心配してる。早く起きて、元気なところ見せてやれよ。それに、里の復旧だって人手が足りてないんだ。手、貸してくれよ……」
いつものように隣へ腰を下ろし、昨日ここを後にしてから今日に至るまでの出来事を、ぽつりぽつりと話して聞かせる。任務のこと、里の様子、どうでもいいような小さな話まで。返事はないけれど、不思議と言葉は途切れなかった。
ふと、ベッドへ視線を落とす。眠る彼女は最後に見た時とはどこか違っていた。伸びた髪。わずかに柔らかくなった輪郭。時間だけが静かに進んでいるように、少しだけ大人びた印象を受ける。
何かしらの術の後遺症か。それにしても、こんな変化が出るものなのか。そもそも何をすればこうなるのか。考えても答えは出ない。
カカシ「……それにな。お前の飯も、また食べたいな〜。ここ数ヶ月、寝つきが良かったのは……多分、お前の料理のおかげだと思ってる。味もそうだけどさ、あれは……落ち着いた」
思い返せば、名前と食卓を囲んだあの数ヶ月は、悪くなかった。当たり前みたいに用意されている飯を食って、他愛もないやり取りをして。それだけのことなのに。
カカシ「……一人だと、静かすぎるんだよね」
久しぶりに迎えた一人きりの夜。妙に寝つきが悪くて、その理由に気づいたのは、つい先日のことだった。
カカシ「それに、お前との話は他と違って面白かったしな。つまり退屈なの、俺」
本音だった。
取り繕う気もなく、ぽつりと零れた言葉。
その時。
『カカシ先生は……自分のことばかりですね』
かすれた声が確かに耳に届いた。
カカシ「…………いつから、起きてたの?」
静かに問いかけながら視線を向ける。ゆっくりと開かれた瞼の奥。こちらを捉えたその瞬間、胸の奥が確かに揺れた。見慣れているはずの青い瞳。それなのに、向けられる視線はどこか大人びていて、静かで逃げ場がない。
『……さっきの「飯食べたいなー」あたり』
カカシ「つまり、ほぼ最初からね。起きるなら、もうちょっと前にしてくれない? けっこういい話してたんだよ。俺、そんな自分勝手なやつじゃないんだけどなぁ」
『……そういうことにしておきます』
くすり、と小さく笑う。目を覚ましたばかりのはずなのに、その声はどこか柔らかくて、少しだけ眠りを引きずっている。なのに言葉の応酬はいつもと変わらない。
『あの子……我愛羅はどうなりました?』
カカシ「自分の心配しなよ。『名前』も、かなりの重症だったんだからさ……でも、あの子は無事に砂へ帰ったよ。今回の件は大蛇丸が裏で動いてたって判明して、砂は木ノ葉に全面降伏。こっちも受け入れたから、あの子がどうこうされることはない」
その表情を見て、胸の内でひとつため息をつく。自分の状態もろくに確かめないで、真っ先にそれか。
カカシ「相変わらずだね、お前」
呆れたように言いながらも目を細める。今回は特に相手が悪い。名前は、誰に否定されようと関係ない。助けたいと思えば、躊躇いなく命を張る。たとえ相手が、どうしようもない悪党だったとしても。
カカシ「まったく……手のかかるお嬢さんだね」
『悪口ですか』
カカシ「そうだよ。危なっかしくて、目を離せない。……だからさ、心配されないくらい強くなりなさい。で、強くなるまでは周りに頼るってことも覚えなさい」
思い当たることがあるのか、彼女は言い返さずに視線を逸らした。短い沈黙。やがて、小さく息を吸って。
『……カカシ先生。私、いっぱい学んだよ。絶対に強くなりたい。みんなを守れるくらい…カカシ先生のことも、守れるくらい強くなるね』
人を守りたいと願う心は忍を強くする。それはよく知っているけれど、自分までその守る側に入っているとは思っていなかった。
カカシ「頼もしいね」
『はい! 任せてください!』
まっすぐな笑顔を向けられて思わず苦笑が漏れる。そのまま、くしゃりと頭を撫でた。
カカシ「はいはい」
わしゃわしゃと髪をかき混ぜると、嫌がるどころか、どこか人懐っこく目を細める。その表情に、ふと視線が引き留められた。伸びた髪が揺れ、以前よりもずっと女の子らしい。可愛い、なんて。一瞬、そんな感情がよぎる。多分今までと違う。
この時からだ。彼女を〝1人の女性〟として認識し始めたのは。教え子で、しかも十も離れている。そんな相手に、こんな感情を抱くはずがない。そう思っていた俺は、この先しばらく自分で自分に振り回されることになるなんて、その時の俺はまだ知らない。
カカシ「俺がお前に追い抜かれるその時までは、ちゃんと守ってやるよ」
