綱手捜索編
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『おにぃーちゃーーん、見てよ!こんなこともできるようになったんだよ!』
そう言いながら、弟と同じくらいの歳の少女は、木の枝を苦無のように投げ、見事に的へ当ててみせた。あまりの正確さに、思わず驚きの声が出そうになる。
『やったー!』
無邪気に両手を上げて跳ねたかと思えば、そのままこちらへ駆け寄ってきて、勢いのまま懐に飛び込んできた。得意げに見上げてくる青い瞳に、俺の顔が映り込む。仕方なく頭を撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうに笑った。
この子と初めて会ったのは三ヶ月前。修行で山奥へ向かう途中だった。まるで落ち葉のように。いや、本当に空から降ってきたのが最初だ。すぐに周囲を警戒し、少女の関係者を探したけど、気配はない。
その日は日が暮れるまでくまなく捜索したが、結局、誰一人として見つけることはできなかった。その間、少女はずっと俺の背中にしがみついていた。人懐っこい笑顔で警戒心の欠片もない声。楽しそうに、途切れることなく話しかけてくる。
違和感を覚えたのは、日が落ち始め、これ以上の捜索を断念し、仕方なく家へ連れて帰ると声をかけた時だった。
『……だめ。そっちには行けないの』
その一言で空気が変わった。さっきまで無邪気に笑っていたはずの少女が、ふっと表情を落ち着かせる。それはまるで、別人のようだった。
「けど、君をここに1人置いていくわけにはいかないよ。僕の街に行こう。君の親もいるかもしれないし、きっと皆が助けてくれる」
『ありがとう。お兄さんは優しいね。けどダメなの。私はここで、時が来るのを待ってる。だから、またここに来て、私にまたいろんなことを教えて』
そう言って、少女はふっと笑った。
「あっ!待って……どこに…」
呼び止めるより速く、少女は森の中へ身を翻し、音もなく消えていった。慌てて追いかけたが、その姿は影ひとつ残っていなかった。幻だったのだろうか。頬をつねると、痛みだけがしっかりと残った。
それから、少女にもう一度会いたい。そう思いながらも任務が続き、あの森へ向かえない日々が数週間続いた。初めて会ってから一ヶ月が過ぎた頃。もういないだろうと半ば諦めながらも、胸に残るわずかな期待を捨てきれず、森へ向かう。息を切らしながら、木々の間を抜けて。
いた。
森の入り口。まるで最初からそこにいたかのように、少女は静かに立っていた。こちらに気づいた瞬間、ぱっと顔を輝かせ、次の瞬間には勢いよく懐へ飛び込んできた。
「……ははっ」
思わず小さく笑みがこぼれ、腕の中の少女を今度はしっかりと抱きしめ返す。それから俺たちは、一週間に一度この森で会うようになった。
少女の事で驚いたことは三つある。一つは、その異様なまでの成長スピード。そしてもう一つは。
「……同い年?」
思わず聞き返した。
『うん!10歳‼︎』
この背丈で俺と同い年。無邪気にはしゃぐ姿も、どう見ても弟と同じ年頃にしか見えない。子どもが背伸びをして年齢を偽ることは珍しくない。おそらく俺に合わせたのだろう、そう結論付けた。
そして三つ目。彼女の中には何か〝いる〟。それを垣間見たのは三回目に会った時だった。
「やっと見つけた……」
かくれんぼをしていた時のことだ。見つけた少女は、隠れる気など最初からなかったかのように、湖の上に立っていた。 数秒の沈黙のあと、少女はふっと動き出した。その動きは舞うように軽やかで、しなやかでどこか現実離れしている。
同時に、彼女の体から青白い光がかすかに揺れた。風が吹き、草がざわめき、湖の水面が静かに波打つ。そのすべてが、まるで彼女の呼吸に合わせているかのように連なっていく。
綺麗だ、と本気でそう思った。声をかけることすら忘れ、ただ魅入ってしまう。その光景から目を離せないまま、時間だけがゆっくりと過ぎていく。やがて、青白く輝いていた瞳がゆっくりとこちらを捉えた。
『見つかっちゃった』
そう言って、少女はいつもの幼い笑顔を浮かべる。さっきまでの気配が嘘のように消えていた。何度か会えば、分かる。少女の中には、説明のつかない〝もう1人〟が確かに存在している。
それでも、この時の俺は深追いする気にはなれなかった。焦る必要はない。これから先、少しずつ分かっていくだろう。そう思っていた。だが、少女と会えたのは、このあとほんの数回だけだった。ある日を境に、ふいに姿を消し、二度と現れることはなかった。
残ったのは胸の奥にかすかに灯る温もりと、拭いきれない名残惜しさと、そして、理由の分からない喪失感だけだった。
それから、数年が経った。
己の手で一族を殺め、暁に身を置く。彼女を探していたその一方で、この姿を見せることはできないとも思っていた。相反する感情を抱えたまま、ただ彷徨うように尾獣を追う日々。どこか空虚で、満たされることはない。そんなある日だった。
『カカシに触るなーーー‼︎‼︎』
鋭い叫びが、空気を裂いた。
反射的に振り向く。そこに立っていたのは。
ああ、こんなところにいたのか。
かつて森の中で無邪気に笑っていた少女の面影はもうない。背は伸び、輪郭は大人びている。纏う気配さえ別人のように変わっていた。
子どもではない。それどころか驚くほど強くなっている。向けられる敵意は、はっきりと俺に向いていた。それでも、その瞳はあの頃と変わらず澄んでいる。
目を逸らすことができなかった。成長したその姿が、胸の奥を強く打つ。言葉にならない感情が静かに広がっていく。
