飛段•角都章
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アスマ「おい、いいのかよ」
呆れたような声が飛んでくる。
カカシ「向こうから誘ってきたんだし」
アスマ「そうだけどよ。名前はいいのか」
カカシ「……なんで今、名前が出てくるのよ。関係ないでしょ」
本当に昔からそうだ。周りの連中はやたらと俺と名前を結びつけたがるけど、俺たちの仲にそんな特別な理由なんてない。俺が木ノ葉へ連れてきて、監視役として傍にいる事になって、気づけば家が隣になった。ただ、それだけだ。まあ、最近一線は変えてしまったが、あれは酒の勢いのようなもの。
アスマ「………ったく、素直じゃねーな。大切なもんができたなら、目ぇ逸らすなよ。俺たちは忍だ。いつ何があるかわからねぇんだからな」
冗談混じりじゃない本気の忠告。だからこそ妙な違和感を覚えた。アスマは普段、こういう湿っぽいことを言う男じゃない。
カカシ「……いつもなら面白がる男が、そんなこと言うの珍しいな。お前は見つけたってわけ?」
そう問い返すと、アスマは一瞬だけ黙った。いつもなら軽口の一つでも返してくるはずなのに、珍しく言葉を選ぶような沈黙。やがてゆっくり口を開く。
アスマ「……カカシ、お前に伝えたい事があってな」
煙草を吸っていないせいか、それとも別の理由か。どこか落ち着かない空気を纏っている。思わず眉を寄せた。
カカシ「……何かあった?」
そう聞き返そうとした、その時だった。
紅「こんなところにいたの、アスマ。カカシも」
不意に聞こえた声に、俺たちは同時に振り返る。夕陽を背に立っていたのは紅だった。アスマの表情がほんの少しだけ緩む。
カカシ「よう。これから任務か?」
紅「私のところは終わったわ。アスマがここにいるって聞いてね」
アスマ「おお、もうそんな時間だったか」
アスマは苦笑しながら立ち上がる。
アスマ「悪いカカシ。この話はまた今度だ」
そう言って俺の肩を軽く叩いたあと、少しだけ目を細めた。
アスマ「それと、カカシ」
カカシ「ん?」
アスマ「だれと何しようが勝手だが、大切なもんは見誤るなよ」
カカシ「……ご忠告どーも」
軽く手を振って返すけれど、去っていく二人の背中を見送りながら、胸の奥には妙な引っ掛かりが残っていた。さっきの空気。アスマの真剣な顔。それに伝えたい事とは、なんだったんだろうな。
考えても答えは出ないまま、俺は夜まで適当に時間を潰した。そして約束の時間。静かな夜道を歩き、彼女の家の前で足を止める。
扉が開いた瞬間、ふわりと柔らかな香りと飯の匂いが漂った。なのに、不思議と飯を食べたい気分にはならなかった。だからだろうか、扉が閉まる音と同時に、気づけば俺は彼女の腕を引きよせ、そのまま布越しに唇を重ねた。
「……っ、ん……」
甘く掠れた声が静かな部屋に溶けていく。触れるたびに細く揺れる息。熱を帯びた体温。絡みつく指先はやけに久しぶりに感じた。それも当然かもしれない。名前とあの一線を越えて以来、誰ともこうしていない。その前だって、任務と入院続きでまともに余裕なんてなかった。
だからいつも通りのはずだった。相手が求めて、俺が応える。ただ、それだけ。欲を埋めるための軽い関係。そのはずなのに、どうしてか今日は妙に満たされない。
「…ンッ…カカ…シ…」
熱を含んだ声で名前を呼ばれる。けれど胸の奥に浮かぶのは別の顔だった。真っ直ぐで、頑固で、少し怒ったみたいに俺を見上げるあの青い瞳。とっさに彼女の体勢を変え、そのまま背後から包み込むように抱き寄せる。細い顎へそっと指を添え、耳元へ唇を寄せた。
カカシ「……〝さん〟でしょ。君は年下なんだから」
「ッ……カカシ…さん」
カカシ「そう……いい子だね」
よしよしと宥めるみたいに頭を撫でる。指の間を滑る髪は柔らかく、熱を持った吐息が静かな部屋へ溶けていった。
カカシ「……ッ…」
視界の端で揺れる髪にふと別の面影が重なる。
あいつは、もう少し長くて。
もっとさらさらしてたな。
そんなことを考えた瞬間、自分でも嫌になる。今ここにいる相手に失礼だとか、そういう次元じゃない。別の女を抱きながら、頭の中は教え子でいっぱいだ。
カカシ「……最低」
自嘲するように小さく笑う。けれど、その乾いた笑い声は、誰にも届くことなく静かな部屋へ消えていった。
