綱手捜索編
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カブト「さて……今日は、君がどれだけ耐えられるか。少し、実験してみようか」
柔らかな笑みを浮かべたまま、カブトはゆっくりと手を持ち上げる。指先に集まるチャクラは淡く光り、医療忍術特有の静かな圧を帯びていた。
カブト「安心して。僕は医療忍者でもあるんだ。死なない程度の“加減”くらい、ちゃんと心得てるよ」
医療忍者と本気で刃を交えるのは初めてだった。けれど、さっきの戦いを見て理解している。あれは、確実に壊すための術だ。触れられた瞬間、体の内側から破壊される。筋肉も神経も臓器すらも。外傷が少ない分、余計に恐ろしい。だから絶対に接触しちゃいけない。
万全じゃない今の自分にそれができるのか、ほんの一瞬だけ迷いが胸を過る。体はまだ完全には戻っていない。無理をすれば、また制御を失うかもしれない。けれど。立ち止まっている余裕なんてどこにもなかった。目の前には倒れた仲間がいて、カブトは今も楽しそうに笑っている。その光景だけで、迷いを振り切るには十分だった。
私は静かに息を吸い込み意識を深く沈め、胸の奥で渦巻く熱へゆっくりと手を伸ばした。淡い光を帯びた紋様が、喉元を中心にじわりと浮かび上がる。脈打つように広がったそれは、肌を這うように上半身へ刻まれていき、やがて半身を埋め尽くした。同時に、薄いチャクラが全身を静かに包み込む。
ふわりと髪が浮き上がり、周囲の空気が微かに震えた。その姿を見たカブトは、息を呑むように目を細めた。まるで、珍しい標本でも見つけたみたいに。
カブト「…前とは違う模様だん…やっぱり君は美しい。そのままの状態でホルマリン漬けにしたいくらいだ」
『……本当に。あなたは、どうかしてる』
言い切ると同時に地面を強く蹴り、一瞬で距離を詰めた。左側から深く踏み込む。迷いはない。もう、これ以上この男と言葉を交わす必要なんてなかった。けど。
カブト「そう何度も、同じ手に引っかかるほど……僕はバカじゃないよ」
『っ――⁉︎』
視線が絡んだその瞬間。まずい、と本能が警鐘を鳴らした。けれど、もう遅い、踏み込んだ勢いは止まらない。反射的に身を捻ろうとするけれど、カブトの指先は蛇みたいに滑り込み、正確に急所へ触れようとしていた。
『……っ、危な……かった……』
辛うじて掠れた声を絞り出す。胸の奥が焼けるように熱い。呼吸は浅く、うまく空気が吸えない。
カブト「おや?おかしいな……呼吸困難になるはずなんだけど」
『さあ……なんで……でしょうね』
無理やり口角を上げる。強がりだ、苦しくないわけじゃない。肺の奥を掴まれているみたいに息が詰まり、視界もじわじわ揺れている。けれど、間一髪、触れられる直前で反射的に胸元へチャクラを集中させた。薄い膜みたいに纏わせ、防御へ回した。完全には防げないけれど、それでも致命傷だけは避けられた。
カブト「本当に面白い。まったく効いていないわけじゃなさそうだ。さて……どこまで耐えられるかな」
手裏剣が鋭い音を立てて飛び交い、戦闘は一気に本格化した。私は全身へ薄くチャクラを巡らせ、鎧のように防御へ回す。けれど、それですべての衝撃を防げるわけじゃない。一撃、また一撃と、受け流しきれなかった衝撃が確実に体力を削っていく。
腕が重い。足が鈍る。呼吸は乱れ、肺が焼けるみたいに苦しかった。視界の端がじわじわ滲み、集中が削られていく、その時だった。
〝面白そうだね。もう、変わってもいい?〟
『……っ⁉︎』
久しく聞いていなかったあの陽気な声。無邪気で楽しそうで。だからこそ恐ろしい。それが聞こえたということは、自分の身体も精神も、限界へ近づいている証拠だった。
カブト「その鎧も……もう限界みたいだね。ほら、動けないだろう?」
言葉通りだった。もう、指一本すら思うように動かせない。全身へ巡らせていたはずのチャクラが急に霧散する。流れないし、制御もできない。身体の感覚だけが、どんどん遠くなっていく。今の私は、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
カブトが、ゆっくりと距離を詰めてくる。足音がやけに大きく響き、逃げ場のない現実を突きつける。もう、触れられるほど近い。せめて睨み返そうと視線を向けるけれど、その反応すら逆効果だった。
カブト「……最高にそそられる目だよ、 名前ちゃん。もう実験は終わりだ。この戦いが終わったら、アジトで続きをしよう」
『……誰が……ついて……いくもんか……』
カブト「強がりだけは一丁前だね。ナルトくんの影響かな?でも……そんな顔は見たくない」
す、と白い手が伸びる。逃げようとしても身体は動いてくれない。頬を掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。
『……っ』
指先が食い込む感覚に思わず顔が歪む。けれど、カブトはその反応すら楽しむように目を細めた。
カブト「僕が見たいのはね……君の顔が、壊れていく瞬間だよ」
彼の指先が、ゆっくりと頬を撫でた。
『……やめ……』
喉から掠れた声が漏れる。それを聞いたカブトは、満足そうに口角を吊り上げた。次の瞬間、口元へ滲んだ血を、彼は舌先で拭い取る。そして確かめるように、無造作に下唇をなぞった。
『……っ⁉︎』
背骨を伝って嫌悪と寒気が一気に駆け抜けた。まるで世界の温度だけが切り取られたみたいに、急激に身体が冷えていく。その時だった。
〝大丈夫。あとは、私に任せて〟
くすくす、と笑う気配。
〝安心して。乗っ取ったりはしない。あの敵を殺してあげるだけ〟
その囁きに呼応するように、胸の奥で何かが軋んだ。止まっていたはずのチャクラが再び流れ出す。重かった身体が嘘みたいに軽い。視界が研ぎ澄まされ、世界の輪郭がはっきりと浮かび上がる。そして。
ジライヤ・オロチマル・ツナデ「口寄せの術」
重なる声と同時に大地が激しく震え、空気が一変する。凄まじい圧が周囲を飲み込み、草木がざわざわと揺れた。その圧へ呼応するように、私はゆっくり息を吸い。
『……口寄せの術』
そう、確かに口にした。
