綱手捜索編
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『ここは……?』
辺り一面、闇しかなかった。確か私は、カカシ先生の肩に触れたはずだ。けれど姿はなく、返事もない。耳に残るのは気味が悪いほどの静寂だけだった。
『……先生?』
呼びかけても何も返ってこなかった。このまま立ち尽くしていても意味はない。私はゆっくり息を整えると、目を閉じ感知へ意識を集中させた。
いた。
微かだが、確かに感じる途切れそうな気配。それは真下から伝わってきていた。拳へチャクラを流し込み力が満ちた瞬間、床を睨みつけ思いきり拳を叩きつける。鈍い衝撃音が闇に響き、足元へ亀裂が走った。砕けた隙間から滲むように赤い光が漏れ出す。
『壊れろぉぉぉぉお!』
迷いはない。もう一度、力を込めて拳を振り下ろすと、床は音を立てて砕け穴が開いた。私はそのまま躊躇なく飛び降りる。視界が開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に息が詰まった。
杭に縛りつけられたカカシ先生。その身体は何本もの刀で貫かれ、赤黒い血が地面を濡らしていた。そして、その前に立つ男は感情の一切見えない冷え切った表情で先生を見ていた。喉の奥が焼けるように熱くなる。
『カカシに……触るなぁぁぁぁぁあ!!』
気づけば叫んでいた。怒りも恐怖もぐちゃぐちゃに絡み合い、抑えきれなくなったチャクラが弾ける。衝撃は波紋のようにこの空間へ広がり、空気そのものを震わせた。その音に反応するように、カカシ先生の瞳がゆっくりとこちらを向く。今にも消えてしまいそうな弱々しい眼差し。
『先生……!』
すぐに駆け寄ろうと手を伸ばす。その時、私は背後にある赤い瞳の気配に気づかなかった。静かにこちらを見つめるその視線は、どこか痛みを含んだような優しい眼差しだった。
けれど、この時の私には、その意味を考える余裕なんてなかった。ただ目の前の人を助けたい。その想いだけで頭の中はいっぱいだった。
『——っ!?』
視界が大きく揺れ、気づけば現実へ引き戻されていた。
カカシ「うっ……」
『カカシ先生!!』
目の前で彼の身体が崩れ落ちる。慌てて抱き止めたものの、支えきれず、私はそのまま水面へ膝をついた。腕の中の身体はぞっとするほど冷えていた。触れただけでわかる。相手は恐ろしいほどの手練れだ。
紅「カカシ!!どうしたのよ!まだ目を閉じていなきゃいけないの!?」
アスマ「何があった!?」
カカシ「ま……だ……だめ、だ……」
掠れた声が途切れ途切れに零れる。幻術の影響なのか、先生のチャクラは酷く不安定だった。波みたいに揺らぎ、今にも消えてしまいそうで、見ているだけで胸が締めつけられる。水の上に立っているのがやっとで、意識だってほとんど保てていないはずなのに。
『先生、喋らないで……!』
そう言った瞬間だった。カカシ先生は震える手で私の肩を押し、無理やり離れようと力を込める。
カカシ「助かった……ありがとう。だが……ここは危険だ。すぐ逃げろ……お前の相手じゃ、ない……」
掠れた声。息をするだけでも苦しいはずなのに、それでも私を逃がそうとしている。
『……いや、無理。私も忍だよ』
震える声を押し殺しながら、私は先生の身体を支え直した。
『こんな状況で、私だけ逃げるなんてできない』
カカシ「バカ、言うな…相手の力量を見極めろ……。お前じゃ敵わない。これは命令だ……下がれ……」
『っ……!そんな体で、動いちゃだめ……!』
先生の身体が僅かによろめいた。
キサメ「じゃじゃ馬娘の登場ですねぇ。お嬢さん、悪いことは言わない。ここは君の出しゃばるところじゃありませんよ」
水面の向こうで、巨大な刀を肩に担いだ男が、愉快そうに口元を歪める。その隣では、赤い瞳の男が静かにこちらを見ていた。
キサメ「……しかし、イタチさん。妙ですねぇ。今の幻術は……解いたんですか? それとも、あの娘に解かれたんですか」
敵の会話なんて耳に入らなかった。胸の奥で何かが静かに煮え立っていく。怒りとも違う、恐怖とも違う。もっと深くて言葉にならない何か。その熱がじわじわと全身を侵食していく。
――『許さない』――
心の奥底から滲み出たその言葉が零れた瞬間だった。世界が凍りついたように静まり返る。水の音が消えた、風も止まり、木々の揺れる気配さえ感じない。まるで、自分だけが世界から切り離されたみたいな感覚に、ぞくりと背筋が粟立った。
『どうなってるの…あなた、何をしたの……』
ゆっくり顔を上げた視線の先。イタチと呼ばれた男は、変わらない表情のままこちらを見つめていた。
イタチ「少し……お前と話したかった」
低く落ちた声は不思議なほど穏やかだった。まるで最初から、戦うつもりなどなかったかのように。
『……私のことを知ってるの?』
イタチ「ああ」
返ってきたのは短い肯定だけだった。記憶を辿っても、この男に会った覚えなんてない。それなのに、彼の声はずっと昔から知っていたみたいに胸へ深く染み込んでくる。説明できない感情が胸の奥を掻き回し、息が詰まりそうになる。
『……あなたは、誰……?』
イタチ「……やはり、忘れているか」
ぽつりと落ちた声は、悲しみと少しな安堵を含んでいたような気がした。
イタチ「昔は分からなかった。だが今なら分かる。お前の中にいる二つの存在……それが原因だろう」
『何を……言って——っ!?』
最後まで言葉にならなかった。ふわり、と視界が揺れ、気づいた時にはイタチがすぐ目の前に立っていた。逃げる間もなく、静かに腕が伸ばされる。そのままそっと抱き寄せられた。
『え……』
硬直する。さっきまでの冷え切った気配は、嘘みたいに消えていた。包み込む腕は驚くほど優しく、触れられた瞬間、胸の奥がじわりと熱くなる。まるで壊れ物を扱うみたいな抱擁に、どうしてか拒絶できなかった
「名前、会えてよかった」
耳元で落とされた低い声が、胸の奥へ静かに染み込んでいく。懐かしい匂い。懐かしい声。懐かしい温もり。思考より先に身体が理解していた。
私は、この人を知っている。
理由なんて分からない。記憶にもない。それなのに、腕の中にいるだけで確信だけが静かに広がっていく。苦しいほど、懐かしかった。やがて男がゆっくりと身を離す。離れていく温もりを追うみたいに、気づけば私はその袖を掴んでいた。
『……お兄ちゃん……』
零れ落ちた声に自分自身が一番驚いた。
けれど、その言葉を否定する前に。
ガイ「木ノ葉旋風ォォォォ!!」
轟くような声と共に、激しい風が間を裂いた。緑の影が一閃する。割って入ったのはガイ先生だった。勢いのまま身体を引き寄せられ、私は彼から一気に引き離される。
ガイ「カカシを連れて下がれ!!」
間髪入れず、ガイ先生は鬼鮫へ蹴りを叩き込む。衝撃で水面が激しく波打ち、思わず目を閉じた。そして、再び目を開けた時には、さっきまで確かにそこにいたはずの気配が綺麗に消えていた。
その後、カカシ先生は意識を戻さないまま病室へ運ばれ、私は事情聴取のために同行する事になった。けれど、あの空間で交わした言葉だけは、誰にも話せなかった。話してしまえば、全部壊れてしまう気がしたから。
上忍たちの会話から、あの男がサスケの兄〝うちはイタチ〟だと知る。そして、それは最悪のタイミングだったのだろう。事実を知った直後、サスケが現れた。兄の名を聞いた瞬間、彼の顔色が変わる。何かを確かめるような一瞬の沈黙のあと、振り返ることもなく走り去っていった。
『私、行きます!』
アスマ「……頼んだぞ。サスケを止めるだけでいい。深追いはするな」
低く落ちた声には上忍としての強い圧があった。それは、お願いじゃなく、明確な命令だった。私は真っ直ぐ頷く。
『……わかりました』
本当は、カカシ先生のそばにいたかった。目を閉じたまま動かない姿が頭から離れない。けれど、あの場にいても、今の私には何もできない。だったらせめて、今の私にしかできないことをやるしかない。
走り出しかけたその時、ふと自分の手へ視線が落ちる。あの瞬間、触れられた感触がまだ微かに残っていた。私は静かに拳を握りしめた。
『……もう一度、会いたい』
ぽつりと零れた本音は、にも届かない。それでもその想いだけは、胸の奥で確かに燃え続けていた。
