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過去の小話

 少し拗ね気味に言った立香のその言葉に、イアソンは目を丸くした。まるで予想だにしない言葉だと言わんばかりに。

「恋人らしい、ねぇ」

 あぁ、これはたまに見る『面倒くさい』の顔だ。そんな顔をするならば、何故恋人になったのかと問いたい!
 付き合う前と後で変わったことと言えば登下校を一緒にするようになったくらいで恐ろしいことにキスどころか手さえ繋いだことがない。イアソンは手が早そうだから気を付けろ、と友達の誰かに話の流れで言われた。だから多少なり覚悟をして毎日の登下校に挑んでいるというのに、そんな立香の気持ちに全く気付く様子もないイアソンは色気の欠片も無い話しかしてこない。別に恋人らしい事がしたくて付き合った訳ではないし、一緒にいて楽しいし楽だ。それで十分と言えば十分なのだが、手が早いだろうと聞いていたのに出されないとなると若干の不安があると言うもの。

「何がしたいんだよ」

 正直、何と言われると何かとしか言えない。
 何でも良いと言ったらきっとまた面倒そうな顔を見ることになるんだろう。

「……手、つなぐ、とか」

 キスとかそういう先の事を言っても良かったのだけど。乗り気でないイアソンの気持ちを無視して提案する気にはなれない。
 手を繋ぐくらいならば何とかならないだろうか、そう思いつつも嫌そうな顔を見る勇気が無くてイアソンの顔を見ることか出来ない。
 手を繋ぐのすら面倒と言われたら、もう、友達でよかったような気がする。そこまで考えて、少し寂しくなった。

 なのに。

「これで満足か」

 右手があたたかい。
 しかも、これは。

「こいびとつなぎだ」
「ばか、口に出すな」

 だってだって!なんならもう夏にも近いこの時期に手なんか繋げるかとお断りの理由の予測まで出来ていたのに!
 どんな顔で恋人繋ぎなんかしてきたのかと見上げてみれば、イアソンはそっぽを向いてしまって表情は全くわからない。見えるのは綺麗な金糸の髪と真っ赤な耳だけ。

「イアソン、耳真っ赤」

 あまりにも意外で思わず口にすると、見えない口先からうるさいなと小さい声が漏れ聞こえた。イアソンが今どんな顔をしてるのか、見たい。どうすればこちらを向いてくれるだろうか。
 ねぇ、と呼び掛けても頑なにこちらを向かない。あまりつついては手を離されてしまうかも、と思ったのに。それとは真逆に少し汗ばむイアソンの手は繋ぐ力を少し強めるだけ。

あぁそうか。

「イアソン、私の事好きなんだ」

 繋ぐ手から伝わる熱におかされて思わず出た都合の良い言葉。
 これはまたイアソンに怒られるな、と思ったら。

「悪いかよ!」

 ようやく見ることが出来たイアソンのその表情に立香はただただ嬉しくて、笑ってしまった。
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