愛おしい君へ
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時々思い出す。
あの日のこと。あの時の感触。
絶望した仲間の顔。
そして…
先生の顔。
愛おしい君へ
「…ッ!!…はぁ……はぁ…」
まただ。
また、あの真っ暗闇に取り込まれる恐ろしい夢。
死んだ者は生き返らない。俺が先生を殺した過去も変えることはできない。
こうしてたまに昔の夢をみることがある。その度にこうしてうなされる。もう何度目になるだろうか。
気分を変えようと窓の外に目をやると、空には暖かい朝陽が差し込もうとしていた。
「…銀時?」
「…おお、悪ィ。起こしちまったか」
「ううん、平気」
一人で暗闇を彷徨う俺に、いつの間にかできていた大切な仲間や、愛おしい女。
隣で寝ていた恋人の楓は、俺に倣い上体を起こして、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。
「…すごい汗…大丈夫?嫌な夢でもみたの?」
「……」
こいつには俺の過去は話してねえ。
この暗闇はテメェ一人で背負わなきゃならねえ贖罪のようなものだ。
俺の愛した女に罪の片棒を背負わすわけにはいかなかった。
「…銀時、たまに今日みたいにうなされてるよね」
「…なんだよ、知ってたのか」
楓は優しい笑みを浮かべて、知ってるに決まってると言った。
「だって、わたしは銀時を愛してるから。銀時のことは何でもお見通しよ」
「…厄介な女に捕まったもんだ」
冗談めいた声色でそう返すと、俺はもう大丈夫だと言うように、楓に優しく微笑みかけた。
だが流石は俺が選んだ女なだけあって、貼り付けた笑みでこいつを騙すことはできなかった。
「……銀時…銀時が何に苦しんでるか、わたしには分かんないよ。でもね、今の銀時が過去に囚われてるなら、そんな苦しんでる今の銀時を癒してあげられるのは、今のわたしだけだよ」
それにね、と楓が続ける。
「銀時が辛いとわたしも辛いの…苦しくなるの…」
俺は無意識のうちに愛おしい存在を苦しめてたのか。
「…ごめんな」
「違うよ、謝って欲しいわけじゃないの。ただ銀時がわたしにとって大切な人だから心配なだけ…」
楓はそう言うと、俺にすり寄ってきた。
「話してくれなくてもいい。だけど銀時が辛い時はこうやってわたしに甘えてきて欲しい。わたしも辛い時、銀時にこうやって甘えるでしょ?こうするとね、不安だったことがパッと消えちゃうの。…だから銀時はわたしにとってトイレットペーパーみたいなものかも」
「え?ちょっと楓ちゃん?それどういうこと?馬鹿にしてる?銀さんのこと馬鹿にしてます?」
「はははっ!そのくらい欠けちゃいけない大切なものってこと!トイレットペーパーなかったら困るでしょ?」
「にしたってもっとマシなモンがあんだろーがよ…」
こうやって楓はスっと俺の中心に入り込んで、心も体も満たしてくれる。
愛おしい存在ってのはこんなにも温かいもんだったのか。
あの人が俺の前から消えてから、そんなこともすっかり忘れちまってたのかもしれない。
「その原理でいくと、楓は俺にとっての糖分ってことになるな」
「え…そうなの…?嬉しい…!」
楓は俺の腕に自分の腕を巻き付け、体をさらに密着させてきた。
「なになに楓ちゃん、今日はえらく積極的じゃないの?」
「そういえば銀時は積極的な女が嫌いだったっけ?」
「いや、俺はそういうの好きな女は別だから」
俺はすり寄ってきた楓を優しく抱きしめた。
「今銀さんすっげーこわ〜い夢見ちまってよ…楓ちゃん、癒してくれんだろ?」
俺は楓の耳元で言い聞かせるように囁いた。
「…いいよ」
そういうと楓は俺の目を真っ直ぐに見つめて、そのまま俺達の距離はゼロになった。
ひんやりする朝の空気に体が晒されている中で、俺達の唇だけが熱を持っていた。
そしてゆっくり距離を取ると、俺はもう既に離れた唇を欲していた。
「なに、楓ちゃんもう終わり?」
挑発するように楓を見つめる。俺ってばホント好きな女を虐めるのが好きみたいだわ。
「…今日はわたしが銀時をドロドロに甘やかしてあげる」
すると楓は再び唇を合わせてきた。今度はさっきよりも性急に、激しく、深く、熱く。
唇がお互いの体温も分からなくなるくらいにぐちゃぐちゃになった頃、名残惜しそうに銀の糸を引きながら、ようやく解放された。
「もう…!今日はわたしがしてあげようと思ったのに……銀時ってば…激しすぎ…ッ…!」
「な〜に言ってんだ。お前だってノリノリだったくせに」
……………………
俺達は少しの沈黙のあと、どちらからともなく笑った。
「ねえ銀時……好きだよ」
「ん…俺も…」
俺達は再び互いの体温を確かめ合うように抱き合って横になった。
しばらく沈黙を楽しんでいると、隣からすやすやと落ち着いた寝息が聞こえてきた。
そっと楓の顔を覗き込むと、そこには柔らかな朝陽に照らされた愛おしい女の寝顔があった。
「…楓、ありがとな」
俺は楓の額にキスを一つ落とし、重たい瞼を閉じた。
俺の中の暗闇はいつの間にか、温かな光に変わっていた。
(END)
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