あなたのことが
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佐内の手がわたしの腕に触れようとした瞬間、一陣の風が横切った。
「ぐあああああああ…ッ!」
また一瞬の出来事だった。
今度は佐内の持っていた拳銃が音を立てて転げ落ちた。見ると佐内の腕には真新しい刀傷。
「ったく…アンタは何してんでィ」
「お…沖田くん…?」
目の前にたなびく見慣れた隊服。口調こそいつも通りだが、その後ろ姿はいつもの少し曲がったやる気のない背中とは裏腹に、とんでもない殺気を放っていた。
「まさかアンタが裏で手を引いていたとはねェ…大勢での警護は逆に目立ちすぎるから警備は最小限でって指示したのもアンタってことか」
「貴様…真選組の沖田か…!なぜここにいる…!」
「いやね、一応このホテルの警護責任者は俺だったんで、この裏口のことも知ってやした。んでコソコソ二人で裏口入ってくのが見えたんで追ってきたってわけでさァ」
「貴様を警護の責任者にした覚えはないが…どこからかこの情報が漏れていたのか…」
「いや?楓さんが来るっていうんで、俺が無理言って近藤さんに責任者の座譲ってもらったってわけ。むしろ俺が責任者になっといて正解だったようだが」
沖田くんは余裕の表情でそう答えた。わたしのせいで彼を危険な目に合わせることになってしまった。
「…しかし沖田よ、余裕の表情もそこまでだぞ…!」
佐内がそう言うと、バタバタという足音と共に、周りを浪士に囲まれた。
佐内の顔は苦痛に歪んでいたが、途端に余裕の笑みを見せ始めた。
「…なるほど、ここで俺を殺ろうってことかィ」
「そういうことだ。…残念だよ沖田くん、君ほどの手練は幕府の中でも少ない…この革命が成功すれば、真選組にももっといい地位を用意してやったというのに…」
「生憎、俺ら真選組は地位だ名誉だなんてモンには興味ないんでね。…アンタ、ありがた迷惑って言葉知ってますかィ?」
「貴様…どうやら本当にここで殺されたいようだな…!狭い場所にこれだけの人数、しかも手負いの秘書様を守りながらここを切り抜けられると思うか?」
するとわたしたちを取り囲む浪士たちは剣を抜き、構えた。
「俺に刃向かうってこたァ、全員ここで死ぬ覚悟ができてるってことでいいのかィ?」
沖田くんも改めて剣を構える。
数では圧倒的に不利だ。
だけど、この背に守られているとこんな状況にも関わらず、なぜか安心感に包まれる。
この人の背についていれば、絶対に大丈夫だという気持ちが芽生えてくる。
「楓さん、俺の背から離れないでくだせェ」
「…わかってる」
言い切った途端、タイミングを見計らったかのように浪士が一斉に沖田くんに切りかかる。
しかし沖田くんは、瞬く間にそれらを一掃。
その後も押し寄せてくる浪士を涼しい顔で次々と斬り伏せていった。
そしてあっという間に辺りは死体と血の海と化していた。
改めて、この沖田総悟という人間はこんな命のやり取りを数多くこなしているんだと思うと、恐ろしさから身震いが止まらなかった。
残るは首謀者の佐内一人。
「ま、待ってくれ…沖田くん…!君がこれほどの手練だとは知らなかった!わたしもしっかりと罰を受けよう、だから命だけは…命だけは…!」
「浪士共は剣を抜かなきゃ命だけは取らねぇつもりだったが、アンタは別だ」
沖田くんはそのままよろける佐内の前に立ち、剣を振りかざした。
「テメェは俺の大切な人を傷つけた。…その代償は払ってもらうぜ」
叫び声と共に鮮血が飛び散った。
佐内はそのまま横に倒れ、動かなくなった。
沖田くんは血糊を振り払い鞘に収めると、わたしの方へと歩み寄って、目の前にしゃがみ込んだ。
「お…沖田くん…あの…」
「佐内のことなら大丈夫でさァ。一応取り調べとかもあるだろうし…本当は殺してやりたかったが、四分の三殺しで勘弁してやりやしたから」
「いや、そうじゃなくって…」
「話は後だ。それより怪我してんだから病院が先だろィ」
そう言うと、沖田くんはわたしを横抱きにして歩き出した。
「ち、ちょっと沖田くん!わたし一人でも歩けるってば!」
「さっきまで痛みで変な声出してた怪我人が何言ってんでィ。じっとしてろ」
「出してないから!!!」
しかし暴れる気力と体力が残っていないのも確かだった。
年下の彼の腕は、剣を振るう仕事をしているだけあって思っていた以上に逞しかった。
目の前を真っ直ぐ見つめて歩く彼に視線をやると、それに気がついたのか彼はこちらに顔をやり、ふっと笑ってみせた。
不覚にもちょっとだけ、ほんのちょっとだけドキっとしてしまった。
「沖田くん…ありがとう」
わたしはそう言ったが、彼は何も言わず、ただただホテルの階段を下り続けていた。
そして1階につくや否や、到着していた救急車にわたしを押し込み、手を振りながらわたしを見送ってくれた。
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