片思い
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あの後、わたしは病院のベッドで意識を取り戻した。
お医者様曰く、緊張の糸が解けて気を失ったらしい。
弟は意識を取り戻したものの、殴られた時の衝撃による軽い脳震盪だったようで、数日間入院することになってしまったが、命に別状はないらしい。
思ったよりも元気そうな弟を残して、夕方頃には病院を出ることが出来た。
帰宅途中、今夜が出勤日だったことを思いだし急いで準備を済ませたものの、家を出る直前に今日は安静にして休みなさい!と何処からか事情を知った店長さんから電話がかかってきた。
夕食を済ませ、風呂に入る。弟のいない家はとても静かだった。
こうして一人でいると彼を思い出す。
あの時助けてくれたのは土方様だった。顔は見ていないが、男が土方様の名を口にしていた。
何よりあの煙草の匂い…間違えるはずもなかった。
きちんとお礼をしなければならない。目が覚めてからそう思っていたものの、わたしは彼の連絡先も知らなければ、屯所へ足を運ぶ勇気もなかった。
「でもきちんとお礼はしなくちゃ…」
今日は夜も遅いし、また明日にでも屯所へ向かおう。そう思い、寝支度をしていると、家の戸を叩く音がした。
「こんな夜更けに誰かしら…」
玄関へ近づき戸越しに声をかけると、俺だ、と聞き慣れた声がした。
「え…土方様…!?」
わたしは急いで戸を開けた。
「すまねえな、こんな夜更けに」
「い、いえ…大丈夫です…」
「…少し、外を歩かねえか」
土方様にそう言われ、わたしは薄いカーディガンを羽織り外へ出た。
心地よい虫の音とわたしたち二人の足音以外に音は聞こえない。相変わらず土方様とは気まずい雰囲気のままだったが、きちんと言うことは言わねばならない。
「あの、土方様…昨夜は助けて頂きありがとうございました…すぐにお礼に伺えず、申し訳ありません」
「気にするな。弟のこともあったし、お前も怪我してただろ。悪ィな、本調子じゃねえのに連れ出して」
「いえ…わたしは平気です。また今度きちんとお礼をさせていただきますので」
「いや、必要ねェよ」
あからさまな拒絶の言葉に胸が痛んだ。当たり前か、わたしから突き放したんだから。
「…まだ元気ねえな…」
「え…」
「当たり前か。昨日の今日じゃ元気って方がおかしいな」
「そ、そんな…確かに昨日は怖かったですけど…」
「あの後、もう一人の犯人は無事にとっ捕まえた。心配すんな」
「ありがとうございます…」
また話すことがなくなってしまった。わたしが意識しなければいいだけの話だというのに。この恋は叶わぬ恋。思うだけ無駄なのに…
それなのに土方様と二人でいられる時間は心が踊ってしまう。今だってわたしの心臓の鼓動は早まっている。しかしこんな所を土方様の恋人に見られたら…
「土方様…わたしと二人で歩いていては、恋人の女性に悪く思われてしまいますよ?」
「…は?恋人?なんだそりゃ」
「…えっと…いらっしゃいますよね?恋人?」
「ンなもんしばらくいねえよ…誰から聞いた」
「…え?そんな…だって沖田様が…」
「アイツ…余計なこと言いやがって…!」
土方様に恋人がいない…?それじゃあ沖田様の言っていたことは嘘だと言うことなのだろうか。
「…まあでも…俺は好きな女はいるがな…」
土方様に好きな女性が…一体誰だろうか。きっと土方様に告白される女性はさぞかし綺麗で、博識で、芯のしっかりとした女性なのだろう。羨ましい。わたしには全てないものだ。
「そう…なんですね。土方様に告白されたらどんな女性でもイチコロですよ。きっと成功します」
「そうか?だがそんな好きな女の悩み一つ解決してやれねえ男に望みなんてあるもんかね」
「大丈夫ですよ。…きっと土方様があまりにも素敵だから緊張しているだけです。想いをぶつけてみればきっとその女性も答えてくれます」
似てるなあ、わたしと。やっぱりどの女性も土方様を前にすると緊張してしまうのね。分かるわ、その気持ち。
「…そうか、分かった。じゃあ伝えてみることにする」
「…頑張ってくださいね。応援、してます…」
さようなら、わたしの初恋。
そう思った瞬間、土方様が足を止める。
「…?土方様…どうかなさいました?」
そう言いながら振り返ると、前から思いっきり抱きしめられた。
「え…あ、ひじ…かたさ…」
「俺が好きなのはお前だ、楓」
「え…」
「お前を困らせるのは分かってる…けど、俺はお前が好きだ…」
「土方様…」
土方様の腕がぎゅっとわたしを抱きしめる。嗅ぎなれた煙草の匂いが、抱きしめられた熱と共に身体中を駆け巡る。
「昨日店に寄ったらお前いねえし…店長からちょうど入れ違いで帰ったって聴いてよ…ふと嫌な予感がして追いかけてったら、まあ予感が的中したってやつだ…」
緊張からなのか、嬉しさからなのか、いつの間にかわたしの頬からは涙が伝っていた。
「俺はどうでもいいと思ってる女を助けるほど、優しい男じゃねえよ」
優しい。いつもの優しい声の土方様だ。土方様にここまで言わせて、わたしが何も言わないだなんて、そんなの…
「あ…あの…土方様…わたし…」
「ああ…」
「わたし…自分に自信がありません…スタイルだってよくないし、友人もいません…それに…目が見えません…こんなわたしが土方様に相応しいとは…思えないんです…」
「……」
「でも…それでもわたし…貴方に相応しい人間にきっとなりますから…だから…お傍に居させてくださいませんか?」
ありったけの勇気と、自分の気持ちをその言葉に乗せた。土方様は静かにわたしの想いを聞いてくれていた。
「…俺はお前だから好きなんだ。俺に相応しいとか関係ねェ。自分らしく生きろ。楓、お前は俺の隣で堂々としてりゃいいんだよ」
「土方様…ッ」
わたしは土方様の大きな背中へとゆっくり手を回した。すると彼はさらに強い力でわたしを抱きしめた。
「お慕い申しております…土方様…」
「楓…」
大きな雲が明るい月を覆った瞬間、土方様はわたしに陰を一つ落とした。
愛する人との初めてのキスは、嗅ぎ慣れた煙草の味がした。
(END)
→あとがき&おまけ