片思い
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あの日から、土方様に言われたとおり、色々なお客様と接する中で、自分を知ってもらう努力をした。それもあってか少しずつお客様から指名を頂くことも増え、自信もついた。近頃はこの店で働くことの楽しさを見出してきていた。
そんな土方様も、近藤様と常に一緒にとはいかなかったものの、店長さん曰く、前よりも顔を見せるようになってくれたとのこと。
店に来店する度、必ずわたしの元へ来てくださった土方様。お互いお酒を飲んで、他愛もない話をするだけ。それだけでわたしは幸せだった。
そんなある日のことだった。
「あれ、アンタはすまいるの…」
「?」
休暇をもらい、今晩の夕飯の買い出しをしていると、聞き覚えのある声がした。
「えっと…沖田様ですか?」
「お〜よくわかりやしたね」
真選組の沖田様。たまに酔いつぶれたのか、ボコボコにされ過ぎたのか、どちらか分からない近藤様を回収しにくる歳若い隊士さん。来店時は女の子をかなりモノにしている様子を耳にする。
「すいやせんね、土方じゃなくて」
「え!?いや、そんな…どうしてそんなこと…」
「バレバレですぜ?アンタが土方の野郎を好きってこたァね」
なんだろうこの人、今はあまり関わりたくない。何故か彼の声を聞いてそう思った。何か嫌な予感がする。
「…悪いこたァ言わねえ、アイツはやめときなせェ。恋しても辛いだけだ」
「え…」
沖田様は淡々とわたしにそう告げた。
「どういうことですか?」
「そのままの意味でさァ。アイツに恋するのは辛いだけ。あの野郎はもう心に決めた女がいるんでさァ」
「!?」
知らなかった。土方様にそんな人がいたなんて。
でも思い返せば、不器用だけど誰にだって優しい彼にそんな人がいても何らおかしくはない。
顔に触れたことはないが、周りの女の子の話だとかなり整った顔の男前だと聞いていたし、合わせて真選組副長という身分。例え独り身だったとしても周りが黙ってはいないだろう。
「そう…ですか。でもすみません、別にわたしは土方様のことを好きだとか、そんな風には思っていません。素敵な方だなとは思いますけど…土方様はただのお客様です」
「…そうですかィ。そりゃ失礼しやした」
終始淡々とした声色だった沖田様は、そう言い残してわたしの前から去っていった。
『楓ちゃんがいるから副長さんの来店頻度が高くなったのかな!ガハハ!』
と浮かれ気味だった店長さんのことを思い出す。
…いや、浮かれていたのはわたしの方かもしれない。
少し優しくされただけで、気持ちを分かってくださっただけで、心地よい声を聞いただけで好きになってしまって。
恋に疎い人間に対し、彼の行動にはかなりの効果があった。
「…土方様…」
そこからどうしたのかは分からないが、気がついたら買い出しを終えて家にいた。
姉上、大丈夫ですか?と弟にも心配をされた。こんなに早く失恋してしまうなんて。心にぽっかりと穴が空いたように、なんの感情も抱けないまま、上の空状態のわたしは次の出勤日を迎えた。
相も変わらず、お妙ちゃんと近藤様のやり取りは続いている。
近藤様も諦めの悪い…きっと今日も酔い潰れた貴方を迎えに、土方様か沖田様か…はたまた他の隊士様がやって来るのだろう。沖田様とは気まずいのでなるべく顔を合わせたくはない。それに土方様も…
しかしそう思っていても、来てしまうのが貴方で。
「よう楓。しばらく来られなくて悪ィな」
「…いえ、お忙しいでしょうし…気にしておりません」
「そうかい」
そう言いながら土方様は煙草に火をつけた。奥のテーブルでは近藤様が酔い潰れている。
「…どうした、元気ねえな」
全く…フォローの達人とは聞いていたが、わたしのほんの些細な声色の変化も拾ってしまうものなのか。
だから会いたくなかったのに。
「いえ、元気ですよ。すみません、お客様の前で考え事だなんて」
「…いや、別に構いやしねえよ」
土方様の吐き出す煙草の煙の匂いがする。この匂いを独り占めできてしまう相手がいるというのにこんな所へ来て。いくら上司の迎えだからといって相手の女性が勘違いをしたらどうするというのか。
考えれば考えるほど、土方様と話せなくなる。いつもは喉の奥から溢れるように話すことが出てくるというのに。
「…おい、やっぱり何かあったろ?お前今日おかしいぞ」
「何でもございません。大丈夫です」
「大丈夫じゃねえだろ。顔色も悪ィし…何か悩み事があるんだろ?」
「ッ貴方には!……関係のないことです…」
言ってしまった。冷たく突き放してしまった。これでいいんだ。これで。
冷たく突き放せば、わたしの元には来なくなる。
「…そうかよ」
そう言うと土方様は席を立った。いつもは煙草を吸い終えるまで席を立たない土方様が、今日は煙を吹かしたまま去っていった。
わたしはそのまま項垂れることしかできなかった。
そしてその日から、わたしの前に彼は現れなくなった。
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