片思い
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「おいアンタ、ここいいか」
わたしがワタワタしていると、隣からお声がかかった。
「えっ!?あ、はい…!どうぞ…いらっしゃいませッ…!」
声をかけてきた殿方は、そのままわたしの隣へどっかりと座った。
「酌、頼めるか」
「は、はい…」
わたしはいそいそとテーブルの上の徳利を探すが、先程あった場所にそれはなく、代わりに触れたテーブルの上は濡れていた。どうやらお妙ちゃんと近藤様が徳利を倒してしまったらしい。
「アレ…?えっと…」
そんなわたしを見かねたのか、隣に座られた殿方が不意にわたしの手を取り、徳利を握らせた。
「探しもんはこれか?」
「え…ッ…」
握られた手が熱い。そこから熱を伝って顔から火を噴きそうだ。
「新しい徳利、テーブルの奥に置いてあったぜ。酌、してくれんだろ?」
その方はわたしを咎めることはなく、心臓にトクンと響く優しくて深い声色でそう言った。
殿方のお猪口に酒を注ぎ入れると、ゴクリと流し込む音が聞こえた。
「…すみません。ご迷惑おかけして…」
「あ?別に迷惑かけられた覚えはねェよ。アンタも飲むか?」
「あ…それじゃあ少しだけ」
今度は殿方の方がお酌をしてくれた。酒を注ぎ込む音がまた心地よかった。
「アンタ見ねえ顔だが、新入りか?」
「はい。最近働き始めました。楓と申します」
「俺は土方十四郎だ。真選組で副長やってる」
「え!?ふ、副長さん…ですか…!?」
聞いたことがある…真選組鬼の副長土方十四郎…敵にも味方にも恐れられる容赦のない性格だと。
わたしがそんな人のお相手なんて…無理!誰か別の人に代わってもらわないと…!
「あ、あのわたし…そろそろ…」
「いつも悪ィな。うちの局長が迷惑かけちまってよ」
「え、いやあの…わたしは局長様とはあまり…」
「そうか?だが店に迷惑かけてるのは事実じゃねェか」
「は、はい…そうですね…ははは…」
しまった…完全に席を外すタイミングを失った…しかしここで席を外すのはかえって怒りを買いそうな予感もする。
「あ…えっと…その、土方様も大変じゃないですか?いつもお忙しそうで…」
「まあ忙しいのは慣れたもんだ。上にも下にも問題児抱えてっからな」
そういう彼の声色は呆れの中に優しさを含んでいた。
これは聴覚が発達しているが故の根拠だが、わたしは相手の声を聞けば、その相手が今どういった感情であるか、細かく理解することができる。
この人は…土方様は案外優しい人なのかもしれない。
「そういうアンタもよくこの店選んだな。そんじょそこらのキャバクラより大変だろ」
「まあ…そうですね…でもわたしのような女を雇ってくれるようなところは、ここしかないですよ」
言葉にしてからしまった、と思った。こういう発言はお客様を困らせてしまう。
それに同情されるような言葉も嫌いだ。わたしは全盲だからといって不自由を感じたことは一度もないのだから。
「すみません、忘れてください」
「…いや…アンタ案外強ェとこあんな」
「…え?」
一体今のどこに強い要素なんてあったのだろうか。
「同情されんのはまっぴら御免だって顔してやがる」
「わ、わたしそんな顔を…」
「別に同情なんざしねえさ。アンタは別にそれで生きてくのに苦労してなさそうだしな。同情っていうもんがそもそもおかしな話だよな」
「土方様…」
わたしは引っ込み思案で比較的静かな性格だけれど、それは決して全盲だからという理由が全てではない。それに生きていくのにちっとも苦労なんてなかったのだ。
誰だって自分がおかしいとは思っていないのに、人から悪く思われるというのは心外で。
わたしも目が見えないのはひとつの個性で、なんらおかしなことではないと思っていた。確かに目は見えないが、周りに置いていかれることはなかったから。
それなのに"目が見えなくてかわいそう"とか"目が見えないなんて大変ね"とか、挙句の果てには"気持ち悪い"などと言われ続けてきた。
わたしは何もしていないのに、何も不自由なことなんてないのに。そんな風に言われ続けてきたら、誰だって一定以上は他人に近寄らなくなるだろう。
わたしの気持ちを分かってくれる人なんて現れないと思っていたのに。こんなところで出会えるなんて。
それがとてつもなく嬉しくて、わたしの暗闇しか映さない両目から自然と涙が零れた。
「…!?お、おい…お前どうした?どっか痛えのか…!?」
「…っすみません…そういう風に仰って頂けるとは思っていなくて…いつも周りから煙たがられてたので…嬉しいです…ありがとうございます…」
彼が差し出してくれたティッシュを受け取ると、父が亡くなった時以来流していなかった涙を拭き取った。
「…大丈夫だ。お前のこときちんと見てくれるやつは絶対にいるからよ」
「…はいッ!ありがとうございます…!」
「…ただし、待ってるだけじゃダメだ。例えお前のことを理解しねえやつがいたとしても、テメェ自身でぶつかっていくしかねえ。そうやって自分を理解してもらう努力も必要だぜ?」
「理解してもらう努力…ですか」
「それに、だ。お前もっと自分に自信を持て。じゃねえと同情されるぞ。もっと胸張って生きりゃいいんだよ。そうすりゃもちっとマシな人間関係が作れんじゃねえか?」
「ありがとうございます…がんばります…!」
今にして思えば、きっとあの瞬間が初恋だったと思う。
今まで恋とは無縁の世界にいたし、自分は一人で生きていけると思っていたから。
まさか恋をすることがこんなにも楽しくて切ないことだなんて知らなかった。
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