すきなひと
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あの後銀さんを見送ってからあっという間に時間は過ぎ、店じまいをして仕込みを終わらせると、時刻は午後八時を回っていた。
いつもであれば六時過ぎには店を出られるはずが、今日ばかりは次の日に大量の予約が入っているおかげで、仕込みを終わらせるのが遅くなってしまった。
帰りの支度をして店を出るが、この辺りは昼間と違い、日が落ちると人通りが疎らになる。
いつも通るはずの帰路が、今日は日が落ちたため真っ暗だ。
しばらく歩いていると、何やら背後から足音がしている。不思議に思い振り向くと、そこには誰もいなかった。
「(おかしいな…足音がしたはずなんだけど…)」
かぶき町自体、治安がいいとは決して言えない地域だ。
わたしは途端に怖くなって、足早に駆け出した。
しかしそれに呼応するように背後から再び足音がした。
「(嘘でしょ…!誰か追いかけてきてる…どうしよう…!)」
わたしは必死に逃げた。誰か、誰か助けて…!
走っている場所が帰路でないことは確かだが、そんなことを考えている余裕などなかった。
曲がり角を曲がると、突然温かい何かに包まれた。その温かいものは、まるでわたしを追いかけてきていた何かから隠すかのように覆った。
すると近くまで来ていた足音は急に止まったかと思うと、再び走り出し、その音は段々と小さくなっていった。
「…どうやら上手く撒いたみてぇだな」
聞き覚えのある声に顔をあげると、
「…え…!?ぎ、銀さん…!?」
わたしを覆うようにしていたのは、紛れもない銀色の人だった。
「楓ちゃん危ねぇだろ?ンなとこ一人で歩いてちゃあ」
「ご…ごめんなさい…まさかこんなことになるなんて……?ってどうして銀さんがここに?」
ある意味不思議なことだ。曲がり角に突然銀さんがいて、わたしが追いかけられていることを知っているのだから。
「俺ァあれだよ…パチ屋の帰りに偶然な。楓ちゃんがこんな時間に走ってんなんてただ事じゃねえなと思っただけで…あとは体が咄嗟に…って感じ?」
「…ふふ…なにそれ」
ちょっと腑に落ちないところはあるけど、助けて貰ったことには違いない。
「あ…」
よくよく考えてみれば、銀さんの片手がわたしの腰に回ったままになっている。急に恥ずかしくなったわたしは、銀さんから体を離した。
「あの…銀さん…ありがとう」
「いーって。こんくらい気にすんな」
…本当に今が夜でよかった。じゃなきゃこの情けない赤面顔を想い人に晒すことになっていたから。
「つーか今のストーカーだろ?楓ちゃん、マジ帰り気をつけた方がいいぜ。また追っかけてくるかもしんねえだろ?」
「そうだね…ちょっと怖いなあ…」
わたしがそう言うと、銀さんは閃いたというような顔で、
「あ、それなら店終わったら迎えに行くわ。家まで送ってやんよ」
「え!?でもそれは申し訳ないよ…今日はたまたまこの時間になっただけだし、いつもはもっと早くに帰るし…」
「んなこといったって、ストーカーは常時ストーカーだよ?何時でも何処でもストーカーしてるヤツいるからね?」
「…そんなこと言って銀さんてば、お店のお団子毎日ツケで食べるつもりでしょ…!」
「(ギク…)そ、そんなんじゃねえって!俺ァただ楓ちゃんが心配なだけでだな…」
「ふふ、冗談だよ。…でもいいの?迷惑じゃない?」
「大丈夫だって!俺ァ楓ちゃんのためなら何だってするからよ!」
本当に銀さんは優しい。優しいからこそ辛くなる。だから優しくしないでほしい。
そう思いつつも、そんな銀さんに期待して、甘えてしまう自分がいるんだけど。
「…じゃあお願いしようかな」
「おう、そんじゃあ明日も店終いの時間になったら迎えに行くわ」
銀さんはそう言うとわたしを見つめ、柔らかな微笑みを見せてくれた。
その表情を見るだけでドキッとしてしまうのだから、もうわたしは重症だ。
「そんじゃ帰りますか」
「うん」
この距離がこれ以上縮まることはきっとないけど、今だけでも貴方の隣に居させてくれますか?
(END)
→あとがき&おまけ