史書は残さずとも

「本当に、辞めるのか」
「うん。もう飽きちゃった」
「…相変わらず勝手なやつだ」
どこから聞いたのか知らないが、王賁が事の真偽を問いただしてきた。
それは、僕が将軍を辞めるという噂。
噂でなくて、本当の事なんだけど。
陛下にだけ、文官に戻りますと密かに告げたはずが、いつの間にやら広まっている。
「あいつにも、言わなくて良いのか」
「え、李信に?…やだ。」
「どうしてだ」
「本当は王賁にも言うつもりなかったんだけどな、勝手に聞いてくるもんだから」
「質問に答えろ」
「うん、無理。」
「もう勝手にしろ」
王賁はそそくさと行ってしまった。出口、そっちじゃなくない?と思ったけど言わなかった。好きに迷ってれば良い。

「本当に良かったの?」
「なんかさ〜。思ったよりつまんないしね、この仕事」
「楽しい仕事なんてそうそうないわよ」
口ではそう言いつつも、本当は蒙恬くんが何を思っていたのかはわかっていた。
…この人は、もうこれ以上期待されたくないのだ。
「まぁさ、そーいう訳で気楽になったから。これからは文官だから家でできる仕事も増えるし。小夜ちゃんともずっと一緒にいられるね」
「もう、あなたったら…まるで私が誘惑したみたいじゃないの」
「実際そうなんじゃない?」

史書によれば、蒙恬はその後も将軍を続けて匈奴を破ったとある。
そして最期には、始皇帝死後の陰謀に巻き込まれて亡くなったとも。

本当は…統一後にすぐ表舞台から身を引いたと知る物は、今はもう誰もいない。
1/1ページ
スキ