故郷の話 後日談

〜知らせを聞いて〜
燕への侵攻は一時的に止まった。
遼東まで追い詰められた燕王様が、暗殺計画の首謀者である息子の太子様の首を送る事で大王様は侵攻中止を認められたのだ。
その旨が書かれた書状を読んだ私はしばらく黙っていた。
「…そういえば、幼い頃一度だけ太子様と共に見た女の人がいました。琉宵さんと言ったはずです。無事なのでしょうか…」
「…噂を聞いたんだ。燕王が太子に自害を迫った際、側使えの女性が共に逝くことを選んだって…その人かもしれない」
「…そうですか、琉宵さんが…」
「実はその人も暗殺計画に関わっていただの、2人は駆け落ちしようとしていただの、有る事無い事噂されているみたいだった。実際のところどうだったのかはわからないけど…」
駆け落ち。そんな噂が立つくらいなら、2人は私が思っているよりずっと深い関係だったのかもしれない。少なくとも、ただの主従ではなかったのだろう。それに…その話を聞けば、美陽ちゃんが無事なのかもわからない。
「…」
何も言えずに黙ってしまった私を、蒙恬くんはそっと抱きしめてくれた。

〜夫としての優しさ〜
小夜ちゃんは何もせずに1日を過ごすことが増えた。それを見て僕は密かに家臣を呼び、
「…あいつらには、しばらくここには来ないでって伝えて」
と言い、直筆の書状を渡した。
「よろしいのですか。李信様と王賁様は楽しみにしておられたでしょうに」
「うん…あの2人は悪くない。でも僕と違って小夜ちゃんの故郷を追い詰めたのは事実だ。だから今は、小夜ちゃんも会ったら辛くなると思う」
「…わかりました。行ってまいります」
「気をつけてね」
家臣が屋敷を出るのを見送った後、僕は部屋に戻った。
小夜ちゃんは気分を晴らそうとしているのか縫い物をしていた。
そんな小夜ちゃんだからこそ、今2人に会ったらきっと無理をしてしまう。本当は辛いのに「大丈夫です」なんて言って愛想笑いを浮かべるのが目に見える。優しい小夜ちゃんはきっと2人を恨みたくないと思っているから。
「…小夜ちゃん」
そっと呼びかけて、彼女の細い肩に手を置いた。小夜ちゃんが安心して暮らせる場所をこれ以上奪いたくないと思った。

〜気づき〜
「そういえば最近、李信くんと王賁くん…来ないね」
ある日気づいたことを、蒙恬くんに言ってみた。
「あぁ、それは…僕が止めてたんだ」
そう伝えられて言葉を失う。それから少しして、
「もしかして、私のせい…?そんな、気を遣わせていたなんて…ごめんなさい…2人にも迷惑をかけていたなんて…」
と自然と謝罪の言葉が漏れた。しかし蒙恬くんは
「僕は謝られるより感謝される方が好きなんだけどな」
と言いながら私の手を取る。
「…それじゃあ、ありがとう…」
「うん。それで良いんだよ。小夜ちゃんは何も悪くないのに謝らないの」
「ありがとう、本当に…ありがとう」
「ほらほら泣かないの。気分が落ち着くまで2人でいよう。僕は小夜ちゃんの居場所は奪わないから」
互いを確かめ合うように、私は結んだ手を強く握った。

〜思い出話〜
ようやく気持ちが落ち着いた頃、李信くんと王賁くんがやって来た。
「お久しぶりですね」
「その…大丈夫なのか?」
いつになく李信くんが真面目だ。気を遣わせてしまっているのが申し訳ない。だからこそ私は本心から
「いえ、もう本当に大丈夫です。完全に忘れたわけではありませんけれど、気持ちの整理は付きました」
と微笑みを見せながら答えた。
「その様子なら無理をしているわけでもなさそうだな」
と王賁くんも言う。
「いや、俺たちが小夜の故郷をほぼ滅亡するまで攻めたというのは…なんというか、やっぱり気まずいだろ」
「あぁ…命令であった以上、仕方のないことではある。それでも小夜殿が傷ついたのもまた事実だ」
「それならさ」
蒙恬くんが口を挟んだ。
「昔話をしてよ。大切な思い出を忘れる必要はないよ」
「そうですね…つまらない話かもしれませんが…聞いて欲しいです」
私は故郷の懐かしい人たちの話をした。秦に移るまでは一緒に暮らしていた親戚。気の良い近所のお兄さん。市場で少し負けてくれる店主さん。今も安否がわからない美陽ちゃん。そして、一度しか会ったことはないけれど、ずっと頭に残っている琉宵さんと太子様…
3人はその話を1つ1つ真剣に聞いてくれた。
「大切な人だったのだな」
ぽつりと王賁くんが溢した。
「そのさ…俺、燕の王と太子を追撃したんだけど」
李信くんがかなり気まずそうだ。しかし王賁くんは
「命令に従っただけだ、後悔する必要はない」
とぴしゃりと言ってのけた。こういう合理的なところは時に強みとなる。しかしその後、
「…だが、直接戦に関わったでもない女子までもが俺たちによって命を絶ったと思うとやるせない気持ちになるのはわかる」
と李信くんに寄り添った。やっぱり根は優しい子なんだと思う。
私はそっと心の中で、美陽ちゃんの無事、そして琉宵さんと太子様が安らかに眠れるように祈った。
庭には黄色い彼岸花が咲いていた。

〜残った人の想い〜
「そんな…また大王様を狙う人が現れたのですか」
蒙恬くんからその事を聞き、驚きが隠せない。しかし次の言葉を聞き、私は何も言えなかった。
「…どうやら燕が滅亡した時に逃げた人みたいで…前の暗殺計画の使者の親友だったんだって」
燕は5年前、ほぼ滅亡まで追い込まれた。その時に琉宵さんも太子様も亡くなった。けれど完全に滅亡したのは去年のことだ。その時により多くの人が亡くなったと聞いている。
そんな中でその人は、逃げ延びてこうして再び暗殺未遂を起こしたのだ。
「…まだ、燕を想い続ける人がいるのですね」
「それは…小夜ちゃんもだよ」
「ですが…」
「…どうしたの?」
「最初の暗殺計画の使者の方や、太子様…そして琉宵さんは、復讐を望んでいたのでしょうか」
「…そうだね、でも…それが最後の抵抗だったんじゃないかな。もちろん、僕の立場としては肯定できないけど…」
そう言われてとても複雑な気持ちになる。それでも蒙恬くんは私に寄り添い続けてくれた。
また庭を眺める。やはり庭には黄色い彼岸花が咲いていた。
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