遠くの彼岸花

〜故郷の話 前日譚〜
その噂を聞いて、私は言葉を失った。
燕の国からやって来た偽りの降伏の使者が、大王様の命を狙ったのだという。
…そしてその燕とは私の故郷の国であった。
国の名家に当たる私の家は、王家とも少なからず繋がりがあった。まだ幼かった私は一度だけ王宮に呼ばれた事もあった。曖昧な記憶だが、一度同い年くらいの少年を見た覚えがある。優しそうで、何でも1人で背負ってしまいそうな、そんな少年だった。…思えば彼が、今回の事件の首謀者である太子様だったのだろう。
しかしそんな過去を持ちながら、私は今蒙家の人間なのだ。蒙恬くんが傷付く可能性だってあった。そう思うと気持ちは複雑だった。
私自身が関わった出来事ではない。しかしこの国と故郷との間でこれから諍いが起きそうというのは心中穏やかではない。
蒙恬くんは
「…これから戦が始まるかもしれない。小夜の故郷を傷付けなくては行けない」
と静かに呟いた。私は時には将軍の妻らしい覚悟を見せたいと思ったが、
「わかっています。必要な事なのだと…それでも故郷が無くなってしまうというのは…寂しいし悲しいです」
と思わず弱音が出てしまった。それでも蒙恬くんは、
「小夜が背負う必要はないよ」
と優しく言ってくれた。

〜故郷の話〜
「…これから燕攻略が始まるんだ」
蒙恬くんがいつになく真剣な表情をしている。
「言ってたよね、小夜ちゃんは燕の名家の出身だって」
「えぇ…幼い頃に離れた故郷だけれど…」
友達もいたし、気の良い近所のお兄さんもいた。市場で少し負けてくれる店主さんもいた。そんな故郷がこれからこの国に攻められる。覚悟はとうに出来ていたけれど、いざとなるとやっぱり辛い。
しかし、
「…大丈夫だよ、僕は小夜ちゃんを傷つけたりしない」
蒙恬くんのその言葉に不思議と安心感を覚えた。
それから少しして、燕攻略が始まった。
蒙恬くんは参加しなかった。自分から断ったのか上層部の方が配慮して下さったのかは分からないけれど、私はそれを聞いて良かったと思った。
蒙恬くんが功績を上げる事よりも私を気遣う事を選んでくれたというのが、何よりも嬉しい。
「蒙恬くん…私のためにありがとう」
「言ったでしょう?僕は小夜ちゃんと子供達の事を一番大切に思っているんだから」
私達は久しぶりに口付けを交わした。
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