彼岸花の頃に

1
目の前の部屋には素敵な飾りがついている。私の家もそれなりに綺麗に飾られていたけれど、この家は更にすごい。それでいて派手すぎず、驕らない感じがしてなんとも印象が良い。
「では入ってくれ」
当主様に言われて、私は息を吐くと部屋に入る。そこにはこの家の若様と思われる、年が近い男の子がいた。
「今日よりこの家にお仕えすることになった小夜です、以後よしなに」
小さい頃から習った礼法に従って、両手が膝につくくらいまで頭を下げた。
「えっと、こんにちは小夜さん。なんだか同い年くらいに見えるな。いくつなの?」
「まずはお前も名乗りなさい」
「あっごめんなさい父上。僕がこの家の次期当主、蒙恬だよ。よろしくね」
「若様ですね。よろしくお願いします。私は今年で15を数えました」
「あっ、じゃあ1つ年上か。年下の僕にはタメ口でも良いんだよ?」
「いえ、私は今日からここでお仕えする身ですので…」
「結構真面目だね。僕も周りから真面目だってよく言われるけど、君ほどじゃないな」
「お前は真面目ではない。真面目に見せかけているからそう言われるだけだ」
「あ、バレちゃった」
「ではこれから新しい部屋を教えるから顔合わせは終わりだ。小夜、ついて来てくれ」
「なら僕も一緒に行きたいな」
「ついていっても、何もない部屋だぞ」
「でも新しい人が来ただけで楽しいもん。それに聞きたいこともあるんだ。だから小夜さんの最初の仕事は僕の話し相手をすること!」
「全く…息子が勝手にすまぬ」
「いえ、喜んで若様のお話に付き合わせていただきます」
そんな感じで部屋についてから、私は質問に答えたり話を聞いたりした。

…これが、私と蒙恬くんの馴れ初め。

2
最初は家の若様として接していたのに半年くらい経ってからかな。少しずつ、彼を一人の男性として見てしまうようになった。
当然そんなこと、仕える身としては許されない。確かに私はそこそこ良い家の生まれだ。ここでも良い待遇を受けられているけれど、この家には到底釣り合わない。でもそんなことお構いなしに、若様はグイグイと私に迫って来る。
「たまには屋敷を出て、どこか出かけない?仲のいい友達にも小夜さんを会わせたいしさ」
「…ただの女中をご友人に会わせる必要はないと存じ上げますが」
「ただの女中じゃないもん。将来の伴侶でしょ?」
「何を仰られるんですか」
「僕は本気だけどな」
いちいち心臓がドキドキしてしまう。でもこの気持ちは隠さなければ。私たちが両思いだとしても、周りの人たちからすれば大問題だ。だから必死で、わざと冷たくあしらった。
でも…ある夜のこと。眠れなくて屋敷の外に出て庭を眺めていたら、足音が近づいて来た。
「…若様」
「名前で呼んでよ。僕にはちゃんと名前があるんだよ。覚えてないからそう呼んでるの?」
「…蒙恬様」
「覚えてるじゃん。あと人がいない時くらいタメ口で良いよ。本当はずっとそうでも良いんだけどさ。僕もこれからは小夜さんじゃなくて小夜ちゃんって呼ぶから」
「…それでは失礼します。蒙恬くんも眠れなくてここに来たの?」
「そうだよ。ここにいるとなんだか気持ちが良いしね」
「私も…この庭が好き」
「今は秋だから、彼岸花が咲いているね」
「綺麗…」
「あの世に咲く花ってよく言われるけどさ。こうして夜の光に当てられているのを見ると幻想的で、ここがあの世なんじゃないかって時々思うんだよね」
「同じ事を私もよく考えてた」
「やっぱり気が合うね僕たち。そのさ、身分差とかを気にしているのかもしれないけど、僕はそういうの関係なく小夜ちゃんが好きなんだ」
「私も…本当の心を言うのなら、蒙恬くんが好き」
「周りは最初は困惑するかもしれない。でも僕たちが仲良い様子を見せつければ、きっと認めてくれる。だから…」
「みなまで言わずとも、私はあなたと共にいるよ」
こうして、私たちは恋人らしい関係になったのだ。

3
周りの反応はやはり驚いていた。でも蒙恬くんが言った通り、私たちの仲を見てだんだん認めてくれるようになった。
「お似合いだね」
なんて茶化されたりもするようになった。
やがて年が明けて私が16歳、蒙恬くんは15歳を数えた。当主様は
「そろそろ頃合いだな」
と言い私を呼ばれた。
「何でしょうか」
「小夜はここでの待遇からわかる通り、良い家の生まれだ」
「蒙家に釣り合うほどではございませんが…」
「だが、名分としては十分な家格だ。周りも納得している。文句は出まい。息子に嫁いでくれ」
「…喜んでお受けします」
こうして私は晴れて蒙恬くんに嫁ぐことになった。
祝言の日は大騒ぎで、酔っ払った人たちが
「いやぁ、めでたい」
「若くてお似合いの夫婦だの〜」
などと言っている。私たちを祝福してくれているのだ。
私はそっと隣を見た。蒙恬くんはいつになく恥ずかしそうに耳を赤くしている。
「本当に…小夜がこの家に来てくれてよかった。これからも今までみたいにしつつ、夫婦らしさも探していこう」
「ふふ。…改めて、末永くよろしくお願いしますね、蒙恬くん」

4
今年も半分を過ぎた頃。私は体調を崩しがちになってしまい、寝込むことが増えた。蒙恬くんはそんな私をとても心配してくれている。
「小夜ちゃん、大丈夫…?何かあったら遠慮なく言ってね」
「大丈夫…と言いたい所だけど、そうもいかなそう…」
「そうだ、お医者様に見てもらおうか」
少し時間が経ってお医者様がやって来た。私は辛い体を起こして診てもらったのだが…
「不調の原因がわかりましたよ。奥様はお腹に赤子を宿されています」
「え…」
自分でもわからなかった。まさか身籠ったなんて。隣の蒙恬くんを見れば、興奮を堪えているかのようだった。
「…ついに生まれるんだね。小夜ちゃんと僕との子供が」
「蒙恬くん…私、無事に産めるかな…」
「僕がずっと側にいるよ。安心して」
「ありがとう…」
この事はすぐに広まった。義父上も
「早速子宝に恵まれるとは。男子であれば嬉しいが、まずは健康に気をつける事が一番だ」
と優しい言葉をかけて下さった。
そして…
年が明けた頃、私は初めての子供を産み落とした。男の子だったので、周りの喜びようはそれはそれは凄いものだった。
「若様に御子が…しかも男子とは!」
「蒙家も安泰ですな」
でも一番喜んでくれたのは他の誰でもない、蒙恬くんだった。
「この子は清と名付けよう。小夜ちゃんのように清く育ってくれるように」
「もう、あなたったら浮かれ過ぎよ…それにしても、本当に可愛い子ね」
「小夜ちゃんも大概だよ」
「ふふ…この子を産む喜びを私にくれてありがとう、蒙恬くん」

5
紀元前225年の末。私は第四子を出産した。既に私は37を数えており、高齢出産となった。
「小夜ちゃんももう年なのに…大変だったよね」
帰って来たばかりの蒙恬くんは疲れているだろうに、私を気遣ってくれる。
「その…私の事は良いけど、楚攻略のことは大丈夫?」
蒙恬くんは今年始まった楚攻略の中で撤退を余儀なくされた。
「そりゃあ、散々だったけど…この子が産まれてくれた喜びの方が大きいよ。小夜ちゃんは僕が辛い時にいつも支えてくれる」
「そんな…こちらこそ、いつも辛い時に支えてもらってるわ」
私達は少し微笑んだ。

6
気づけば私は40を越していた。ついにこの国は統一を果たして、蒙恬くんも一時的な休暇を貰って帰ってきた。これから別の事で忙しくなるであろう夫には、今だけでも安らいで欲しい。
「お帰りなさい、あなた。子どもたちと待っていましたよ」
「久しぶりのお帰りですね。お疲れ様です、父上。ほらお前たちも」
「父上、お帰りなさい!ご無事で何よりです」
「お父様が帰って来てくれて華も嬉しいです」
「ととさま?お帰りなさい!」
長男の蒙清はいつしか立派になって、なんと今年で25を数える。下の子たちは次男の蒙楓が16、長女の蒙華が10、次女の蒙鈴は5つだ。
「ただいま。こうして待ってくれている人がいるっていうのは、嬉しいな」
「急に改まって、どうしたの?」
「いや、幸せだなぁって思って…なんか、ちょっと恥ずかしいな」
「そんな事を言ったら私だって、こうして貴方が帰って来てくれることが何よりの幸せよ」
「ありがとう。小夜ちゃんって時々大胆だよね。もう僕たち立派な年なのにね」
「ふふ、そうかもね」

7
…こんなことが許されるのか。私は書状を手に、悔し涙を流す。
それは蒙恬くんの友人からの密書で、陰謀によって彼は今囚われていると書かれていた。
国が統一された後、蒙恬くんは北の方で戦ったり、事業を進めていたりしたと本人や友人からの書状で聞いていた。しかし、国を統一された帝が、お隠れになった今、事態は急速に進んでいる。
私はいても立ってもいられず、身を隠す服装にすると書状に書かれていた場所へと向かった。

8
警備は思ったより緩かった。
「蒙恬くん」
「…」
「私だよ」
「…幻?」
「違うよ、私だよ」
「本物なら…すぐに帰った方が良い。いつ、見張りが来るかわからないよ」
「ここまで来たというのに、引き返すわけないでしょう」
「いつも君にも書状を送ってくれた友人に頼んで、小夜ちゃんは僕と離縁した事にしてもらった。小夜ちゃんにまで危害が及ぶことはない。子供たちの安全も保証する。僕はもうすぐ死ぬけど、君だけは生きてゆっくりと暮らしてよ」
「私もここで一緒に逝くよ」
涙ぐみながらも覚悟を声にする。しかし蒙恬くんは
「駄目!それは絶対に…駄目だよ」
「でも!」
「君は生きてこの国と…その先を見届けて」
「どうして、貴方は何もしてないのに…こんなの、認められないよ…」
「僕はもう潮時だよ。でも小夜ちゃんはまだその時じゃない。だから、お願い…」
蒙恬くんの最後の方の声は震えていた。泣きじゃくりながら私は
「わかった…わかったよ」
となんとか答えた。
「ありがとう…」
私は心惜しさを必死に堪えて、牢から抜け出した。

…それから少し後、書状が届いた。
心が壊れてしまいそうなほど辛かった。けれど最後まで目を通した。
そこに書かれていたのは訃報だけではなかった。
まず長女の蒙華は既に嫁いでいたため婚家が匿ってくれた事。
まだ婚約の段階である蒙鈴は事態が収まった後に蒙家の娘としてではなく良家の養女にしてから嫁ぐ事。
そして、長男の蒙清と次男の蒙楓。
名目上は私は蒙恬くんと離縁したことになっているため、子供達は蒙家の後継者としては見られない。しかしそれだけで血の繋がりは消せないと書状には書かれていた。
それでも…蒙恬くんには沢山の味方がいた。
まずは蒙家の家臣。義父上の代から仕える人たちだけでなく、比較的最近仕官した人も。
そして私もお世話になっていた侍女の人。
更に、蒙恬くんの同僚の人達。
実際に私も、蒙恬くんと特に親しかった彼らとは長い付き合いである。
既にこの国を離れたという李信くんと、表向きでは既に亡くなった事になっている王賁くん。2人は表舞台からは去ったけれど、裏で奔走してくれた。
2人を始めとした多くの人の力もあり、血の繋がりがあれど家督継承権を持たない子供たちには手を出さないという流れになったそうだ。
蒙恬くんのあの時の言葉を思い出す。私の知らないところで、多くの人が蒙恬くんを救えずとも、私たちの事を守ろうとしてくれた。そしてこの結果は決して誰か1人の力ではなく、みんながいたからこそだった。
「ありがとう…蒙恬くん、ありがとう…みんな」
私の涙は悲しさだけから来るものではなかった。

9
庭には彼岸花が咲いている。
ねぇ…覚えている?あの夜のこと。
こうして庭を見つめていた夜のこと。
彼岸花はあの世に咲く花と言われる。
きっと今、蒙恬くんのいるところに咲いているんだろうね。

「あの夜、言いそびれたことがあるの」
それは彼岸花の花言葉。

「悲しい思い出、また会う日を楽しみに」
私たちにぴったりだと思わない?
私はまた会える日をずっと心待ちにしているから。

そして、もう一つあるの。

「想うはあなた一人」

夜の光が、あの日と同じように彼岸花を照らした。
でもあの日とは違う、白い彼岸花を。

【終】
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