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夢幻 震える夜を溶かしてよ



「もうただの俺だ」
蔵馬はそう言った。

黄泉は、見えない瞳を蔵馬の方へ向けた。
見えなくても解る、今の蔵馬は綺麗だ。
--幽助。
ありがとう、と言葉には出さず、蔵馬は思った。
張り詰めていたものが少し緩んだ。
今の自分には、魔界の空は深過ぎる。

トーナメントなんて、誰が考えただろう。
驚きと、直後広がっていった安心に、一瞬、座り込みそうに
なった。


「じゃあ、またな」
「うん」
穏やかな笑顔で手を振ると、その部屋には黄泉と蔵馬が残った。
黄泉は、蔵馬よりも少し高い位置から、蔵馬を見た。
黒髪がさらりと流れていたが、なぜか、その柔らかさを感じる
ことが出来た。

「蔵馬」
はっと振り返ると、黄泉は接近していた。
「馴れ馴れしく呼ぶな-っ-」
もう俺はお前の部下ではない、言おうとしたが、ずる、と
壁に追い詰められた。

なぜか、逃げられなかった。見上げるだけで感じる
何か執拗なものが、蔵馬を追い詰める。


冷たい壁に辿り着いて、蔵馬は両腕に力を入れた。壁に背が、
トン、と当たる。

精一杯力を入れて、黄泉を剥がそうとする。
しかし、なぜか思ったほど力が入らなかった。

「俺の、お前への想いは変わらない」
こめかみに手を入れて、蔵馬の髪を梳く。

びくっと反応して、蔵馬が身を捩る。
黒髪はやはり滑らかで、そして妖狐とは違うものを感じた。
耳元の髪を引き寄せ、黄泉はそれに口付けをした。

「蔵馬」
やけにゆっくりな言葉で、蔵馬は鼓動が跳ね上がるのを感じた。
黄泉が、す、ともう一歩近づくと、自分のガッ、と
爪が壁に当たるのを感じた。


髪から手を離すと、黄泉は耳元に近づいて、小さく囁いた。

「昔も今も、お前が好きだよ」
「--っ!」
体の奥底まで染み渡るような、低くそしてねちっこい言葉だった。
その時、一瞬黄泉に隙が生まれた。

「-!蔵馬!」
ハッと、それを感じて蔵馬は黄泉を突き飛ばした。
後ろを振り返らずに、そのまま部屋を出る。
バタン、と大きな音を立てて扉が閉まった。



嫌だ、ただそのひと言が、頭を駆け巡る。触れられること、
だけではなく。

その奥にある、締め付けてくるような視線が、嫌だ。
見えてはいない筈なのに、知らない間に身体に入り込まれて
奥から鷲掴みされていくような苦しさがあった。



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