1.ハンター~予期せぬ出来事~
だが一向にピアスが指に当たる感覚がなく、それどころか
「…?
ん…、底ってどこ、だっけ…?」
浴槽の底にすら指が届かない。
(なんかおかしい…!
底がないとか、じゃあ今俺どこに立ってんの?
それとも穴でも開いちまってんのか?)
様々な疑問が頭を駆け巡ると同時に、伸ばした指先にどうしてか渦が見えた。
…いやいやいや、気のせいだと思いたい。なんだってこんなことが…!
理解できない目の前の状況に浴槽が壊れた焦燥感(そもそも浴槽はこんな壊れ方しないと思うけど)を感じた。
だがそれと同時に、焦燥感とは何かが違う危機感も感じていた。
どこか既視感を覚えるその感覚を。
どうしてか懐かしいような…。
「う、わ!引っ張られてる…?!
…これってもしかしてアレか…?アイツらが言ってた例のやつ…?!」
指を水に引っ張られる感覚にふと思い当たる節があった。
指どころか手ごと引きずり込んでくる強力な渦の引力に、抗いきれずだんだんと吸い込まれてしまう。
その最中、俺は不意にちらついたことを記憶の引き出しから引っ張り出すのに夢中になっていた。
アイツら、義理の弟や悪友が以前話していたことについてだ。
「…もしかしなくてもこれ呼ばれてるってこと、だよな…?
…て、ちょっと待て!このままだとピアスが流されちまうじゃんかよ!」
今の状況を説明できる説を恐らくだが確立させてしまった俺は、しぶしぶ吸い込まれることを諦めた。
が、それはそれとして大事なピアスを失くしてしまうことは避けたいので渦に向かって手を伸ばす。
途端に吸い込まれるスピードが上がる。
ようやくピアスを掴み取ると、その感触に違和感を感じたものの、確保できた安堵から流される体を渦の流れに委ねてしまうのだった。
ザバァッ!!!
流されていた勢いのまま顔が水の外に出ると、急激に肺へ空気が取り込まれ思わずむせた。
大きく深呼吸をして呼吸が落ち着くのを待ち、流されている間に脳内を巡っていた身近な人々の顔ぶれ(走馬灯か?)を振り返る。
「…俺の周りメガネの人ばっかじゃね?」
保護者のロド、義弟、悪友、ロドの上司。
4人ともメガネをかけている。
なんで今まで気付かなかったんだ…、意識してなかったからだろうけど…。
いやまぁ、メガネの人たちの話は今は置いておくとして。
ここまでが異世界へ流された経緯で、冒頭の台詞へと繋がる。
こうして、地球でタレント業をこなす日々を送っていた俺は、風呂掃除をきっかけに異世界生活を開幕させるのであった。
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