【三章】想い、想われ
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(伊地知視点)
「お疲れ様です、伊地知さん」
コトリ、と私の横に湯呑みが置かれた。
「あ、ありがとうございます」
定時はとっくに過ぎ、事務室には私しか居なかった。時計を確認すると21時を回っていた。
「夜ご飯は食べられましたか?」
「いえ…まだです」
業務に集中する余り、夕飯を食べ逃していた。
といっても、それがデフォルトだったりするのだが。
夕飯が23時になる…なんてことザラであった。
「おにぎり握ってきたんですけど、良かったらどうですか?」
「はっ…えっ」
私の横の椅子に座った名字さんの膝上には巾着が乗っていて、中からおにぎりが数個出てきた。
「本当は鮭とか焼いて入れたれたらよかったんですけど、ふりかけしかなくて…」
急に思い立ったから、おにぎりの具材になりそうな物がなくて…と申し訳なさそうにする彼女に私は挙動不審な態度を取ってしまった。
「お腹…空いてないですか?」
「す、すごく空いてます」
今まで業務に集中していたから感じなかった空腹も糸が途切れ、目の前に日本人のDNAに刻まれているといっても過言ではないおにぎりを見せられたら、私の腹の虫は素直に音を立てた。
「よかった。ただのふりかけおにぎりですが、どうぞ」
ラップに包まれたそれを一つ頂いた。
ぱくり、と赤いふりかけがまぶされたそれを一口食べれば、胃袋よりも心が満たされた。
「………こんなに美味しいおにぎり初めてです」
「ええっ!?ふりかけしかかかってないですよ!?過剰なお世辞は良くないです!」
「いえ……そうではなくて。あ、おにぎりご美味しいのは本当ですが」
私が事務室で夜遅くまで残業しているのは当たり前の光景で。
誰も私のことを気に掛ける人なんていない。
別に気にしてほしいと思っていないし、自分の仕事をやっているだけなのだが。
しかし、私も人の子。
こうやって気にかけてもらえたら、嬉しいのは当たり前だ。
「呪術師でもない、補助監督の私にまで気を使って頂いてありがとございます」
そう言うと、名前さんはムッと表情を曇らせた。
「伊地知さんは、営業アシスタントの事務職は営業職より下だって思ってますか?」
「いえ、そんなことは…」
「でしょう?でも今の伊地知さんの発言は補助監督が呪術師より下だって言ってるように聞こえました」
名字さんの言っていることは分かる。
皆平等。どんな仕事も役割が違うだけで、必要な存在。
しかし、やはり呪術師は自分はなれなかった仕事なので、補助監督より上だという意識があるし、業界自体そういう考えの人の方が多い。
「呪術師は誰でもなれるわけではないので…」
そう、営業職は向き不向きはあれど、誰でもなろうと思えばなれる。
でも呪術師は無理なのだ。どれだけ努力しても…。
努力より才能が物を言う世界。
「すみません…。出過ぎた発言をしてしまいました…」
しゅん、と肩を落とした名字さんに私はハッとした。
「い、いえ。違うんです。そうじゃなくて…」
どうしてこのような流れになった?
ああ、そうだ。
私におにぎりを握ってくれたってところだ。
「ただ、名字さんが私を気遣ってくださったことが嬉しかったです」
そう、伝えるべきはこれだけでよかった。
「じゃあ、今度はちゃんと焼いた鮭や本物の梅を入れたおにぎり作ります!」
当たり前のように❝今度❞の提案をしてくれる彼女。
人の厚意を受け取るのに慣れていない私は咄嗟に遠慮の言葉を口にしようとして、噤んだ。
「……お願いしてもいいでしょうか」
「もちろんです!」
力瘤を作る名字さんに、やつれているであろう笑顔を向けた。
*********************
多忙を極める伊地知さんは、いつも夕食をとっている気配がない。
急に思い立っておにぎりを作ってみたが、迷惑だったかな?
お肉食べに行く予定とかあったらどうしよう、と渡してから思ったが後の祭りだ。
結局全部ぺろりと平らげてくれて、細くても男の人なんだなぁ…なんて思っていたら、デスクに影が落ちた。
「はい、はい、はーい!こんな夜に大人の男女が二人っきりなんて良くないなぁ」
「ゴホッ」
「大丈夫ですか!?お茶っ」
いきなり登場した五条さんに驚いた伊地知さんが噎せてしまった。
「え、なに!?まさかそのおにぎり、名前ちゃんが?」
「はい、ただのふりかけおにぎりですが」
「何それ。何のサービス?」
「気まぐれサービスです」
「僕もオーダーできる?」
「もちろんです」
夜食のおにぎりって魅惑的だよね。
今度自分の分も作って一緒に食べようかな。
「伊地知さんのお仕事、明日私もできるやつありますか?良かったらお手伝いさせてください」
「いや、でも…これ以上振ったら残業しないといけなくなりますし」
「どうせ、アフター6も寮にいて暇ですから」
やることないなら、伊地知さんの負担を少しでも減らしてあげたい。例え残業代つかなくても。
私のお願いに、うーんと悩んでいる伊地知さん。
そして、今日はおにぎりを作ったことで、より彼の帰宅を遅らせてしまった。
その謝罪も込めて。明日少しでも早く帰れるように。
伊地知さんの返事を待っていると、私と彼の間に五条さんの手が伸びてきて、伊地知さんの肩を叩いた。
「伊地知、明日休みね」
「はっ!?」
「僕命令。けってー!」
「こ、困ります。山程仕事が残ってて…」
「明日、僕と名前ちゃんが残業して片付けとくから」
「ええっ!?」
「お前にできる仕事が僕にできないと思う?」
「いや、あの…信用してないわけじゃなくて…」
「いいですね!伊地知さん、明日はお休みしてください。五条さんと頑張りますから!」
伊地知さんは戸惑っているが、2対1の構図で、さらには彼の先輩である五条さんが言っているのだから、最終的には押し切れた。
こうして、伊地知さんにお休みが与えられたのだが、当日は逐一進捗確認の電話がかかってきて、心は全然休めていなさそうで苦笑してしまった。
「お疲れ様です、伊地知さん」
コトリ、と私の横に湯呑みが置かれた。
「あ、ありがとうございます」
定時はとっくに過ぎ、事務室には私しか居なかった。時計を確認すると21時を回っていた。
「夜ご飯は食べられましたか?」
「いえ…まだです」
業務に集中する余り、夕飯を食べ逃していた。
といっても、それがデフォルトだったりするのだが。
夕飯が23時になる…なんてことザラであった。
「おにぎり握ってきたんですけど、良かったらどうですか?」
「はっ…えっ」
私の横の椅子に座った名字さんの膝上には巾着が乗っていて、中からおにぎりが数個出てきた。
「本当は鮭とか焼いて入れたれたらよかったんですけど、ふりかけしかなくて…」
急に思い立ったから、おにぎりの具材になりそうな物がなくて…と申し訳なさそうにする彼女に私は挙動不審な態度を取ってしまった。
「お腹…空いてないですか?」
「す、すごく空いてます」
今まで業務に集中していたから感じなかった空腹も糸が途切れ、目の前に日本人のDNAに刻まれているといっても過言ではないおにぎりを見せられたら、私の腹の虫は素直に音を立てた。
「よかった。ただのふりかけおにぎりですが、どうぞ」
ラップに包まれたそれを一つ頂いた。
ぱくり、と赤いふりかけがまぶされたそれを一口食べれば、胃袋よりも心が満たされた。
「………こんなに美味しいおにぎり初めてです」
「ええっ!?ふりかけしかかかってないですよ!?過剰なお世辞は良くないです!」
「いえ……そうではなくて。あ、おにぎりご美味しいのは本当ですが」
私が事務室で夜遅くまで残業しているのは当たり前の光景で。
誰も私のことを気に掛ける人なんていない。
別に気にしてほしいと思っていないし、自分の仕事をやっているだけなのだが。
しかし、私も人の子。
こうやって気にかけてもらえたら、嬉しいのは当たり前だ。
「呪術師でもない、補助監督の私にまで気を使って頂いてありがとございます」
そう言うと、名前さんはムッと表情を曇らせた。
「伊地知さんは、営業アシスタントの事務職は営業職より下だって思ってますか?」
「いえ、そんなことは…」
「でしょう?でも今の伊地知さんの発言は補助監督が呪術師より下だって言ってるように聞こえました」
名字さんの言っていることは分かる。
皆平等。どんな仕事も役割が違うだけで、必要な存在。
しかし、やはり呪術師は自分はなれなかった仕事なので、補助監督より上だという意識があるし、業界自体そういう考えの人の方が多い。
「呪術師は誰でもなれるわけではないので…」
そう、営業職は向き不向きはあれど、誰でもなろうと思えばなれる。
でも呪術師は無理なのだ。どれだけ努力しても…。
努力より才能が物を言う世界。
「すみません…。出過ぎた発言をしてしまいました…」
しゅん、と肩を落とした名字さんに私はハッとした。
「い、いえ。違うんです。そうじゃなくて…」
どうしてこのような流れになった?
ああ、そうだ。
私におにぎりを握ってくれたってところだ。
「ただ、名字さんが私を気遣ってくださったことが嬉しかったです」
そう、伝えるべきはこれだけでよかった。
「じゃあ、今度はちゃんと焼いた鮭や本物の梅を入れたおにぎり作ります!」
当たり前のように❝今度❞の提案をしてくれる彼女。
人の厚意を受け取るのに慣れていない私は咄嗟に遠慮の言葉を口にしようとして、噤んだ。
「……お願いしてもいいでしょうか」
「もちろんです!」
力瘤を作る名字さんに、やつれているであろう笑顔を向けた。
*********************
多忙を極める伊地知さんは、いつも夕食をとっている気配がない。
急に思い立っておにぎりを作ってみたが、迷惑だったかな?
お肉食べに行く予定とかあったらどうしよう、と渡してから思ったが後の祭りだ。
結局全部ぺろりと平らげてくれて、細くても男の人なんだなぁ…なんて思っていたら、デスクに影が落ちた。
「はい、はい、はーい!こんな夜に大人の男女が二人っきりなんて良くないなぁ」
「ゴホッ」
「大丈夫ですか!?お茶っ」
いきなり登場した五条さんに驚いた伊地知さんが噎せてしまった。
「え、なに!?まさかそのおにぎり、名前ちゃんが?」
「はい、ただのふりかけおにぎりですが」
「何それ。何のサービス?」
「気まぐれサービスです」
「僕もオーダーできる?」
「もちろんです」
夜食のおにぎりって魅惑的だよね。
今度自分の分も作って一緒に食べようかな。
「伊地知さんのお仕事、明日私もできるやつありますか?良かったらお手伝いさせてください」
「いや、でも…これ以上振ったら残業しないといけなくなりますし」
「どうせ、アフター6も寮にいて暇ですから」
やることないなら、伊地知さんの負担を少しでも減らしてあげたい。例え残業代つかなくても。
私のお願いに、うーんと悩んでいる伊地知さん。
そして、今日はおにぎりを作ったことで、より彼の帰宅を遅らせてしまった。
その謝罪も込めて。明日少しでも早く帰れるように。
伊地知さんの返事を待っていると、私と彼の間に五条さんの手が伸びてきて、伊地知さんの肩を叩いた。
「伊地知、明日休みね」
「はっ!?」
「僕命令。けってー!」
「こ、困ります。山程仕事が残ってて…」
「明日、僕と名前ちゃんが残業して片付けとくから」
「ええっ!?」
「お前にできる仕事が僕にできないと思う?」
「いや、あの…信用してないわけじゃなくて…」
「いいですね!伊地知さん、明日はお休みしてください。五条さんと頑張りますから!」
伊地知さんは戸惑っているが、2対1の構図で、さらには彼の先輩である五条さんが言っているのだから、最終的には押し切れた。
こうして、伊地知さんにお休みが与えられたのだが、当日は逐一進捗確認の電話がかかってきて、心は全然休めていなさそうで苦笑してしまった。
