【二章】あの子の秘密
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(夏油視点)
「やあ。奇遇だね」
「夏油さん。こんにちは」
古い資料を確認したくて訪れた書庫にはすでに先客が居た。
事務員の彼女はマスクをして脚立に登ってハタキを持っている。
「ごめんなさい、さっきはたいたばかりだからすごく埃っぽいです」
ハウスダストアレルギーじゃないですか?と心配そうに尋ねられたが、生憎私の身体は内側から頑丈だ。
そういう名前ちゃんの方がケホケホ咳をしている。
「ここは随分掃除してないからね」
人手が足りなくて、どうしても掃除のような雑務は後回しになりがちだ。
「やりがいがあります」
名前ちゃんが作った力瘤は非常に頼りない。
「任せたよ」
私が近くの棚に居る間、待っていてくれるらしい。
彼女も目の前の資料のタイトルを指でなぞって追っていた。
時計さえ置いていないここは会話がなければ物音一つしない。
私が捲った資料が立てたパラリとした音が異様に大きく聞こえた。
同時に、コツコツと廊下を歩く二人分の足音がこちらに近づいてくる音が耳に届く。
名前ちゃんも気づいたようで、廊下に視線を送った。
「そういえば、新しい事務員の子さ……」
彼女の肩がピクリと跳ねた。
自分のことだとすぐに気づき、ここに居ることを悟られないように身を硬くしている。
「あんまり使えないよね。呪術のこと全然知らないし」
「ね、五条さんの縁故採用でしょ?どんな綺麗な人かと思ったら普通だし」
これは……。
聞き流そうか迷ったが、キュッと口元を結んでいる彼女を見ると一言言ってやろうという気持ちが芽生えた。
一歩踏み出そうとしたとき、名前ちゃんが「夏油さん」と己の名前を囁いた。
彼女に顔を向けると、ふるふると横に首を振っている。
そうしている内に二つの足音は書庫の前を通り過ぎ、遠ざかっていった。
「よかったのかい?私が一言言えば噂話もなくなるだろうに」
特級呪術師の私から言われれば、きっとしばらくは効力があるはずだ。
「縁故採用なのは本当ですし。周りの目が厳しくなるのは当然です」
「引け目に感じることはないさ。ここにいる人間ほとんどスカウトで入ってるから」
まさか求人広告に「呪霊見える方募集!」なんて出せるはずもない。
ほとんど…というか全員誰かしらのスカウトや紹介でここにいる。
「まあ、悟経由は確かに珍しいけど」
彼女が来る前に「どんな人がやってくるのか」とそれこそ噂になっていたし、肩透かし感がなかったかと言われたら私の中にも確かにあった。
「意外と普通の子だな」と思ってしまったのも事実だ。
「どこの会社に行っても、始めは余所者扱いされることはあると思います。私はただ認められるように自分に与えられた仕事をするだけです」
結果は後からついてきますし、それでもダメならきっとその人とは相性合わないんです。名前ちゃんはそう言って、にこりと笑った。
「強いね」
「そうですか?社会人経験してますから」
「困ったことがあったら相談して。力になるよ」
自分の口から出た言葉は社交辞令のように聞こえてならなかった。
確かに力になりたいと思っているのだが、もし本当にそんな場面になったとき、彼女が一番に頼るのはきっと私ではないだろう。
腐れ縁の顔が浮かび、どこか己の中で燻る感情が芽生えた。
「ありがとうございます。そのときはお願いしますね」
名前ちゃんの返事もまた社交辞令に聞こえる。
「じゃあ、また」
私は資料室を出て、長い廊下を歩いた。
話しながら歩いている彼女達は、女であることを差し引いても歩くスピードが遅く、随分前に資料室の前を通り過ぎたはずなのにあっという間に追いついた。
「あ、お疲れ様です。夏油さん」
後ろから歩いてくる私の存在に気づいた一人が、頭を下げて挨拶をした。
「やあ。お疲れ様」
彼女達は端によって、私が通りやすく片側を開けてくれた。
その気遣いをなぜ新人にしてやれないのか。
すれ違いざま、少し屈んで片方の女性の耳元で囁いた。
「壁に耳あり、障子に目あり。噂話は場所を選んだ方がいい」
赤らんでいた顔が青褪めていく様は愉快だった。
大概性格悪いな、私も。
にこりと悟に胡散臭いと言われる笑みを貼り付けて、二人の傍を通り過ぎた。
これは彼女のためじゃない。
ただ、私がそうしたかっただけ。
幾分かすっきりした私の足取りはいつもより軽かった。
「やあ。奇遇だね」
「夏油さん。こんにちは」
古い資料を確認したくて訪れた書庫にはすでに先客が居た。
事務員の彼女はマスクをして脚立に登ってハタキを持っている。
「ごめんなさい、さっきはたいたばかりだからすごく埃っぽいです」
ハウスダストアレルギーじゃないですか?と心配そうに尋ねられたが、生憎私の身体は内側から頑丈だ。
そういう名前ちゃんの方がケホケホ咳をしている。
「ここは随分掃除してないからね」
人手が足りなくて、どうしても掃除のような雑務は後回しになりがちだ。
「やりがいがあります」
名前ちゃんが作った力瘤は非常に頼りない。
「任せたよ」
私が近くの棚に居る間、待っていてくれるらしい。
彼女も目の前の資料のタイトルを指でなぞって追っていた。
時計さえ置いていないここは会話がなければ物音一つしない。
私が捲った資料が立てたパラリとした音が異様に大きく聞こえた。
同時に、コツコツと廊下を歩く二人分の足音がこちらに近づいてくる音が耳に届く。
名前ちゃんも気づいたようで、廊下に視線を送った。
「そういえば、新しい事務員の子さ……」
彼女の肩がピクリと跳ねた。
自分のことだとすぐに気づき、ここに居ることを悟られないように身を硬くしている。
「あんまり使えないよね。呪術のこと全然知らないし」
「ね、五条さんの縁故採用でしょ?どんな綺麗な人かと思ったら普通だし」
これは……。
聞き流そうか迷ったが、キュッと口元を結んでいる彼女を見ると一言言ってやろうという気持ちが芽生えた。
一歩踏み出そうとしたとき、名前ちゃんが「夏油さん」と己の名前を囁いた。
彼女に顔を向けると、ふるふると横に首を振っている。
そうしている内に二つの足音は書庫の前を通り過ぎ、遠ざかっていった。
「よかったのかい?私が一言言えば噂話もなくなるだろうに」
特級呪術師の私から言われれば、きっとしばらくは効力があるはずだ。
「縁故採用なのは本当ですし。周りの目が厳しくなるのは当然です」
「引け目に感じることはないさ。ここにいる人間ほとんどスカウトで入ってるから」
まさか求人広告に「呪霊見える方募集!」なんて出せるはずもない。
ほとんど…というか全員誰かしらのスカウトや紹介でここにいる。
「まあ、悟経由は確かに珍しいけど」
彼女が来る前に「どんな人がやってくるのか」とそれこそ噂になっていたし、肩透かし感がなかったかと言われたら私の中にも確かにあった。
「意外と普通の子だな」と思ってしまったのも事実だ。
「どこの会社に行っても、始めは余所者扱いされることはあると思います。私はただ認められるように自分に与えられた仕事をするだけです」
結果は後からついてきますし、それでもダメならきっとその人とは相性合わないんです。名前ちゃんはそう言って、にこりと笑った。
「強いね」
「そうですか?社会人経験してますから」
「困ったことがあったら相談して。力になるよ」
自分の口から出た言葉は社交辞令のように聞こえてならなかった。
確かに力になりたいと思っているのだが、もし本当にそんな場面になったとき、彼女が一番に頼るのはきっと私ではないだろう。
腐れ縁の顔が浮かび、どこか己の中で燻る感情が芽生えた。
「ありがとうございます。そのときはお願いしますね」
名前ちゃんの返事もまた社交辞令に聞こえる。
「じゃあ、また」
私は資料室を出て、長い廊下を歩いた。
話しながら歩いている彼女達は、女であることを差し引いても歩くスピードが遅く、随分前に資料室の前を通り過ぎたはずなのにあっという間に追いついた。
「あ、お疲れ様です。夏油さん」
後ろから歩いてくる私の存在に気づいた一人が、頭を下げて挨拶をした。
「やあ。お疲れ様」
彼女達は端によって、私が通りやすく片側を開けてくれた。
その気遣いをなぜ新人にしてやれないのか。
すれ違いざま、少し屈んで片方の女性の耳元で囁いた。
「壁に耳あり、障子に目あり。噂話は場所を選んだ方がいい」
赤らんでいた顔が青褪めていく様は愉快だった。
大概性格悪いな、私も。
にこりと悟に胡散臭いと言われる笑みを貼り付けて、二人の傍を通り過ぎた。
これは彼女のためじゃない。
ただ、私がそうしたかっただけ。
幾分かすっきりした私の足取りはいつもより軽かった。
