狼さんと一緒/荒北
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「ちょっと、あんた達やめなって」
友達の声が教室に響き渡った。
「なんだよ、こいつが悪いんだろ」
「うっぜ。調子に乗んなカス」
普段温和なこのクラスに不穏な空気が流れた。
遡ること15分前。
昼休みが中頃に差し掛かり、教室は人がまばらだった。
私は友達と食事を済ませた後、談笑していた。
このまま5限目を迎えるはずだったのに・・・。
「荒北は・・・いねぇな。おい、田口はいるか」
この一言が始まりだった。
田口くんはこのクラスのサッカー部。
始めは同じサッカー部の友人が訪ねてきたのだと思ったが、何やら表情が険しかった。
さらには後ろ側のドアにも1人他クラスの人がいることに気づいた。
なんで分かれているんだろう、そう思っていたら前と後ろの扉を閉められた。
「え?」
私は何が起こったのか一瞬分からなかった。
他の子達も似たような感じで田口くんと訪ねてきた3人のサッカー部を交互に見ていた。
「この間のあの件、ここできっちり清算してもらう」
「あれはもう終わっただろ」
何やら揉めている。
話の行方を追っていると、詳しい内容は分からないが内輪揉めの決着をつけるために乗り込んできたのだ。
前後のドアに1人ずつ見張りをつけ、残りの1人が田口くんに詰め寄っている。
「どうしよう・・・。先生呼びに行った方がいいよね?」
私は席を立ちあがり先生を呼びに行こうとした。
「通さねーよ」
けれど見張り役に通してもらえず大人しく席に戻った。
こんな近くで男の子同士の喧嘩なんて見たことがない。
荒北くんが喧嘩するところはたまに見るけれどそれとは違った。
荒北くんの場合、手が出ることはない。
あの荒れた口調とオーラで大抵相手が退くのだ。
しかし目の前の状況は一触即発で恐らくこの後揉み合いになることが想像できた。
「怖い・・・」
私はきゅっと友達の腕を掴んだ。
「大丈夫だよ、端に寄っておこう」
私達は田口くんの傍にいたため、友達に連れられて窓際に移動した。
教室に残っていた女子はみんなそこへ移動した。
「つーか、教室までわざわざ来てほんと暇だなお前ら」
何で相手を挑発するの、田口くん!
原因は分からないけれど、ここは素直に謝ってお引き取り頂いてほしい。
けれど田口くんは引かず、相手の神経を逆なでする発言をした。
「田口くん、よく分からないけど今はとりあえず謝った方がいいんじゃないかな」
仲裁に入ろうとした関根くんは色白でどちらかというと大人しい男の子だ。
まさかこの場を収めようとするなんて思わなかった。
私は関根くんの行動に感動したが、田口くんに食ってかかっていた男子が彼の肩を押した。
「部外者はすっこんでろよ」
この行動に我らが学級委員の友達が声を上げた。
「ちょっと、あんた達やめなって」
前へ出ようとした友達の腕を私は引っ張った。
「駄目だよ、危ないよ」
「名前・・・」
私の心配が伝わったようで、友達は大人しく下がった。
「ねぇ、ねぇ、名前ちゃん。荒北くんどこに行ってるの?」
側にいた子が私に耳打ちした。
「確か、ミーティングに行くって言ってたと思う・・・」
「呼び戻せないかな?」
周りにいた他の女子も全員頷いた。
「でも、荒北くんも参戦しないかな?」
1人が不安の声を上げた。
「それは大丈夫だと思う。自転車部があるし、荒北くんは手は出さないよ」
それに初めこのクラスに来た時、あの男子達が荒北くんの所在を真っ先に確認していたことを思い出した。
おそらく荒北くんがいたら大人しく帰るつもりだったのだろう。
私は携帯を取り出して、荒北くんに電話を掛けた。
周りの女子が私を囲んで電話している姿が見えないように隠してくれた。
電話のコールが回数を重ねる度にその時間が非常に長く感じた。
『もしもし』
5コール目で荒北くんの声が耳に届いた。
「荒北くん…」
通じた安堵のあまり情けない声が漏れた。
『どーしたの?名前チャン』
私は小声で教室の状況を説明した。
『田口が?たかが喧嘩なんだし、ほっとけばァ?』
「今にも暴れ出しそうだし…先生呼んで来てくれない?」
『でもセンコー呼んで大事になったら田口もやべェだろ』
「それはそうなんだけど…」
私がコソコソ話しているとガチャン!と机が倒れる音がした。
「ひっ……」
私は息を飲んだ。
『名前チャン?大丈夫か?』
携帯を持つ手が震えた。
「………怖い」
『すぐ行く』
荒北くんが携帯を持ったまま部員の皆に教室に戻る旨を伝えているのが遠くで聞こえた。
邪魔しちゃって申し訳ないという罪悪感が湧き出たけれど、私以外の女子も怖がっている。
これで先生が来てくれる、私は胸をなでおろした。
「そこのお前、何してんだ」
私は咄嗟に電話を切り、ポケットへ携帯を突っ込んだ。
「この子は気が弱いの。あんたの行動に怖がってるのよ」
友達が私の背中をさすってくれた。
私は振り向かず、気分が悪い振りをしてしゃがみこみ続けた。
「おい、荒北が来たぞ」
見張り役の男子が声を上げた。
「ちっ」
私の方に向いていた男子もドアの方を注視した。
「しかもめっちゃキレてる!!」
******
名前チャンからミーティング中に電話がかかってきた。
部活に行くことを伝えていたにも関わらず、気遣いができる彼女が掛けてくるなんて余程のことなのだろう。
嫌な予感がして、ちょっと腹が痛いと適当な理由で抜けた。
話も終盤だったし別にいいだろ。
『荒北くん…』
か細い声が電話口から聞こえた。
今にも泣き出しそうなその声にギョッとした。
「どーしたの?名前チャン」
もしかしていつぞやの時みたいに俺に恨みを持ってるやつに追いかけられているのではないか、そんな不安が過った。
けれど内容を聞いたら田口が因縁つけられてるとのことなので、彼女が巻き込まれてるわけじゃないと知って安堵した。
「田口が?たかが喧嘩なんだし、ほっとけばァ?」
教室内だからそこまで派手にはやらないはずだし、高校生にもなって加減の知らない喧嘩を大衆の前でやるとも思えない。
大勢が目撃している中でリンチなどすれば一発退学だ。
そう思って俺は軽く答えた。
その直後、背後で大きな物音がした。
机を蹴り上げたような音。
電話口から名前チャンが小さく声を上げたのが聞こえた。
「名前チャン?大丈夫か?」
小さく怖いと呟いた名前チャン。
さっきまでの俺の考えは間違っていたと気づいた。
自分が渦中にいなくても目の前で男子同士の喧嘩が起これば恐怖心が生まれるのだ。
グダグダ電話で話さずにすぐに教室へ向かうべきだった。
「ちょっと俺、教室戻るわァ」
東堂が後ろで何か言っていたが、聞く耳待たずそのまま部室を後にした。
『そこのお前、何してんだ』
今から行くネと伝えようとした時、遠くでそう聞こえた直後電話が切れた。
瞬時に名前チャンに矛先が向いたことを理解し、俺は全速力で教室へ戻った。
******
「さっさと開けやがれェ!!」
見張り役の男の子がドアを抑えていたものの廊下に荒北くんの声が響き渡った。
ガン!!とドアを荒北くんが蹴った。
「ひっ……」
見張り役の子より荒北くんの方が力が強いらしく、徐々にドアが開いた。
身体を滑りこませ、荒北くんが教室に入ってきた。
先生は呼んでいないようだ。
「てめェら、人のクラスで好き勝手やりやがって…」
荒北くんの後ろに狼が見える…。
そこからの事態の終息はあっという間だった。
荒北くんの登場でそそくさと男の子達は退散した。
「荒北、サンキュ」
「てめェのためじゃねーよ!!ボケナス!!」
荒北くんは田口くんの背中を叩いた。
「名前チャンは?」
「名字なら…」
「荒北くん!」
私は立ち上がって荒北くんの側に駆け寄った。
「ありがとう!!」
「あいつらに何もされなかったァ?怪我は?」
「大丈夫。ちょっと怖かっただけ」
「二度と来ねェようにもうちょい脅しとくべきだったな」
「やめて、荒北くんが怒られちゃう」
私達のやりとりを見ていた友達がポツリと呟いた。
「荒北って名前が絡むと狼というより忠犬ね」
「ンだとォ!?」
さっきまでの殺伐とした教室の空気は一変し、笑いが起こった。
「名前のために飛んできたくせに」
部室からここまでどんだけ距離あると思ってんのよと友達は言った。
確かに部室から教室まで遠い。
けれど電話を切ってから数分しか経っていなかった。
「ッセ!」
荒北くんはフンと友達から顔を背けた。
今度荒北くんに何かお礼しようと思った。
この後、騒ぎは結局先生の耳にも入りどこをどう間違ったのか荒北くんが悪者にされそうになった。
けれどクラスのみんなが事情を説明し、荒北くんを称賛した。
結局あの男子生徒達は数日間の停学になったそうだ。
