狼さんと一緒/荒北
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合宿2日目。
本日も快晴。
私はカーテンを開けてお日様が出ていることに安心した。
「起きて」
窓から差す朝日を避けるように布団に潜る友達を揺さぶった。
「今日も頑張ろうね」
「あんた、ほんと朝強いね」
寝ぼけを眼をこする彼女を急かして食堂へ向かった。
****
「名前チャン、はよ」
半分寝かけながらご飯をよそう友達と同じく、少し眠そうな荒北くんが食堂に入ってきた。
時間がなかったのか寝巻と思われるジャージを着ていた。
寝起きの荒北くんって新鮮。
「あ、寝ぐせついてるよ」
私は水道で指を少し濡らして荒北くんの少し跳ねた髪を整えた。
すると荒北くんの半分ぐらいしか開いていなかった目が全開になった。
「アリガト・・」
「どういたしまして」
荒北くんは自分の朝ごはんをトレーに乗せるとAチームの場所へ腰を下ろした。
*****
朝食を終えた一同は福富くんから各チームの練習メニューを受け取り各々動き出した。
やはり力の差は歴然で、一番辛いメニューをこなしているはずのAチームは皆余裕のようだ。
昨日C・Dチームから何名かリタイアが出ているので彼らは私達と同じ業務に服することになる。
リタイアしてしまったことは残念だが、やはり人手が多いと助かる。
全ての仕事が着々と進んでいった。
今まで部室に顔を出しても荒北くん、福富くん、東堂くん、新開くんぐらいしか話していなかったので自転車部の知り合いが増えていくのも嬉しかった。
あっという間に時間は進み、気づけばもう2日目の夕食が終わっていた。
今日は昨日とは逆でDチームからお風呂に入るらしい。
私は自分がお風呂に入る前にトレーニングルームの清掃をしておこうとタオルとバケツを用意して向かった。
「あれ・・・?」
トレーニングルームは電気がついていた。
消し忘れかな?と思い中へ入る。
どうやって使うのか私にはよくわからない様々なマシーンが置かれていた。
辺りを見回すと壁際に置かれている長椅子に腰かけている人がいた。
タオルを頭にかぶせ開いた太ももの上に腕を乗せ俯いている。
私はマシーンをタオルで拭いていくがその間もピクリとも動かない。
もしかして気分が悪いのかな・・・?
昨日のことを思い出し、私はそっとその人に近づいた。
「あの・・・大丈夫ですか?」
「えっ!?」
その人は私が室内に入っていたことに気づいていなかったらしく、ひどく驚いた様子で顔を上げた。
その時に頭に被せていたタオルが落ちた。
「すみません、驚かせてしまって!具合が悪いのかと思っちゃって・・・」
私が慌てて謝ると坊主頭にパッチリ二重が印象的な男の子が落ちたタオルを拾った。
「いえ。お風呂の前に自主トレをしていたんです」
「すごいですね。あんな厳しい練習の後に自主トレだなんて・・・」
あれ、この子よく見ると・・・。
「Aチームじゃなかったですか?」
「あ、はい。2年の泉田塔一郎です」
「私、名字名前です。2年生でAってすごいね」
「いえいえそんな。ユキも2年で入ってますし・・・」
「でも気分が悪いわけじゃなくてよかった」
私がほっと胸を撫でおろすと「心配をかけてすみません」と泉田くんは笑った。
「少しイメトレに集中していたので貴方が入ってきたことに気づきませんでした」
「イメトレ?」
私は首を傾げた。
レースで勝つイメトレかな?
「僕の肉体が完成するまでのイメトレです」
彼のそのひと言で私は思い出した。
「あ!私、泉田くんのこと知ってるかも・・・。あれ?冬のときは何ていうか・・・その・・・もう少し・・・」
「太ってましたか?」
私がオブラートに包む言葉を探している間に、彼は私が考えていたことを直球で投げ返してきた。
遠慮がちに頷くと泉田くんは傷ついた素振りも見せず、むしろ目が輝いている。
「今僕はインハイに向けて最高の身体を作っているところなんです」
「今でも十分すごい筋肉だと思うけど・・・」
「いえ、これはまだ完成じゃない・・・」
私は泉田くんのスイッチを押してしまったらしい。
彼の精神が徐々に高揚していっているのが伝わる。
「あの泉田くん・・・」
「去年の僕の筋肉では雑で使い物にならなかった・・・。だから一度全てをリセットしなければならなかったんです」
彼の熱弁は止まらず、私は15分ほど彼が語る過去と筋肉の話を聞き続けた。
***
「うんうん。泉田くんは本当に努力家ですごいね」
話が終盤に差し掛かっているようなので、もうそろそろ何か都合をつけて切り上げようと思いタイミングを伺う。
「わかってくれますか、アンディとフランクへのこの僕の想いを!」
ん・・・?誰?
名前的に外国人かな?
そんな人がいたら目立つからすぐに覚えると思うが、記憶を辿る限り思いつかない。
しかもいきなり脈略なく出てきた。
私が返答に困っていると泉田くんは目を輝かせて私の両手を取った。
「え、泉田くん!?」
私は思わず立ち上がり、そのまま少し身体を引くと背中に壁が当たった。
目の前には泉田くんの顔とジャージのジッパーが下がって見え隠れしている彼の屈強な身体。
男の子に手触られる(正確には掴まれている)のって中学生の時にフォークダンスして以来だっけ・・・。
それにプール以外で男の子の裸なんて見たことない。
私の頭はぐるぐる回り、この状況を処理できなかった。
「貴方にも感じてほしい。アンディとフランクがさらに成長していくその姿を。そのためにはぜひ今の僕の身体に触れて覚えておいてほしいんです」
だからアンディとフランクって誰・・・?
そして泉田くんは私の手を彼の逞しい大胸筋に置いた。
「きゃぁぁぁあああ」
その瞬間、私の脳はオーバーヒートを起こし、気づけば人生で一番甲高い声が喉から出ていた。
ものの数秒後、廊下からダダダダダと足音が聞こえた。
「名前チャン!?」
私の叫び声を聞き、トレーニングルームに飛び込んできたのは荒北くんだった。
「うえっ・・・荒北ぐん・・・」
私は彼の姿を見て心の底から安心し、自然と涙が出てきた。
「泉田ァ!てめェ・・・!!」
「なんだ!何事だ!」
荒北くんの後ろから東堂くん、新開くん、そして少し遅れて友達が入ってきた。
荒北くんは今にも泉田くんに飛び掛かる勢いだった。
「まずい!新開、荒北を止めろ」
東堂くんの一言で新開くんが荒北くんを後ろから羽交い絞めして抑えた。
東堂くんは素早くトレーニングルームの鍵を内側から閉めた。
「名前!大丈夫!?え、どういう状況よこれ?」
彼女は壁に背中を預け座り込んでいる私の傍に駆け寄った。
「どういう状況も何も、泉田が名前チャンを襲おうとしたんだろうがァ!」
暴れる荒北くんを新開くんが必死で抑えた。
「ご、誤解です!荒北さん!」
泉田くんは熱が冷めたらしく、私から離れてオロオロした様子で弁解するために荒北くんに近づいた。
「荒北!泉田がこう言っているのだから少し話を聞いてやろう。状況的にはアウトだが人物的にはオッケーだ!」
「どこが人物的にオッケーなんだヨ!普段アブアブ言うわ、筋肉にアンディとかフランクとかわけのわからん名前つけるわ、人物的にもアウトだろうがァ!!」
荒北くんの言葉でアンディとフランクが人間じゃないことに気づいた。
泉田くんは荒北くんの言葉にショックを受けている様子だ。
「荒北、俺も東堂に賛成だ。泉田はそんなことをする人間じゃない」
「名前チャンの叫び声が聞こえたと思って飛び込んだら、壁際に追い詰められてるわ、手で身体触らされてるわ、泣いてるわ、状況証拠で十分だろうがァ!!」
荒北くんの言葉で泉田くんの顔から血の気が引いた。
ものすごいスピードで座り込む私の元に戻ってきたと思ったら泉田くんは私の前で正座をした。
「申し訳ありませんでした・・・」
深々と両手を身体の前につき頭を下げる泉田くんに今度は私がオロオロした。
「い・・・泉田くん。顔を上げて」
「第三者から見れば僕の行動は奇行でしかなかった。よく考えれば分かることだ。けれど貴方が僕の話を一生懸命聞いてくれる姿につい・・・熱くなってしまって」
落ち込む泉田くんの前に私も正座した。
「泉田くん、私こそごめんね」
謝る私に驚いた泉田くんは顔を上げた。
「大きな声出しちゃってごめん。でもあれはびっくりしちゃったからで、泉田くんがどれだけ部活を真面目にやっているかちゃんと今までの話で伝わってきたよ。だから、これからも頑張ってね」
そう、彼は熱くなると少し周りが見えなくなるだけで東堂くんと新開くんの反応、それに先ほど少し話しただけで彼の人となりは十分私に伝わっていた。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、これからもよろしくね」
私は荒北くんの方に向かった。
私と泉田くんのやりとりを見ていた荒北くんは事情を察したらしく先ほどの威勢はなかった。
「荒北くん、飛んできてくれてありがとう。もう大丈夫だから」
「ン・・・」
「みんなもありがとう」
東堂くんはトレーニングルームの鍵をそっと開けて外の様子を伺った。
「よし、俺らの他に誰も気づいていないようだな!さっさと風呂に入りに行こう」
全員でこそこそと監督、コーチ、福富くんに見つからないようにトレーニングルームを後にした。
***
俺と新開、東堂は夕食を終えた後、風呂まで時間があるので昨日見つけた卓球ルームで暇をつぶしていた。
福チャンは監督達と話があるらしく誘っても来なかった。
こんなハードな練習の後にこれをやる馬鹿なんて俺らぐらいで他に誰もいない。
「よーし!荒北!いくぞ」
1回戦目は俺と堂々がネットを挟み、新開は審判をすることになった。
「ハッ!返り討ちにしてやらァ」
もともと運動神経がいい俺らの卓球はそれなりに様になっていたと思う。
何度かローテーションしながら40分ほど卓球をした頃、そろそろ風呂に入るために切り上げた。
3人揃って廊下に出たその瞬間。
「きゃぁぁぁあああ」
女性特有の高い声が廊下に響いた。
「この声は・・・名前ちゃんか!?」
俺も瞬間にそれが名前チャンのものだと気づき、叫び声が聞こえた廊下の突き当りまで全速力で走った。
「お、おい荒北!」
東堂と新開も俺の後ろについてきた。
声が聞こえたトレーニングルームに飛び込むと壁際に追い詰められている名前チャンが泉田に手首を掴まれ、奴が日々鍛えているご自慢の大胸筋を触らせている光景が目に入った。
「うえっ・・・荒北ぐん・・・」
さらには泣き出す名前チャンを見て、俺の脳で何本か血管がキレたような気がした。
「泉田ァ!てめェ・・・!!」
「なんだ!何事だ!」
泉田に向かおうすとする俺の身体は新開に後ろから押さえつけられた。
「放せ、新開」
「落ち着け荒北!」
泉田はてめェが手に塩かけてる後輩だろうが!
後輩指導がなってねェんじゃねェの!
「名前!大丈夫!?え、どういう状況よこれ?」
委員長が名前チャンの傍に駆け寄る。
俺もそこへ行きたいけれど新開が邪魔だ。
「どういう状況も何も、泉田が名前チャンを襲おうとしたんだろうがァ!」
身体が自由にならないので声で抗議した。
俺の発言で泉田は狼狽えた。
「ご、誤解です!荒北さん!」
弁解する泉田の声はまるで俺の耳に入ってこなかった。
「普段アブアブ言うわ、筋肉にアンディとかフランクとかわけのわからん名前つけるわ、人物的にもアウトだろうがァ!!」
俺のこの発言が泉田を傷つけたことは十分分かっていたが、それでもヒートアップした俺の脳は言葉を選ぶという配慮を全くしなかった。
「名前チャンの叫び声が聞こえたと思って飛び込んだら、壁際に追い詰められてるわ、手で身体触らされてるわ、泣いてるわ、状況証拠で十分だろうがァ!!」
この言葉で泉田は自分がしでかした過ちを理解したらしく、俺への弁明をやめて名前チャンに土下座した。
そこからというもの、落ち着いた名前チャンの包容力で場は一気に収束した。
トレーニングルームを全員で出て、周りに誰もいないか確認した。
この騒ぎが監督やコーチに見つかればただじゃおかないし、それこそ泉田の立場が危うい。
しかし運よく騒ぎに気づいたのは俺達だけのようだ。
最後尾を歩いていた俺は隣にいた名前チャンの手を取った。
「こっち」
皆から離れて外に出た。
東堂はそれに気づいていたが、何も言わず他の奴らが気づかないように話を盛り上げてくれた。
あいつはなんやかんやで空気が読める。
俺は珍しく内心東堂に感謝した。
「荒北くんどうしたの?」
外気温はだいぶ上がってきたが夜は少しひんやりした風が肌をかすめる。
けれどお互いヒートアップした身体はまだ暑いままだった。
「手首、大丈夫?」
俺は彼女の手首が痣になっていないか確認した。
「大丈夫だよ!強く掴まれたわけじゃないし」
まァ、実際襲われてたわけじゃないし、さっきはあれほどひどい言葉を浴びせたが、あの泉田だから大丈夫だということは俺も内心わかってはいた。
でもこの細い手首と小さい手をあいつが触ったかと思うと、苛つく気持ちが芽生えた。
「荒北くん?」
俺は無言で名前チャンの手をぎゅっと包んだ。
「あ、あ、あ、荒北くん?」
慌てた名前チャンは手を放そうと一瞬力を込めたが、俺の様子がおかしいからかすぐに大人しくなった。
俺は彼女の手を引いて近くのベンチに腰を下ろした。
名前チャンは無言の俺に気を使って色々話しかけてくれる。
俺はその話を相槌を打ちながら聞いた。
「あ、泉田くんのこともう怒らないであげてね」
「ン、分かった」
あの時はちょっと言い過ぎたかもしれない。
まァ、自業自得だけどォ。
むしろあれで収まってよかったと思う。
「でもあれだね!私ももっとアンディとフランクのこと理解してあげなきゃだね」
あんなもん理解しなくていいだろォ。
むしろ俺でさえ若干今でも引いてる。
どこまでいい子チャンなわけ。
「成長を感じてほしいって言われたから、私もいつまでも恥ずかしがってないで彼の胸触れるようにならないとね」
その言葉で俺は握っていた名前チャンの手に力を込めた。
「荒北くん?」
不思議そうに見上げる名前チャンの目を真っすぐに見つめた。
「触らなくていいからァ」
合宿2日目は部停になる寸前のどんちゃん騒ぎとちょっぴり前に進んだような俺達の関係で幕を閉じた。
本日も快晴。
私はカーテンを開けてお日様が出ていることに安心した。
「起きて」
窓から差す朝日を避けるように布団に潜る友達を揺さぶった。
「今日も頑張ろうね」
「あんた、ほんと朝強いね」
寝ぼけを眼をこする彼女を急かして食堂へ向かった。
****
「名前チャン、はよ」
半分寝かけながらご飯をよそう友達と同じく、少し眠そうな荒北くんが食堂に入ってきた。
時間がなかったのか寝巻と思われるジャージを着ていた。
寝起きの荒北くんって新鮮。
「あ、寝ぐせついてるよ」
私は水道で指を少し濡らして荒北くんの少し跳ねた髪を整えた。
すると荒北くんの半分ぐらいしか開いていなかった目が全開になった。
「アリガト・・」
「どういたしまして」
荒北くんは自分の朝ごはんをトレーに乗せるとAチームの場所へ腰を下ろした。
*****
朝食を終えた一同は福富くんから各チームの練習メニューを受け取り各々動き出した。
やはり力の差は歴然で、一番辛いメニューをこなしているはずのAチームは皆余裕のようだ。
昨日C・Dチームから何名かリタイアが出ているので彼らは私達と同じ業務に服することになる。
リタイアしてしまったことは残念だが、やはり人手が多いと助かる。
全ての仕事が着々と進んでいった。
今まで部室に顔を出しても荒北くん、福富くん、東堂くん、新開くんぐらいしか話していなかったので自転車部の知り合いが増えていくのも嬉しかった。
あっという間に時間は進み、気づけばもう2日目の夕食が終わっていた。
今日は昨日とは逆でDチームからお風呂に入るらしい。
私は自分がお風呂に入る前にトレーニングルームの清掃をしておこうとタオルとバケツを用意して向かった。
「あれ・・・?」
トレーニングルームは電気がついていた。
消し忘れかな?と思い中へ入る。
どうやって使うのか私にはよくわからない様々なマシーンが置かれていた。
辺りを見回すと壁際に置かれている長椅子に腰かけている人がいた。
タオルを頭にかぶせ開いた太ももの上に腕を乗せ俯いている。
私はマシーンをタオルで拭いていくがその間もピクリとも動かない。
もしかして気分が悪いのかな・・・?
昨日のことを思い出し、私はそっとその人に近づいた。
「あの・・・大丈夫ですか?」
「えっ!?」
その人は私が室内に入っていたことに気づいていなかったらしく、ひどく驚いた様子で顔を上げた。
その時に頭に被せていたタオルが落ちた。
「すみません、驚かせてしまって!具合が悪いのかと思っちゃって・・・」
私が慌てて謝ると坊主頭にパッチリ二重が印象的な男の子が落ちたタオルを拾った。
「いえ。お風呂の前に自主トレをしていたんです」
「すごいですね。あんな厳しい練習の後に自主トレだなんて・・・」
あれ、この子よく見ると・・・。
「Aチームじゃなかったですか?」
「あ、はい。2年の泉田塔一郎です」
「私、名字名前です。2年生でAってすごいね」
「いえいえそんな。ユキも2年で入ってますし・・・」
「でも気分が悪いわけじゃなくてよかった」
私がほっと胸を撫でおろすと「心配をかけてすみません」と泉田くんは笑った。
「少しイメトレに集中していたので貴方が入ってきたことに気づきませんでした」
「イメトレ?」
私は首を傾げた。
レースで勝つイメトレかな?
「僕の肉体が完成するまでのイメトレです」
彼のそのひと言で私は思い出した。
「あ!私、泉田くんのこと知ってるかも・・・。あれ?冬のときは何ていうか・・・その・・・もう少し・・・」
「太ってましたか?」
私がオブラートに包む言葉を探している間に、彼は私が考えていたことを直球で投げ返してきた。
遠慮がちに頷くと泉田くんは傷ついた素振りも見せず、むしろ目が輝いている。
「今僕はインハイに向けて最高の身体を作っているところなんです」
「今でも十分すごい筋肉だと思うけど・・・」
「いえ、これはまだ完成じゃない・・・」
私は泉田くんのスイッチを押してしまったらしい。
彼の精神が徐々に高揚していっているのが伝わる。
「あの泉田くん・・・」
「去年の僕の筋肉では雑で使い物にならなかった・・・。だから一度全てをリセットしなければならなかったんです」
彼の熱弁は止まらず、私は15分ほど彼が語る過去と筋肉の話を聞き続けた。
***
「うんうん。泉田くんは本当に努力家ですごいね」
話が終盤に差し掛かっているようなので、もうそろそろ何か都合をつけて切り上げようと思いタイミングを伺う。
「わかってくれますか、アンディとフランクへのこの僕の想いを!」
ん・・・?誰?
名前的に外国人かな?
そんな人がいたら目立つからすぐに覚えると思うが、記憶を辿る限り思いつかない。
しかもいきなり脈略なく出てきた。
私が返答に困っていると泉田くんは目を輝かせて私の両手を取った。
「え、泉田くん!?」
私は思わず立ち上がり、そのまま少し身体を引くと背中に壁が当たった。
目の前には泉田くんの顔とジャージのジッパーが下がって見え隠れしている彼の屈強な身体。
男の子に手触られる(正確には掴まれている)のって中学生の時にフォークダンスして以来だっけ・・・。
それにプール以外で男の子の裸なんて見たことない。
私の頭はぐるぐる回り、この状況を処理できなかった。
「貴方にも感じてほしい。アンディとフランクがさらに成長していくその姿を。そのためにはぜひ今の僕の身体に触れて覚えておいてほしいんです」
だからアンディとフランクって誰・・・?
そして泉田くんは私の手を彼の逞しい大胸筋に置いた。
「きゃぁぁぁあああ」
その瞬間、私の脳はオーバーヒートを起こし、気づけば人生で一番甲高い声が喉から出ていた。
ものの数秒後、廊下からダダダダダと足音が聞こえた。
「名前チャン!?」
私の叫び声を聞き、トレーニングルームに飛び込んできたのは荒北くんだった。
「うえっ・・・荒北ぐん・・・」
私は彼の姿を見て心の底から安心し、自然と涙が出てきた。
「泉田ァ!てめェ・・・!!」
「なんだ!何事だ!」
荒北くんの後ろから東堂くん、新開くん、そして少し遅れて友達が入ってきた。
荒北くんは今にも泉田くんに飛び掛かる勢いだった。
「まずい!新開、荒北を止めろ」
東堂くんの一言で新開くんが荒北くんを後ろから羽交い絞めして抑えた。
東堂くんは素早くトレーニングルームの鍵を内側から閉めた。
「名前!大丈夫!?え、どういう状況よこれ?」
彼女は壁に背中を預け座り込んでいる私の傍に駆け寄った。
「どういう状況も何も、泉田が名前チャンを襲おうとしたんだろうがァ!」
暴れる荒北くんを新開くんが必死で抑えた。
「ご、誤解です!荒北さん!」
泉田くんは熱が冷めたらしく、私から離れてオロオロした様子で弁解するために荒北くんに近づいた。
「荒北!泉田がこう言っているのだから少し話を聞いてやろう。状況的にはアウトだが人物的にはオッケーだ!」
「どこが人物的にオッケーなんだヨ!普段アブアブ言うわ、筋肉にアンディとかフランクとかわけのわからん名前つけるわ、人物的にもアウトだろうがァ!!」
荒北くんの言葉でアンディとフランクが人間じゃないことに気づいた。
泉田くんは荒北くんの言葉にショックを受けている様子だ。
「荒北、俺も東堂に賛成だ。泉田はそんなことをする人間じゃない」
「名前チャンの叫び声が聞こえたと思って飛び込んだら、壁際に追い詰められてるわ、手で身体触らされてるわ、泣いてるわ、状況証拠で十分だろうがァ!!」
荒北くんの言葉で泉田くんの顔から血の気が引いた。
ものすごいスピードで座り込む私の元に戻ってきたと思ったら泉田くんは私の前で正座をした。
「申し訳ありませんでした・・・」
深々と両手を身体の前につき頭を下げる泉田くんに今度は私がオロオロした。
「い・・・泉田くん。顔を上げて」
「第三者から見れば僕の行動は奇行でしかなかった。よく考えれば分かることだ。けれど貴方が僕の話を一生懸命聞いてくれる姿につい・・・熱くなってしまって」
落ち込む泉田くんの前に私も正座した。
「泉田くん、私こそごめんね」
謝る私に驚いた泉田くんは顔を上げた。
「大きな声出しちゃってごめん。でもあれはびっくりしちゃったからで、泉田くんがどれだけ部活を真面目にやっているかちゃんと今までの話で伝わってきたよ。だから、これからも頑張ってね」
そう、彼は熱くなると少し周りが見えなくなるだけで東堂くんと新開くんの反応、それに先ほど少し話しただけで彼の人となりは十分私に伝わっていた。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、これからもよろしくね」
私は荒北くんの方に向かった。
私と泉田くんのやりとりを見ていた荒北くんは事情を察したらしく先ほどの威勢はなかった。
「荒北くん、飛んできてくれてありがとう。もう大丈夫だから」
「ン・・・」
「みんなもありがとう」
東堂くんはトレーニングルームの鍵をそっと開けて外の様子を伺った。
「よし、俺らの他に誰も気づいていないようだな!さっさと風呂に入りに行こう」
全員でこそこそと監督、コーチ、福富くんに見つからないようにトレーニングルームを後にした。
***
俺と新開、東堂は夕食を終えた後、風呂まで時間があるので昨日見つけた卓球ルームで暇をつぶしていた。
福チャンは監督達と話があるらしく誘っても来なかった。
こんなハードな練習の後にこれをやる馬鹿なんて俺らぐらいで他に誰もいない。
「よーし!荒北!いくぞ」
1回戦目は俺と堂々がネットを挟み、新開は審判をすることになった。
「ハッ!返り討ちにしてやらァ」
もともと運動神経がいい俺らの卓球はそれなりに様になっていたと思う。
何度かローテーションしながら40分ほど卓球をした頃、そろそろ風呂に入るために切り上げた。
3人揃って廊下に出たその瞬間。
「きゃぁぁぁあああ」
女性特有の高い声が廊下に響いた。
「この声は・・・名前ちゃんか!?」
俺も瞬間にそれが名前チャンのものだと気づき、叫び声が聞こえた廊下の突き当りまで全速力で走った。
「お、おい荒北!」
東堂と新開も俺の後ろについてきた。
声が聞こえたトレーニングルームに飛び込むと壁際に追い詰められている名前チャンが泉田に手首を掴まれ、奴が日々鍛えているご自慢の大胸筋を触らせている光景が目に入った。
「うえっ・・・荒北ぐん・・・」
さらには泣き出す名前チャンを見て、俺の脳で何本か血管がキレたような気がした。
「泉田ァ!てめェ・・・!!」
「なんだ!何事だ!」
泉田に向かおうすとする俺の身体は新開に後ろから押さえつけられた。
「放せ、新開」
「落ち着け荒北!」
泉田はてめェが手に塩かけてる後輩だろうが!
後輩指導がなってねェんじゃねェの!
「名前!大丈夫!?え、どういう状況よこれ?」
委員長が名前チャンの傍に駆け寄る。
俺もそこへ行きたいけれど新開が邪魔だ。
「どういう状況も何も、泉田が名前チャンを襲おうとしたんだろうがァ!」
身体が自由にならないので声で抗議した。
俺の発言で泉田は狼狽えた。
「ご、誤解です!荒北さん!」
弁解する泉田の声はまるで俺の耳に入ってこなかった。
「普段アブアブ言うわ、筋肉にアンディとかフランクとかわけのわからん名前つけるわ、人物的にもアウトだろうがァ!!」
俺のこの発言が泉田を傷つけたことは十分分かっていたが、それでもヒートアップした俺の脳は言葉を選ぶという配慮を全くしなかった。
「名前チャンの叫び声が聞こえたと思って飛び込んだら、壁際に追い詰められてるわ、手で身体触らされてるわ、泣いてるわ、状況証拠で十分だろうがァ!!」
この言葉で泉田は自分がしでかした過ちを理解したらしく、俺への弁明をやめて名前チャンに土下座した。
そこからというもの、落ち着いた名前チャンの包容力で場は一気に収束した。
トレーニングルームを全員で出て、周りに誰もいないか確認した。
この騒ぎが監督やコーチに見つかればただじゃおかないし、それこそ泉田の立場が危うい。
しかし運よく騒ぎに気づいたのは俺達だけのようだ。
最後尾を歩いていた俺は隣にいた名前チャンの手を取った。
「こっち」
皆から離れて外に出た。
東堂はそれに気づいていたが、何も言わず他の奴らが気づかないように話を盛り上げてくれた。
あいつはなんやかんやで空気が読める。
俺は珍しく内心東堂に感謝した。
「荒北くんどうしたの?」
外気温はだいぶ上がってきたが夜は少しひんやりした風が肌をかすめる。
けれどお互いヒートアップした身体はまだ暑いままだった。
「手首、大丈夫?」
俺は彼女の手首が痣になっていないか確認した。
「大丈夫だよ!強く掴まれたわけじゃないし」
まァ、実際襲われてたわけじゃないし、さっきはあれほどひどい言葉を浴びせたが、あの泉田だから大丈夫だということは俺も内心わかってはいた。
でもこの細い手首と小さい手をあいつが触ったかと思うと、苛つく気持ちが芽生えた。
「荒北くん?」
俺は無言で名前チャンの手をぎゅっと包んだ。
「あ、あ、あ、荒北くん?」
慌てた名前チャンは手を放そうと一瞬力を込めたが、俺の様子がおかしいからかすぐに大人しくなった。
俺は彼女の手を引いて近くのベンチに腰を下ろした。
名前チャンは無言の俺に気を使って色々話しかけてくれる。
俺はその話を相槌を打ちながら聞いた。
「あ、泉田くんのこともう怒らないであげてね」
「ン、分かった」
あの時はちょっと言い過ぎたかもしれない。
まァ、自業自得だけどォ。
むしろあれで収まってよかったと思う。
「でもあれだね!私ももっとアンディとフランクのこと理解してあげなきゃだね」
あんなもん理解しなくていいだろォ。
むしろ俺でさえ若干今でも引いてる。
どこまでいい子チャンなわけ。
「成長を感じてほしいって言われたから、私もいつまでも恥ずかしがってないで彼の胸触れるようにならないとね」
その言葉で俺は握っていた名前チャンの手に力を込めた。
「荒北くん?」
不思議そうに見上げる名前チャンの目を真っすぐに見つめた。
「触らなくていいからァ」
合宿2日目は部停になる寸前のどんちゃん騒ぎとちょっぴり前に進んだような俺達の関係で幕を閉じた。
