短編集
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ごめんなさいが言えなくて
いつもは私が謝って終わりになる喧嘩も、今日ばかりは無理そうだ。
これが堪忍袋の尾が切れたってやつかな・・・なんて考えながら、お皿を洗う。
ふとソファに座っている背中を見ると、喧嘩相手の彼はテレビのニュースを無言で見てる。
いつもなら、ニュースに対して何か言ったりして、そこから会話が始まるけど、今日はそんな雰囲気じゃない。
いつもはあまり喧嘩をしない私達。
でもプロヒーローとして活躍する勝己は何かと露出も多い訳で、週刊誌にありもしない熱愛をすっぱ抜かれることも多い。
ほとんどが勝己も知らない間に後ろに女性が立って、それを写真に収められるということが多いけど、実際のところは認識すらないようで、そんな浮気なんて面倒なことをしないだろうことは、彼との付き合いで分かっていたから、嫌な気持ちにはなるけども、疑いはしなかった。
だからここ最近はそんな内容の週刊誌が出ようが、私の中ではそこまで心が乱されることは無くなった。
他にも一般人とは違う彼とは、普通の恋人のような付き合いが出来ないということも理解してるから、公に何処かに顔出して出かけるなんてこともほぼ無くて、大体は家か、あまり人気のない田舎に旅行に行ったりするくらい。
そんなあまり休みも取れない彼に合わせることは正直苦じゃなかった。
だってそれ以上に一緒に居られるだけで幸せだったから、彼に我儘を言うなんてことも考え無かった。
でもさっき彼の言動で、私はいつものように謝ることができなくなってしまった。
時を遡ること、5時間前。
私は仕事を終えて、いつものように帰ろうとした時、女性の先輩から飲み会に誘われた。
普段は勝己が帰って来る日は飲みを断っていたんだけど、今日は勝己から遅くなるって連絡が来てたから、久々に飲みに行こうかな、なんて思って先輩の誘いに乗った。
すると他にも男性社員が何人か飲みに参加すると言うので、男性社員を入れた6人で飲みに行くことに。
最初こそ楽しかったものの、暫く時間が経ってくると、様子が変わって来る。
私はあまりお酒が飲めないから、最初の乾杯の1杯だけお酒を飲んであとはソフトドリンクを頼んでいた。
でも周りの先輩達は沢山お酒を飲んでるから、次第に饒舌になっていく。
「いやぁ〜、でも俺本当に一ノ瀬さんのことタイプだわぁ〜。」
『え?』
隣に座った2つ上の先輩が私に近づいて来て、そう言うから、ちょっと座る位置をずらして距離を空ける。
「てかさ、彼氏いるの?」
『あ・・・まぁ・・・』
「でも、一ノ瀬の彼氏ってあんまり会えないんでしょ?」
私を誘った女の先輩がそう言うから、男の先輩はふーん、と言ってずいっとさらに近づいて来た。
「・・・ならさ、そんな彼氏やめて俺にしなよ?」
『ぇ・・・いや・・・それはちょっと・・・』
「あはは!フラれてやんの!」
「うるせー!」
グイグイ来る先輩を断ると、それを見て他の先輩達が声を上げて笑う。
これでもうこれ以上グイグイくるなんてことは無いだろうと思っていた。
でも飲み会がお開きになって、店の前で少しの間喋っていると、いつの間にか男の先輩が近づいて来て「送るよ?」と言って来る。
ちょっとしつこいな・・・なんて思って、『私、駅すぐそこなんで1人で帰れます』と断ってみたものの、先輩は変わらずグイグイ来るから、流石に断り切れず駅に向かう。
だって明日は休みだけど、また月曜日からは一緒に働かないといけない訳だし、あまり波風は立てたくない。
電車に乗れば、もうお別れ出来ると信じて私は駅までの道を足速に歩いていく。
地下へ続く駅の入り口を見つけ、ようやく到着したと胸を撫で下ろしたけど、何故かぐいっと腕を引かれて、駅から身体が遠ざかる。
『えっ?!・・・ちょっ・・・先輩っ!』
「まだ飲み足りないんだよねー。ちょっと付き合ってよ。」
『でももう終電無くなっちゃうし・・・』
「タクシーで送ってあげるよ?」
『そ・・・そんな迷惑かけれないですし・・・』
「あはは。迷惑だなんて思ってないよ。むしろそうしたいな。」
『いや・・・でも・・・』
「だって彼氏に相手してもらえてないんでしょ?・・・だったら俺が相手してあげるよ?」
酔っ払ってるからか、私の気持ちなんか全く気付いてなさそうな先輩に、いい加減にしてくださいと言おうとした時だった。
「・・・何してンだコラ。」
聞き覚えのあり過ぎる声が聞こえて、肩がビクッとする。
振り返ると、そこにはヒーローコスチュームを着た勝己の・・・いや、大・爆・殺・神・ダイナマイトの姿があった。
「うぉ!ダイナマイトじゃん!すげぇ!」
そう言って勝己に近寄ろうとする先輩だけど、勝己が先輩の手を払いのけて私の方へ近付いて来た。
「・・・何してンだって言っとンだ。」
『えっ・・・』
「え?もしかして知り合い?」
先輩は私達の関係なんか知ってる筈も無く、そう聞いて来るけど、まさか彼氏ですなんてこんな人気が多いところで言おうもんなら、ネットに間違いなく拡散される。
これまでそういったことから隠れて来た私達だから、ここも何とかバレないようにしなきゃと思った。
『あ・・・、そっ・・・そうなんです。知り合いで・・・』
「知り合いだァ!?」
そう言って明らかに不機嫌になる勝己だけど、今はそんなこと気にしてられない。
私は先輩にもう知り合いもいるから1人で帰れるので、と言って何とか帰ってもらうことに成功した。
で、肝心の勝己はというと、私のことを睨み付けたまま、その場で仁王立ちしてるから、ワラワラと人だかりが出来て、写真や握手を求められているけど、彼はそれをガン無視していた。
ここで私が何か声を掛けようもんなら、何を言われるか分からないと思い、勝己に口パクで『帰るね?ごめん。』とだけ言い残して、駅への階段を降りて行った。
で、家に到着して暫くすると、パトロールを終えて勝己も帰宅するから、今日のことを謝ろうと玄関へ向かう。
すると、いつものように『おかえりなさい。』と言っても彼からの返事は無かった。
いつもはちゃんと返事しないにしても「ん。」とか「おう。」とか何かしらの返答はあるのに。
『勝己・・・?』
「・・・今日はお楽しみのところ、邪魔したな。」
棘のある言い方に、少し怯むけど、私だっていくら事務職とはいえ仕事関係にある人との付き合いだってある。
確かに勝己からすれば見たくない光景だったと思いながらも、私もそれなりに回避しようと努力はしたわけで、それをそういう言い方されるのは正直むかっとしてしまった。
『・・・そんな言い方しないでよ。全然楽しくなかったし。むしろどう断ろうか必死だったんだよ。』
「ンならもっと拒否れるだろが。」
『そんなこと言ったって、仕事先の先輩だよ?毎日顔だって合わせるし、あんまり波風立てたくないんだって。』
「・・・ッハ!どうだか。・・・本当はちょっとはノリ気だったンじゃねェンか?」
『なっ!・・・そんな訳ないでしょ!?なんでそういう言い方するの?!』
「テメェがヘラヘラして男に手握られてっからだろが!」
『それは向こうが引っ張って来て、仕方無かったんだよ!』
「ンじゃァ、テメェはあのまま俺が来なかったら、あのクソ野郎に付いて行ったってことか!?」
『そんなこと言ってないでしょ!?勝己が来なくても1人で何とか出来たよ!』
「ンなこたァ、どうとでも言えるけどなァ。」
『なっ!?・・・じゃあ何?私があのまま浮気してたとでも言いたいの?』
「俺は相手してくれねェらしいからな。あの男に相手してもらおうと思ってたンじゃねェんかよ!?」
どうやら先輩の発した言葉を聞いていたようで、勝己はそう言った。
でも私が女の先輩に言ったのは、なかなか会えないっていう事実だけで、相手にしてもらえないなんて言ってない。
それをあの男の先輩がどう解釈したのか、相手にしてもらえてないって言ったから、勝己がどうやら私がそう言っていると誤解しているようだった。
『あれはっ・・・。私が言ったんじゃないよ。』
「ンじゃァ、誰が言ったってンだよ。テメェが俺のこと言わなきゃ、ンな話にならねェだろが。」
『それは言葉の解釈の違いっていうか・・・』
「解釈の違いだろうが何だろうが、テメェの認識はそういうこったろが。」
『だから違うって・・・』
私がそう言うと勝己は溜息を吐いて、「荷物片づけてくるわ。」と言うから、私も廊下に立ったままなんて、落ち着かなくて、朝食に使ったお皿を洗うためにキッチンに来てお皿を洗う。
そしてお皿を洗いながら、少し冷静になって考えてみた。
私は勝己が何か週刊誌に撮られたりしても、勝己の言うことを信じて来た。
誰が何を言おうが勝己の言葉を信じてきたつもり。
でも勝己はそうじゃないのかな。
私が何を言っても信じてくれなくて、何だか凄く信頼されてないな・・・って思ったら、悲しい反面、苛立ちが募る。
恋愛において相手に同じことを求めるな・・・なんてことはよく聞くけど、やっぱりそれなりに対等でありたいとは思うもの。
そう思えば、今日は絶対に私から謝りたくないなんて思ってしまった。
勝己は荷物を片付け終えたのか、ソファに座って無言でテレビを付けて、今日のニュースをチェックしている。
私はお皿を洗い終えて、何だかこのまま一緒に隣でテレビを見るのも躊躇われて、お風呂に入る準備をしてお風呂に入った。
湯船に浸かって一息つきながら、どうしようかと考える。
やっぱり私から謝ったほうがいいのかな・・・。
でもいつものように謝るのは何だか腹の虫がおさまらない気がした。
謝れば済むかもしれないけど、何だかそれだけじゃ解決できないような気がした。
『・・・はぁ。・・・どうしよ。』
溜まったお湯の中に深く沈んで、鼻先まで沈んだ私は口から泡を吹く。
すると、音が聞こえて勝己がお風呂に入って来た。
『えっ・・・勝己・・・』
何も言わずにシャワーで身体を流して、勝己も湯船に入って来るから、私は自然と端に寄る。
すると、ぐいっと腕を引かれて私の身体は勝己の胸の中にすっぽりと収まった。
『かっ・・・勝己?』
「・・・悪かった。」
一瞬何を言ったのか理解できなかったけど、その言葉の意味を理解して勝己の方へ振り返ると、むすっとした顔で私を見ていた。
その顔を見れば、何だかさっきまで怒ってたのが、どうでも良くなるから不思議なもの。
『ううん。・・・私もごめんね?』
「・・・おう。」
『今日先輩が言ってたことは、本当に解釈の違いなの。私がなかなか彼氏に会えないって言ったことを、相手にされてないって言ってきただけだから。』
「・・・そうかよ。」
そう言って勝己は髪の毛をガシガシと掻いて、溜息を吐くと、少しだけ真剣な眼差しになる。
「・・・結婚すっか。」
『え?』
「結婚すりゃァ、モブ共も最初こそ騒ぎ立てるだろが、納得すンだろ。」
確かにそうかもしれない。
芸能人の熱愛ニュースとかは頻繁に流れるけど、結婚となれば、何故か世間は温かい目で見てくれる傾向にあるのは確かだ。
何か不倫などが無い限り、そんなに日頃のこともニュースにはならない。
でも何だか、そう言った理由で結婚をしてしまっても大丈夫なのか?と思ってしまうのも事実な訳で。
「・・・それにテメェのとこの男共にも、テメェが俺のモンだって分かりゃァ、手ェ出せねェだろ。」
ふふん、と強気に笑う勝己を見て、何だか私は自分の物だって言われている気がして、胸がきゅんとする。
週刊誌とかを見て、何も感じなかったわけじゃない。
私だって、私の彼氏は大・爆・殺・神・ダイナマイトなんだよってみんなに大きな声で言いたかった。
誰も手を出さないでって言いたかった。
同じことを勝己が思っていてくれたというだけで、何だか凄く胸がドキドキする。
「・・・返事はどうなンだよ。」
眉間に皺を寄せてそう聞いて来る勝己。
甘い雰囲気とは程遠いけど、それがまた彼らしいと思ってしまった。
『・・・こちらこそ。よろしくお願いします。』
そう言って私達は口付けを交わした。
fin