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まだまだ初心者な私達
あー・・・頭がぐわんぐわんしてきた。
自分の熱を測り終わって、その温度を確認するとそこには「38.7℃」の文字。
大人になってから、こんなに熱が出たのは久々だ。
朝から体調が悪くて、今日は仕事先に休みの連絡を入れておいて良かったと少しだけ安心する。
朝は熱無かったのに、こんなに急激に体温が上がるなんて、インフルか何かなのか。
私は節々が痛い身体を起こして、水分補給するためにフラフラと冷蔵庫へと向かう。
こういう時に一人暮らしってことを後悔する。
つい1ヶ月程前から付き合い始めた恋人はいるものの、彼の仕事柄こんな病人の世話をお願いするわけにもいかないから、私は彼へ特に連絡をすることなく、元居たベッドへと身体を戻した。
「・・・ん。・・・誰だろ。」
暫くそのまま眠っていたのか、気付けば外は暗くなっていて、私はインターホンの音で目が覚める。
荷物か何かが届いたのかと、インターホンの画面を見ると、そこには恋人である勝己の姿。
マスクをして、帽子を深く被っているけど、すぐに誰か分かっちゃって、その姿を見て、身体が弱っているからか、何だかいつもより安心してしまう。
でも、風邪をうつす訳にもいかないから、私は残念に思いながら、インターホンの通話ボタンを押した。
『・・・はい。』
「開けろ。」
『あ・・・ごめん。朝から体調悪くてさ。』
「は?・・・熱は?」
『さっき寝る前に測ったら、38.7℃だったよ。』
「・・・メシちゃんと食ったンかよ。」
『あ・・・うん、今からちょうど食べようかと・・・』
「・・・嘘吐くンじゃねェ。」
勝己は私のことを良く分かってる。
前々からそう思っていたけど、私の嘘はすぐに見破られてしまったようだ。
「・・・開けろ。」
『で・・・でも、勝己にうつったら・・・』
「アァ?俺がテメェのクソ風邪菌になんざやられっかよ。」
口は悪いけど、彼なりに私に気を遣わせまいと思い、そう言っているのだろうということは、今までの付き合いの中で承知している。
そして、彼がこう言う時は、梃子でも動かないことも。
私は観念してオートロックの扉を開けた。
暫くすると、玄関のドアを開けて勝己が家の中に入って来た。
『・・・いらっしゃい。・・・ごめんね?』
「俺が勝手に来ただけだわ。」
彼は今、世間で騒がれているヒーロー大爆殺神ダイナマイト。
彼との出会いは今から1年ほど前。
夜道を歩いていた時に、酔っ払いに絡まれていたところを彼に助けられた。
それから偶然が続いて、何度か会うことが重なって、気付けば彼に惹かれていた。
彼も同じ気持ちだったのか、私が自分の気持ちに気付いてから暫くして、彼から告白されて付き合うことになったのが、ほんの1か月前。
出会う前のテレビで見る彼の印象は、正直良いものじゃなかった。
口も態度も良いとは言えなくて、新人としてデビューしたての頃はよく世間から叩かれたりしていた。
でも彼の言うことは筋が通ったいて、その言葉は不器用ながらも人を想って発言していることも多くて、テレビの印象とは違う彼の一面を知っていった。
そして、それは世間も同様だったようで、次第に支持する声も広がっていき、今ではヒーロービルボードチャートJPのトップ10入りも間近と言われている。
「・・・白飯に卵あンなら、粥ぐれェ作ったるから、寝とけや。」
『ありがと。』
「ン。」
勝己が慣れた手つきで冷蔵庫から卵を取り出して、鍋に水を入れて、火を付けた。
その音を後ろに聞きながら、私は寝室へと戻る。
そして横になると、そのまま意識を手放した。
それからどれくらい寝てたのか。
目が覚めると、私の額には冷却ジェルシートが貼られ、なんなら寝巻きも変わっていた。
身体が軽くなっていることから、熱も先程よりは落ち着いたみたいだけど、それよりも気になるのは、これを全部勝己がやってくれたのかってこと。
色々やってくれて申し訳ないっていう気持ちと、寝ている間に裸を見られたのかもしれないという羞恥の気持ち。
何たって、私と彼との交流は1年程あるけれど、きちんと付き合ったのはつい1ヶ月程前。
彼は意外にもそういったことには律儀だったようで、付き合うまでは、男女の営みは無し。
なんなら、付き合って1ヶ月経った今でも、まだだった。
彼の仕事が不規則で忙しいのもあるし、色々タイミングが合わないこともあって、会うにしても外で食事する程度で、キスまでしかしたことが無い。
それなのに、まさか寝ている間に裸を見られかもしれないと思うと、また熱がぶり返してくるんじゃないかってくらい顔が熱くなるのが分かった。
でも彼の職業はヒーローであって、私の看病も、きっと仕事柄救助の一環だろう、と思い直し、少しだけ落ち着いた顔の熱を確認してから、ベッドを出て、リビングへと向かった。
「・・・起きたんか。」
『うん。・・・ありがとね?何から何まで・・・。』
私がふんわりとそう言うと、彼は少しだけ考えてから、あぁ、と素っ気なく返事をした。
「粥。出来てンぞ。食うか?」
『うん。食べる。』
勝己は作ってくれていたお粥を少しだけ温めて、テーブルの上に出してくれた。
お粥を口に含むと、優しい味がして、昨日の夜から何も食べてなかった身体に栄養が行き渡るような感じがした。
美味しくて、ついそのまま言葉に出ちゃうと、勝己はハンッと、鼻を鳴らして、「ったりめェだろ。」と向かいの席に座りながら、頬杖をついて、そう言った。
ふと、リビングの隅を見れば、昨日から干しっぱなしにしていた洗濯物が綺麗に畳まれている。
正直私より丁寧に畳んでいる、その洗濯物達は、まるで新品かのように皺1つ無く畳まれているから、私よりも絶対に生活力あるよね・・・なんてことを考えた。
・・・ん?
ちょっと待って?
・・・昨日干した洗濯物の中に下着も無かったっけ?
勝己に気付かれないように、再度洗濯物を見ると、服と服の間に挟まれた下着を発見してしまうから、さっき収まったはずの熱が顔中に集まって来た。
「・・・大丈夫か?」
『えっ!?』
「・・・顔、赤ェ。」
『あっ!・・・だっ・・・大丈夫っ!』
私があわあわとそう言うと、勝己は訳が分からないという顔をしながら、席を立った。
そして私の方に近付いて来ては、おでこを合わせて熱を測ってくるから、私は目を点にしたまま、彼の意外と綺麗な顔を凝視するしか出来なかった。
「・・・熱はねェか。」
『む・・・』
「ア?」
『無理っ!!』
そう言って、咄嗟に彼の身体をドンと手の平で押してしまったもんだから、彼も眉間に皺を寄せて、不機嫌モード全開だ。
「ア"?テメェ・・・何だ?」
『ごっ・・・ごめんっ。』
「無理って何が無理なんだ?ハッキリ言いやがれ。」
蟀谷に青筋立てて、見るからにイライラしている勝己を見て、自分のしてしまったことを後悔する。
もう子供じゃないんだから、たかが顔が近くにあるだけで、何をこんなに動揺しているんだ、と思うけど、何故だか心臓は煩く鳴って、勝己に聞こえてしまうんじゃないかって思ってしまう程だ。
でも成人を迎えたいい大人が、こんなことでドギマギしているなんて恥ずかしすぎると、勝己に事実を言いかねていると、勝己は溜息を吐いて、私に背を向けた。
「・・・帰るわ。」
『・・・え?』
「まだ本調子じゃねェのに、悪かったな。」
そう告げて、キッチン横に置いた自分の鞄を持つ勝己を見て、このままじゃ駄目だと思う。
別に喧嘩した訳じゃないけど、折角こうして色々してくれた勝己に対して、きちんと御礼も言えてないし、何よりも、誤解されたままなのは嫌だった。
気付けば私は椅子から立って、彼の背に縋りつくように、彼に駆け寄った。
『ごめん・・・なさい。無理って言ったのは・・・その・・・、恥ずかしかったからなの。』
背中越しにそう言うと、彼はピタリと動きを止めた。
顔も見えないから、何を考えているのか分からないけど、取り合えず今は自分の気持ちを伝えるのが先だと思い、そのまま私は言葉を続けた。
『・・・着替えとか変わってて・・・、裸・・・とか見られたのかなとか、洗濯物も綺麗に畳んでくれてて、下着見られたのかもとか・・・色々考えたら恥ずかしくて・・・、それで、勝己の顔がすぐ近くに来たから、恥ずかしさに耐えれなくなっちゃって・・・、ごめんなさい・・・。』
私が言い終えても、暫く彼は何も言わなかった。
もしかすると呆れているのかもしれない。
こんないい大人が何言ってんだって・・・。
少しだけ汗ばんだ手で、彼の背中の服を掴んだままいると、勝己は私に「おい。」と声を掛けて来た。
「・・・手。服伸びンだろが。」
『あ・・・、ご・・・ごめ・・・』
私がパッと手を離すと、勝己は私の方に向き直って、ぐいっと身体をその胸の中に閉じ込めるから、一瞬何が起こったのか分からなかった。
でも彼の香りをふわっと感じて、勝己に抱きしめられていることを漸く自覚する。
『勝己・・・?』
「・・・言うの遅ェわ。」
そう言われて、私の考えていることなんてお見通しなんだと気付いた。
そして、くんっと後頭部に添えられた彼の手によって、顔を上に上げるように促されるから、私はそれに従うしかなくて、自然と彼の視線とかち合った。
すると何を思ったのか、彼の顔が近付いて来るもんだから、つい彼の口を両手で押さえる。
「・・・ア"?」
『あ・・・いや・・・、風邪うつったら大変だし?』
「・・・もう熱下がったンだろが。」
『いや・・・でも、まだ菌はいるかもしれないし・・・』
「かかンねェっつってんだろ。」
『で・・・でも・・・』
「だァアアッ!!!テメェは”だって”や”でも”が多いなァ!?」
『だ・・・だって・・・』
勝己は怒っているけれど、私だって彼に迫られるのが嫌な訳じゃない。
でもさっきまで熱があった訳で、もし彼が体調なんて崩したらそれこそヒーローの仕事に支障が出る。
そう思って私なりに考えているのに、彼はそんなことお構いなしでグイグイ来るもんだから、嬉しい反面、心配になってしまう。
「・・・テメェは嫌なンかよ。」
『え?』
「俺に色々されンのとか、見られンの。」
勝己に何をされても、見られても嫌な訳じゃない。
でも、それ以上に勝己のことを考えているからと、私自身が恥ずかしいっていうのがあるから、私達はこうしてまだ一歩深い関係に踏み出せていないのかもしれない。
「・・・俺は葵と色々やりてェし、葵の色んなとこ見てェと思っとる。」
その言葉はどんな甘い言葉よりも、私の心を弾ませた。
そして真っ直ぐ私を見つめる彼の視線から逃れる術なんて私は持ち合わせていなくて、気付けば彼に口を塞がれていた。