元拍手十月
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きっかけは、強いて言うなら会話の初めに少し急いた事かも知れない。
「──ヒックっ、ぅ、あ?」
突然、想定とは全く異なる、言語かどうかも怪しい異音が自分の口から飛び出した。
その声ともいえない妙な音に話し相手、それまでにこにこと笑っていたフレイキーが、驚いたようにオレを見上げる。
同じく呆然とした顔をしていただろうオレは、喉の裏側が引き攣る様な感覚に戸惑いながら咄嗟に口元を手で覆った。
「……ック!」
「だ、だいじょうぶ?」
出口を塞いだせいで込上げる痙攣が逃げ場を失ったのか、意識せず肩が大袈裟に揺れた。それを見た赤毛の子供は控えめに近寄ってきてくれるのだが、返事をしようとしたタイミングでまたしても喉が鳴り、どうにかこうにか頷きだけを返す。そして慌てたように様子を伺うフレイキーを落ち着かせようとその赤毛を撫で、慣れない事態に少しだけ同様しながら思考を繋いだ。
成る程、百聞は一見にしかずというか、実践あるのみというか、頭でっかちというか。
実は、己で体験するのはこれが生まれて初めてだったりする。横隔膜が刺激されることによって生じる強直性痙攣及び、声帯が閉じて異音が発生すること、さらにそれが一定間隔で繰り返される現象。
「──ヒック!」
まぁ、要するに『しゃっくり』である。
◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇
「えっ、えっ、イチしゃっくり初めてなの!?」
「うん……ヒクッ、知ってるには、しっ、知ってるんだ、ひっく、けど」
大きな声では言えないが、こちらとて人間初心者である。
「ひっく、結構苦しいね、これ……」
顔半分を覆ったままだった右手を下ろし、半ば抑え込むように喉を庇った。一定のリズムで繰り返される震えの度に、軽く気管が締められる感じがして微量だが体力を奪われていっている気がする。
「ぅ、っく、吃驚したら治るんだっけ…………ヒック!」
というか正直な話、首を絞められて死んだことを地味に思い出すので余り気分が良いものではない。……しゃっくりも起した事が無かった癖に死んだ事はあるという経歴は我ながら碌でもないとは思うが。因みに述べておくと窒息死しとというかさせられたのはオレがまだ自分を記憶喪失だと思っていた頃の話で、その治療の手掛かりを捜していた頃の話で、つまり犯人は件の退役軍人さんである。
「ごめ、っく、ごめん、今日はも、……ヒック、帰る?」
「ふぇっ!?」
本来ならばこの後二人で遊びに行くつもりだったのだ。が、こうも隣でヒックヒック言われると堪ったものでは無いだろう。
そうフレイキーを垣間見れば、残念そうな声をあげたまま固まって……いや、少し思案げに俯いている。もしかして落ち込んでしまったのだろうか。ちなみにオレは少なからずがっかりしているが。
「むぅう……、あ、あのねイチ」
かと思えば、フレイキーは突然、ぱっと何事か決意したかのように顔をあげた。
「もちょっと、こっちきて、こっち、見ててねっ」
そう言うなり、両腕をオレの肩に伸ばし軽く引く。意図はよく分らないがされるがままに少しだけ身を屈める。それを確認すると二本の華奢な腕はそうっと離れて行き、そして、
「ご、ごめんね……!」
え、『ごめんね』?
問いただす間もなく、次の瞬間耳に届いたのは軽い破裂音だった。
ぺちんっ!
という、何と言うか、乾ききらないそれの発生源は、まあ大体の人は予想できるであろうオレの目の前な訳だが威力が威力なだけにそれほど衝撃を持たなかった。異音の犯人、両手を打ち鳴らしたフレイキーもそれに気付いたらしく、慌てたように首から上があわあわと右往左往する。
そして、じわりと涙を浮かべて悩んだかと思えば今度は、
「わぁっ!!」
と、目を瞑ったまま珍しく大きな声を張り上げた。
ここまで来れば流石に、なんとなくフレイキーのしようとしている事が読めてきた。
やや呆気に取られはしたものの、然程動揺せずにいたオレを見上げるその口から漏れるのは案の定不安げな問い掛けで。
「び、ビックリした?」
どうやら、驚けば止まるというオレの言を受けて目一杯脅かそうとしてくれたらしい。
しおらしく眉を下げて、真ん丸にした赤い瞳を潤ませながら少しの期待を抱いて見上げてくる小さな親友。その両手はいっぱいに開いたまま、腕を下げるのも忘れて友達を案じるその頼もしくも健気な姿は吃驚というか、
「う、うん。うん?……いや、どちらかというと、」
癒されてしまった気がする。
思わずその跳ねた赤毛に手を伸ばしながら、さてどうしたものかと首を傾げた。
──どうやら、驚きへの道は思ったよりも遠く険しいらしい。
(うぅう……!ボクっ役立たず、でっ、ごめんねぇぇ……)
(役立たずなんッ、なんておもッ、てないよ……ひっく!)
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