元拍手二月
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がたん。
と、地面が揺れる。
魔法学校と同じ名の付いた急行列車が空を走っていることに、初めは本気で驚いた。そもそもオレはついこの間まで自分が魔女だということを知らなかったのだ。
しかし陸だろうと空だろうと、線路の繋ぎ目に車輪が噛むのは汽車の宿命らしい。
「あっ──ぶな」
突きあがってくるような衝撃に、オレは落としかけた鳥籠を抱えなおす。
早いところコンパートメントを確保しないと、いい加減廊下に突っ立ったままでは居られない。とはいえ、
「……空いてない」
がらごろとスーツケースを引き摺りながら、横目で窓を確認するも、見事にどこも満員である。
この道行きに慣れたように、買った菓子を頬張り話に華を咲かせているのは恐らく上級生たち。そして、わざわざ杖を取り出して振ってみたり、それを羨ましそうに眺めているのが、多分、オレと同じ一年生なのだろう。それぞれの隔室で、友達同士これから始まる新学期に顔を明るくしていた。当然ながら、あぶれて廊下を彷徨っているのはオレくらいなものだ。
まあ、それはそうだろう。
何せ列車が出発してから彼此三十分以上は経過している。いくら要領の悪い生徒でも、居るべきところに収まっている頃合である。何故オレはそうではないのかというと、久しぶりに再会した知人と話し込んでいたらその流れに乗り損ねた。
「この車両も駄目だった……」
しかもその知人――、モールさんは教師だから、今頃先生達で一つの部屋に座っている筈である。まさかそこに入っていく訳にもいかないだろう。
荷物さえなければ、いっそ立ちっぱなしでもよかったけど。
そう思いながら、車両を繋ぐ扉に手をかける。残すところ、この扉はあと二枚。つまりオレは急行列車の殆ど端から端まで網羅してしまいそうになっている。
なにが悲しくてそんなことを。
我ながら呆れて目を伏せる。そしてドアを引いた時だった。
「ぅ、わっ」
幾度目かの大きな揺れ。
しかも視線が床に向いていた事が災いした。下を向いて歩くと、かえって躓きやすいものである。オレの爪先は完全に中扉の敷居を引っ掛けていた。
──転ぶ。
咄嗟にケースは手放して、梟の籠だけ抱え込む。そのまま床に叩きつけるわけにはいかないだろう。鳥籠へのショックが少しでも和らぐように祈りながら、顔面直撃の痛みに備える。
備える。備えた、のだが、
「……ぇ?」
予想した衝撃は一向にやって来ず、代わりに感じたのは両肩への微かな痛み。
スーツケースが倒れこんだ耳障りな音に目を開けてみれば、そこには思いがけず、自分を覗き込む双眸がにっこり微笑んでいた。
「やぁ!大丈夫かい?」
よく通るその声に、抱えていたマメ梟が目を開く。
どうやら、この人、扉のすぐ向こう側にいたのだろう上級生が、転ぶ直前に受け止めてくれたらしいと気付く。
見上げれば、親しみやすそうな笑顔。
そしてその髪と瞳はすぐ横の景色と同じ、透き通るような空の色。
「だ、いじょぶ。です」
滅多にお目に掛かれないレベルの幸運に、逆に戸惑いながら、はっとしてお礼の言葉を続ければ、どう致しましてと肩から手が離れていった。
「新入生だね!」
と、朗らかに笑うその人のネクタイは鮮やかな真紅に染まっていた。
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