分裂
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
世の中には不可抗力という概念が存在する。
人力ではどうしようもないような、注意や予防方法を尽くしてもなお防止し得ないものの事を言う。らしい。
だからオレが買い忘れのためにスーパーに辿り着いて、そしてまたもや買い物をする事ができなかったのは、最早不可抗力ではないかと思うのだ。
具体的に言うならば、まあ、
──スーパーの、扉が開いた瞬間、まさに出てこようとしていたのがフリッピーだったのは別にオレのせいじゃないし、
「わあっ、えっと、……その、ごっ、ごめんね──!!」
とかなんとか叫んでフリッピーが駆け出して、
「え」
オレの足元に軍帽が落ちてきたらそれは、もう追いかけるしかないだろう。
よってこういうのを不可抗力と言うのではないかと思うのだ。オレは。
▼
「ちょ、と、待っ」
「ご、ごめ、お、追いかけて来ないでぇ!!」
レジ袋を振り回しながら必死になって逃げるフリッピー、を追いかけるオレ。目立つことこの上ない。
ひゅんひゅん後ろに去っていく景色を横目に、スニーカーの紐が解けてなかったか少々心配になってきた。
追いかけるのは初めてだが(追いかけられたこともそんなにないが)、フリッピーは流石に元軍人らしく足が速い。
だが、ここは街中である以上、鬼ごっこの勝利条件は足が速いことではない。
「あっ、すいません!!」
「っ!後で弁償します!!」
「ご、ごめんなさいごめんなさいぃ!!!」
ありとあらゆる障害物。
それが無機物だったならまだしも、通行人、出店、その他諸々に危害を加えて無視を決め込めるフリッピーではない。そしてオレはと言えば、
「…………よ、っと」
フリッピーが作ってくれる道をただ辿ればいいだけなのだから、楽でしょうがない。
そもそも面積比からしてフリッピーのほうが横にも縦にも大きいのだから、フリッピーの通る道をオレが通れないことはないのだ。逆ならまだしも。しかも凄い勢いで駆けていく軍服は見失いようがないし。
この追いかけっこ、オレのほうが有利なのは火を見るよりも明らかだ。
しかも、
「なん、っで、逃げるの、」
「っ、ご、ごめん!!」
フリッピーは後ろめたさからか、何度か後ろを振り向いてくる。いくら有利だからと言って、これがなければとっくに巻かれていただろう。詰めが甘い以前の問題と言うか、やはり天然というか。少なくとももう一人の方なら前だけ見て一目散に逃げ切っている。
そう、もう一人の方。
ここまで(フリッピーとしては)窮地に追い込まれているのに出てきていない。
ずっと握っているせいで軍帽が型崩れしてきた。もういい。オレのじゃないから。ああ、走りすぎたせいだろうか、なんていうか少し、
「な、っ、んで、」
……腹の辺りの坐りが悪い。
「急に、こんなっ!」
相変わらずオレたちは走り回っているのだが、フリッピーの肩が少しビクついた。
なんで、急に、こんな。
いきなり、もう近づくなとか、言われて。顔も見れなくなって。
何で急にこんな避けられ方をされるのか。オレが何かをしたというのなら弁解の余地すら貰えないのだろうか。気に食わない事があるのなら、
「くち、でっ、……言って、」
でなければ、分からない。
あの人は解れと言っていたけれど。でも、オレにはどうしていいのか分からない。
……そもそも、こうして追いかける事すらお門違いな事なのかもしれない。だって、現にこうしてフリッピーはオレから逃げようとしている。それはフリッピーの自由だと、いつか言った同じ口でそれを咎めるなんて。
「でもっ、黙っ、て、……はぁっ、……勝手に、」
ぎゅうう、と、心臓を掴まれて喉が詰まるような感覚。
唾を飲むため噤んだ咥内で舌がやけに引き攣った。
息が、切れる。
「──……いなく、ならないで」
搾り出した声は驚くほどかすれていた。まるで自分のものではないみたいに。
限界が来て膝に手を当てる。今座ったら動けなくなりそうなので、立ったまま、上半身が折りたたまれているような格好で。
もう逃げられたかな。
そう思って顔をあげれば、
「……っ」
「ふ、りっぴー……?」
緑の髪の元軍人は逃げていなかった。深緑の瞳が躊躇いがちに揺れている。
いつの間にか市街地を抜けきっていたようで、数軒の家宅を除けばそこにいるのはオレとフリッピーの二人だけ。
「……オレ、何か、した?」
「う、ううん。してない、よ」
どもってるだけであんまり息切れをしていない返答に少し悔しさを覚えた。
だからだと思う。全部、馬鹿みたいな鬼ごっこのせいだ、
「……嫌いになった?」
こんな子供っぽいこというつもりじゃなかったのに。
フリッピーは傷ついたような顔で「違っ……!」と叫びかけて、ぎゅっと口を結んで、また走り出そうとする。
「っ、じゃあ、なん──」
で。
ここまで来たら意地だ。肺は破裂しそうに苦しいが追いすがってやる。と、決意表明と共にオレも追いかけようとした。
だが、
「うぁっ!?」
「えっ?ぶ、」
……最初のは、フリッピーが躓いて体制を大きく崩したときにあがった悲鳴。次のは走り出そうとして何故かフリッピーに突っ込んだオレの漏らした声。
そして、間の悪いことに二人して倒れこんだのは見覚えのある家の軒下で、
「何の音です、か、ああっ!?」
開いたドアがフリッピーの頭をすれすれに通っていたのは不幸中の幸いだろう。
起き上がろうと、ふと目線を変えれば案の定靴紐の解けきったスニーカーが見えた。何のことはない。踏んだのだ。
……きっとこれも不可抗力に違いない。
→
1/3ページ