大工
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螺子が落ちている。
道に、転々と。
何故、とオレでも思う。しかしそれは落ちていた。
何日か借りていた本を返しに図書館へ行った帰路。コンクリートの歩道にぽつんと見えたそれをひとつ試しに拾ってみれば、何の変哲も無いプラス螺子。……顔を上げれば先々にいくつも殆ど等間隔で並んでいた。
「……」
どちらにせよ進む道なので、目線を落として拾い集めながら足を動かす。
掌に小さな金属塊が溜まっていく。
つい最近、読み漁った寓話のどこかにこんな展開があった気がする……いや、あれは拾うのではなく置いていくのだったか。森に捨てられた兄妹が、帰り道を見失わないように目印の小石を道に置いていく話。童話。辿り着くのは──魔女の家。
そんな考え事をしながら歩いていたせいか、やがて足元の螺子しか見ずに進んでいたオレの頭が何かにぶつかった。
固いけど柔らかい、そして明るいオレンジ色の、
「う、わっ……イチ?」
その背中は振り向いて驚くと、オレの手に出来上がった螺子の山を見て少し顰め面になってみせた。
▼
「……転んだ、ハンディが」
ざらざらと拾い集めた螺子を工具箱に注ぎながら、考えるより先に言葉が出た。
さっき転んだ拍子に蓋が開いたのだろう、と、変わった道しるべの弁解をするこの青年大工はオレの知る限り仕事中にうっかり転ぶような事はしないと思うのだけれど。ハンディは普段からとてもしっかりしていて、それは何故備わっているのかも忘れている直感などではなく自分の目で見てきた事実として知っている。
「俺だって転びくらいする」
すっかり見詰めていれば、何となく言い訳をするような声がした。差し向かいで箱を開けていたハンディがつま先でその蓋を閉め、オレに合わせるように屈み込む。瞬間、ふわりと匂う、これは、何だろうランピーの病院で嗅いだ事のあるような。
「怪我、とかしてるのか」
「は?いや、してないぞ。なんで、」
「消毒液の匂いがする」
いや、そこまできつくはないだろうか。除菌アルコールのような強制的な清涼感を促す香り……咄嗟にその腕を捕まえて安否を訊けば、心当たりがないと怪訝な顔を返された。が、言葉を続けた途端、見知った大工さんは見知らぬ人のような表情で、そして途轍も無い勢いでその身を引いた。
「…………気のせいだろ。イチそれは気のせいだろ
そうだろうか。
というかそんな慣用句は初めて知ったのだが。オレの知識は文法方面に薄いのだ。
「……ハンディに怪我がないならオレは何でもいいんだけど」
「ぁあ、そうか、そうだな俺に怪我はない。無いぞ」
やはりいつもと様子が違う気がするのだが、これもオレの気のせいなのだろうか。大工は勢いよく立ち上がり、そして何か見えないものを振り落とすように何度も首を横に振っている。真似して見ても辺りには誰も居ないので周囲の観察では無いらしい。
やはり少しいつもの……オレの家を作っていた時と様子が違う気がする。誰か他にもう一人居れば、訊けたのだけれど。
ハンディ、と、呼びかければどこかぎこちなくその頭がこちらを向いた。
「手伝うよ」
「もう拾い終わったぞ?」
「そうじゃなくて」
閉じたばかりの工具箱の取手を握る。
「今日の仕事をてつだう」
怪我では無いのなら体調か、それとも何か別の気になる事があるのなら、少しでもそれがマシになれば良いと思った。
そう思ったから、言って、そして見上げればハンディはそれなのにまた知らない顔をしていて、──その表情を見た瞬間何か責められた訳でもないのに意図もせず自分の肩が跳ねたのが分った。
「…………え、っ」
泣き出す前のフレイキーのような、境遇を話すフリッピーのような、それでいてそのどちらとも違うようなその顔。
「……やっぱり、怪我」
何故か今すぐに何かを言いたいと思って、しかしそんなあやふやな気持ちを表す言葉はオレの中には無く、ただぽかんと開いた口からは先の繰り返しの台詞しか出ずに途中で閉じた。ハンディは予想通り首を振るけれど、しかしその顔は怪我をした時の痛みを感じるそれに似ていた。
そんな、顔は知らない。
見上げるオレを見て、大工はハッとしたように苦笑を貼り付け直す。
「いや、俺はこれでも、一人で大工としてやってけてる」
肩を竦めるその視線は何となく自身の包帯に向いていた。肘程の長さで途切れた両腕を覆う白い布。
「……まあ説得力はないだろうけど、イチにまでそんなこと言わせて情けないな」
オレの言葉は、言ってはいけない事だったのだろうか。
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