成就
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それは、あっけなく消えてしまった。
伸ばした手は到底届く筈がなく、跡形も無く、まるでこの空間から切り取られたかのように、最初からなかったかのように、私の、目の前で。
「……あ……ぅ」
途端に体から何かが剥がれていくような奇妙な感じが全身を這いずった。
きっとそれは、世界と私との間の緩衝材、あの子が言ったところの『クッション』、本当の意味での異物がようやく出て行った証拠。
「ば、かじゃないの」
聞かせる相手はいないのに惰性で口をついた文句と、同時に力が抜けてぺたりと地面にへたり込む。
馬鹿じゃないの。いいや馬鹿だ。馬鹿にも程がある。
この望みを、願いを、叶えないでいてくれる と思った。
別れた時に私を見た医者の表情に。あの双子が一瞬で自分とあの子の違いを看破した時に。腹立たしい殺人鬼のあの子への関心を知った時に。あの子が、過ごすこれまでを見ていて。
きっとそれらは捨てられない。
私に正しく罰をくれる。
そう思ったのに。
あの子はそれらを抱えたままで私への赦しと救いを打ち立てて見せた。
次から次に涙が溢れて止まらなかった。母さんと父さんが居なくなって、それからは泣くことなんて、これまで無かったのに。
だって、つらい時には、やりきれない時には、いつも壱が代わりに泣いてくれたから。その壱と会えなくなってからは涙を流す理由すら消え失せた。
その筈だった。
光の中に埋もれて行く、自分と同じ顔とはとても思えない、ヘタクソな笑顔。
それでも「おねえちゃん」と呼ぶ声が、とても昔から知っていたように思えた。あれは私が、壱を呼ぶ時と同じ声。
悲しいわけではない。悲しいとか、そんな感傷に浸る義務は私にはない。権利もない。それは多分もっと、別の人たちのためにあるんだろう。私に残るのはただ虚無感と言い様のない苛立ちだけだ。
ぼやけて滲む景色は、さっきまでが嘘のように再び静まり返っている。
動くものはひとつもなく、どこか余所余所しい、写真の中に入り込んだような、そんな風景はひどく、……私の神経を嬲った。
…………最初からなかったみたいに?
ふざけるな。
馬鹿にするな。
「……早くしてよ」
涙が止まった。
押し出した呟きは無意識に低い。
高圧的な態度は今更変わらない。知らず好戦的になる言葉も、つい嘲る様に繕う表情も最早習性に近い。
それでも、あの子は私の味方なのだという。
本当に、狂ってるんじゃないかとさえ思う。
綺麗にこの世から、あの世から消失したくせに。どうやって私の味方なんてしてくれるつもりなの。
「転生させてくれるんでしょ?私は生まれ変われるんでしょ?できないなんて、言わせない」
呪い でもかけたつもりなのだろうか。だとしたらその呪い は間違いなく私に効いていた。
悔しいけど、認めてあげてもいい。独りじゃなくなったことは、私にとって強力な護符だ。
ざわり、と、挑発に答えるように葉が擦れる音がした。
それに気をとられ、ふと気付いたときには、目の前にたった今まで無かった筈の一本の道がある。
「…………」
私はあの子の目を介して知っている。
振り返れば、もう一つ別の道があることを。そしてそれが、……あの街に通じていることも。
例えば今から引き返して、この異空間を抜け出して街に降りたら。
そしたらきっと、これまでと何も変わらないのだろう。
煽る様に重ねて頭上の葉が鳴った。
それでも、私は、
「舐めるな」
目の前だけを見つめることに集中した。
道を辿っていけば今度こそ本当に私の中の『思い出』は淘汰されてしまう。私の魂は洗われて、そして生まれ変わるのだろう。
……壱のことを忘れてしまう。
その恐怖に、私は一度屈した。それが結果としてあの子を生んだ。
今だって、本当は怖い。少しでも油断すれば、震えて膝から崩れ落ちそうだ。
壱が。一緒に生まれて一緒に過ごして一緒に戦って命を賭しても護りたかった壱が私の中から消える。
想像するだけで、ひゅ、と喉がなった。
でも、
「……わたしはもう、負けない!」
竦みそうな両足を叱咤して、世界に向かって宣戦する。
もう、繰り返さない。
どっかの馬鹿が勝手に決めて勝手に消えて、──その存在を懸けて見事に造り出してみせた活路を逃さない。これは私のプライドの問題。
最初から居なかったことになんかさせるか。
正直、あの子の中の私は少し美化されすぎているような気がしなくもない。しかも人の事を断りもなく誇るとか。さらに言い逃げだ。
今更訂正のしようもない。
でもそれなら、──私の方が変わればいいだけの話だ。
私は最初の一歩を踏み出した。
背中を冷や汗が伝う。喉が震える。意識が眩みそうになる。
それでも、それでも私は足を止めない。
あの子はもう忘れないと言った。ならば私が忘れてももう大丈夫だ。それに私は壱を忘れるために歩くんじゃない。壱に、会いに行くために歩くのだ。
ふと、結局のところ、どれくらいの魂が、どれくらいの『私』があの子の元になっていたのだろうかと、そんな疑問が鎌首を擡げる。
……性格と態度を対比して鑑みるに、ものすごく小量な気がする。多分なくなっても気づかないくらいじゃないの?創造主として、それもどうなんだろうと思わなくもない……。
「……でも、まあ、それもいいか」
だってあの子は、私のことを母ではなく『姉』と呼んだのだから。
歩みを進めるたびに、周りの景色は少しずつ変化していく。
どれくらい歩いたのか、気にならない理由はない。
それでも私は振り返らなかった。
そんな暇があるのなら、少しでも早くと足を動かす。
大切な人に会うために。
そして、妹との約束を守るために。
顔をあげて前を睨んで。
私は只管歩き続けた。
それからはもう、終着点まで止まらずに。
→
それは、あっけなく消えてしまった。
伸ばした手は到底届く筈がなく、跡形も無く、まるでこの空間から切り取られたかのように、最初からなかったかのように、私の、目の前で。
「……あ……ぅ」
途端に体から何かが剥がれていくような奇妙な感じが全身を這いずった。
きっとそれは、世界と私との間の緩衝材、あの子が言ったところの『クッション』、本当の意味での異物がようやく出て行った証拠。
「ば、かじゃないの」
聞かせる相手はいないのに惰性で口をついた文句と、同時に力が抜けてぺたりと地面にへたり込む。
馬鹿じゃないの。いいや馬鹿だ。馬鹿にも程がある。
この望みを、願いを、
別れた時に私を見た医者の表情に。あの双子が一瞬で自分とあの子の違いを看破した時に。腹立たしい殺人鬼のあの子への関心を知った時に。あの子が、過ごすこれまでを見ていて。
きっとそれらは捨てられない。
私に正しく罰をくれる。
そう思ったのに。
あの子はそれらを抱えたままで私への赦しと救いを打ち立てて見せた。
次から次に涙が溢れて止まらなかった。母さんと父さんが居なくなって、それからは泣くことなんて、これまで無かったのに。
だって、つらい時には、やりきれない時には、いつも壱が代わりに泣いてくれたから。その壱と会えなくなってからは涙を流す理由すら消え失せた。
その筈だった。
光の中に埋もれて行く、自分と同じ顔とはとても思えない、ヘタクソな笑顔。
それでも「おねえちゃん」と呼ぶ声が、とても昔から知っていたように思えた。あれは私が、壱を呼ぶ時と同じ声。
悲しいわけではない。悲しいとか、そんな感傷に浸る義務は私にはない。権利もない。それは多分もっと、別の人たちのためにあるんだろう。私に残るのはただ虚無感と言い様のない苛立ちだけだ。
ぼやけて滲む景色は、さっきまでが嘘のように再び静まり返っている。
動くものはひとつもなく、どこか余所余所しい、写真の中に入り込んだような、そんな風景はひどく、……私の神経を嬲った。
…………最初からなかったみたいに?
ふざけるな。
馬鹿にするな。
「……早くしてよ」
涙が止まった。
押し出した呟きは無意識に低い。
高圧的な態度は今更変わらない。知らず好戦的になる言葉も、つい嘲る様に繕う表情も最早習性に近い。
それでも、あの子は私の味方なのだという。
本当に、狂ってるんじゃないかとさえ思う。
綺麗にこの世から、あの世から消失したくせに。どうやって私の味方なんてしてくれるつもりなの。
「転生させてくれるんでしょ?私は生まれ変われるんでしょ?できないなんて、言わせない」
悔しいけど、認めてあげてもいい。独りじゃなくなったことは、私にとって強力な護符だ。
ざわり、と、挑発に答えるように葉が擦れる音がした。
それに気をとられ、ふと気付いたときには、目の前にたった今まで無かった筈の一本の道がある。
「…………」
私はあの子の目を介して知っている。
振り返れば、もう一つ別の道があることを。そしてそれが、……あの街に通じていることも。
例えば今から引き返して、この異空間を抜け出して街に降りたら。
そしたらきっと、これまでと何も変わらないのだろう。
煽る様に重ねて頭上の葉が鳴った。
それでも、私は、
「舐めるな」
目の前だけを見つめることに集中した。
道を辿っていけば今度こそ本当に私の中の『思い出』は淘汰されてしまう。私の魂は洗われて、そして生まれ変わるのだろう。
……壱のことを忘れてしまう。
その恐怖に、私は一度屈した。それが結果としてあの子を生んだ。
今だって、本当は怖い。少しでも油断すれば、震えて膝から崩れ落ちそうだ。
壱が。一緒に生まれて一緒に過ごして一緒に戦って命を賭しても護りたかった壱が私の中から消える。
想像するだけで、ひゅ、と喉がなった。
でも、
「……わたしはもう、負けない!」
竦みそうな両足を叱咤して、世界に向かって宣戦する。
もう、繰り返さない。
どっかの馬鹿が勝手に決めて勝手に消えて、──その存在を懸けて見事に造り出してみせた活路を逃さない。これは私のプライドの問題。
最初から居なかったことになんかさせるか。
正直、あの子の中の私は少し美化されすぎているような気がしなくもない。しかも人の事を断りもなく誇るとか。さらに言い逃げだ。
今更訂正のしようもない。
でもそれなら、──私の方が変わればいいだけの話だ。
私は最初の一歩を踏み出した。
背中を冷や汗が伝う。喉が震える。意識が眩みそうになる。
それでも、それでも私は足を止めない。
あの子はもう忘れないと言った。ならば私が忘れてももう大丈夫だ。それに私は壱を忘れるために歩くんじゃない。壱に、会いに行くために歩くのだ。
ふと、結局のところ、どれくらいの魂が、どれくらいの『私』があの子の元になっていたのだろうかと、そんな疑問が鎌首を擡げる。
……性格と態度を対比して鑑みるに、ものすごく小量な気がする。多分なくなっても気づかないくらいじゃないの?創造主として、それもどうなんだろうと思わなくもない……。
「……でも、まあ、それもいいか」
だってあの子は、私のことを母ではなく『姉』と呼んだのだから。
歩みを進めるたびに、周りの景色は少しずつ変化していく。
どれくらい歩いたのか、気にならない理由はない。
それでも私は振り返らなかった。
そんな暇があるのなら、少しでも早くと足を動かす。
大切な人に会うために。
そして、妹との約束を守るために。
顔をあげて前を睨んで。
私は只管歩き続けた。
それからはもう、終着点まで止まらずに。
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