10 その時は、聞いてね?
name change .
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
スタッフさんやキャストさんの
好奇の目に耐えながら、
なんとかドラマの撮影を終わらせ、
あたしはヒナちゃんについて
他局の∞の楽屋にお邪魔することになった。
「…本当に、よかったの?」
『あぁ、かまへんかまへんっ
今日はレギュラー番組の収録やから、
そないピリピリしてるわけでもなし、
…
早い方がええやろ…(笑)』
「…っ(苦笑)」
あの人につけられた裏切り者の烙印を隠すように
ブラウスの襟元に手を当てると、
ヒナちゃんが自分のつけてたネクタイを取って
あたしに貸してくれた。
『使い。その服やったらそない変やないやろ?』
「…ありがとう。」
怖い…っ
当たり前なんだけど、拒絶されたらって思うと…
『…大丈夫。』
かすかに震えていたあたしの手を握り、
前を向いたままそう言ったヒナちゃん。
その手をしっかりと握り返し、
深呼吸をして、息を整える。
やがて車は局に着き、
∞の楽屋まで歩く。
道中、ヒナちゃんはずっと手を握っててくれて、
それだけで、不思議とさっきまでの
恐怖心が抜けていくのを感じた。
ドアの前まで来て、
中からは楽しそうな話し声と…
ギターの、音…
これ…
『………“レイニーブルース”?…』
ふいに、ヒナちゃんがつぶやいた。
「…ひなちゃん、これ…?」
『……ぁあ、俺らのシングル。
曲名は“大阪レイニーブルース”って、ゆーねん。』
そう言ったヒナちゃんの顔は、
心なしか曇って見えた。
なぜだろう、泣いているように聞こえるのは、
弾いているのは、誰?
ヒナちゃんがドアを開けて、
あたしたちは楽屋に入っていく。
この直後、まさかあんなに後悔の念に襲われるなんて、
やっぱり、狂い始めた歯車は、
もう元には戻せないの…?
ーガチャッ
『…ちっすー』
丸[あ、信ちゃん、おつかれさまでーす!]
昴[おぅ、ヒナ!先狩っとるぞ!]
話し声の主たちが一斉にこちらを向く。
安[…あれ?ちいちゃん!ひさしぶりー♪]
章ちゃんの声で、
奥でギターを弾いてた人の手が止まり、
こちらをゆっくり振り向く。
「……ひさしぶり。」
目があって、静かに微笑んで言った。
錦[……ちい…?]
目を丸くして、その人はこっちを見てる。
ねえ、どうして泣いてたの?
どうして、そんな真っ暗な目をしているの…?
まるで、なんの光も映していないような…
あたしがその答えを知ったのは、そのすぐ後、
どんなに自分が甘かったのかを思い知らされる。
丸[あ、ちいちゃーんっどーしたん?]
忠[丸ちゃん♪野暮なこと言いなやぁっ(笑)]
横[そやっどっくんに会いにきたに決まってるやんな~?(笑)]
昴[ちゃうやろ!おっちゃんに会いに来たんやんな~?♪]ギュ
『抱きつくなっ(呆)』バシッ
「っあは、すばるくんてば…(笑)」
横[(…なあ!なんやちいの様子おかしない?!)]
丸[(たしかにっ、いつもなら亮ちゃんに飛びつくのに…)]
忠[(すばるくんのセクハラにも反応悪いしっ)]
安[………っ]
『…そや、ちょっと、亮借りてええか?』
錦[…っ!]
横[は?ヒナが?ちいじゃなくて?]
昴[じゃあちいはおっちゃんとあっちで…]
『ちいもじゃあほ!』バシッ
忠[すばるくん、あんまりセクハラしたら
亮ちゃんが切れますよ~(笑)]
丸[ほんまやっ亮ちゃーん!ハニーの危機やで~っ(笑)]
安[………。]
さっきから、なんだろう?
章ちゃんが一言もしゃべらないで
神妙な顔してるような…
錦[……っは、(笑)]
しばらくの沈黙の後、
亮の乾いた笑い声が楽屋の静寂を切り裂いた。
丸[…りょ、亮ちゃん?(笑)]
錦[村上くん、別に場所変えるほどのことでもないやろ?(笑)
ちい、俺になんかゆーことでもあるん?]
亮が、見たこともないくらい冷たい目でこっちを見てる…
当然だ、あたしが悪い…
『っ亮!こいつは…』
「っヒナちゃん! …いい。
亮?じゃあ、ここで話すよ。」
みんなが見てる。
「…昨日のこと、謝りたくて…」
錦[…なにについて?]
どうして、そんな試すようなこと言うの…?
「…まず、約束、破ってごめんなさい。
連絡も、入れずに…」
錦[それで?]
亮は一ミリも表情を変えず、
冷やかにあたしを見下ろす…
「…それで…っ」
思わず、言葉に詰まる…
錦[…言いたいこと、そんなけなんや?]
ちがうっ
もっと、いわなきゃいけないこと、あるのに…っ
言葉が見つからない…
どういっても、言い訳にしかならないような気がして…
『…亮、ええ加減にしろ。』
錦[っ村上くんは黙って!]
『っ亮!!』
ヒナちゃん…っ
ヒナちゃんの言葉に一瞬ひるんだ亮は、
おもむろに、机の上に置いてあった
雑誌を手に取り、あたしの足元に投げ捨てる。
錦[…言いたいことってさ、それの報告?(笑)]
開かれたページの見出しは…
【超人気俳優隼人(24)熱愛?!お相手は新人女優(19)!!】
あたしの…こと…
なんで…?!
いくらなんでも、記事になるには早すぎる…っ
錦[…超人気俳優の彼氏できましたーって、
元彼にわざわざ言いに来てくれたんや?(笑)]
「っ亮、違うの…っ」
反射的に亮の方を振り向くと、
亮はもうあたしのすぐそばまで来ていた。
錦[…なにが違うねん?…っ]
ーッビリ!
「っきゃあ!!」
そういうと、亮はあたしのブラウスに手をかけ、
ヒナちゃんに借りていたタイごと
ボタンを引き裂いた。
安[っ亮!!…ぇ…?(汗)]
はだけた胸元から、
露わになる、あの人につけられた裏切り者の烙印…
錦[…ははっ、予想以上(笑)
あの記事やっぱガチやったんやな…
なあ?昨日は何回抱かれたん?…淫乱女。]
あたしの目の前、ギリギリまで顔を近づけて、
息がかかるくらいの距離。
相変わらず、あたしを軽蔑するような
冷たい目で言い放つ。
…返す言葉が見つからない。
『…ええ加減にしろいうてるやろ。
切れんのはこいつの話聞いたってからでもええはずや。』
呆然として立ちつくいていると、
ヒナちゃんがあたしと亮の間に割って入った。
他の人は、記事を読んでたり
おろおろしながらあたしたちを見つめてる。
亮を止めようと前に出た章ちゃんは、
あたしの肌を見ると、
顔をしかめて立ち尽くしていた…
錦[…なにを話すねん、なあ。
こんなに明確な証拠があって、
こんなに具体的に書かれた記事があって…
おまけに、なんやこのメール…?
できるもんなら言い訳してくれよ…っなあ!]
そういって亮が開いたケータイのディスプレイには、
あたしが送った白々しい浮気女のメール。
『っせやから!こいつの行動には
ちゃんとした理由が…っ』
「っヒナちゃん!!
ありがと。
でも、いいよ。
…亮、その記事に、嘘はないよ…」
錦[…言われんでも知ってるわ。]
「あたし、亮があの場所にいたなんて知らなかったから、
そんなメール送っちゃって、
惑わせて、本当にごめんなさい…っ」
顔を見ることができなくて、
ごまかすように頭を下げた。
しばらく、誰も言葉を発せず、
沈黙のなか…
ひとつ、ため息を落としてから
錦[俺ら、もう別れよ…?]
消えてしまいそうなほど細い声で、亮が言った。
…当然の、報い…
「…っい、ままで、ありが、とう…っ(笑)」
涙を見せないように、精一杯笑って、
走って楽屋を飛び出した。
『っちい…っ!』
ーガッ
安[…俺が。
信ちゃん、亮頼むわ。]
ータッタッタッタッタ…
しばらく走って、人通りの少ない
廊下のソファに腰かけた。
「…っ泣いちゃ…だめだってばぁ…っ」
わかってたのに、心のどこかで
甘い現実を期待して…
本当、ばーか…
安[…っはぁ、はぁ、
みっけ(笑)]
振り向くと、
息を切らした章ちゃんがいた。
「っ章ちゃん?!なん…っ」
章ちゃんは近寄ると、
指であたしのほほに伝う涙をぬぐって、
ふわっと笑い、あたしと背中合わせになるように
ソファに腰かけた。
章ちゃんのぬくもりが、背中に広がる…
安[…無理しすぎやで。]
章ちゃんのちょっと高めの声が、
慰めるでも、問いただすでもなく、
目をつぶって、そっと寄り添ってくれるような
優しい言葉が、
痛いくらいに心を揺らす。
「…っ章、ちゃん…あ、たし…っ」
安[ん、大丈夫。
ちいちゃんはええ子やで?
俺、わかっとるよ…]
そういって、背中越しに、
頭こつんって合わして、
鼻歌を歌ってる章ちゃん。
今はこの距離感が、あたしの心を癒してくれる…
安[いっこだけ、聞いてもいい?]
「……なんこでも、聞い、て…」
安[っふは(笑)…あんさ、
隼人くんとは、本気で?]
話して、しまおうか…
でも…
“本当に?”と問われれば、
これからのことを考えると、
おそらく“違う”といえば嘘になる…
でも、“本気で?”…?
「……っち、がう…よ…」
ちがう…
あたしが好きなのは、亮だもん…っ
安[…了解(笑)]
そして、また鼻歌を歌いだす章ちゃん。
「…それだけ?」
安[…だいたいは、察しつくからなぁ…。
話したいなら、聞くけど?]
「………。」フルフル
安[ん、了解(笑)]
静かに首を振るあたしに、
ずっと寄り添ってくれる…
話したくないとかじゃなく…
思い出したくない…っ
でもいつか、話したくなるかもしれない、
その時は、聞いてね?章ちゃん…
…そういえば、
「…章、ちゃん?
あたしも…ひとつだけ…」
安[ん、なんこでもどーそ?(笑)]
「…章ちゃんたちの、
“大阪レイニーブルース”って、どんな歌?」
安[“レイニーブルース”?
えらい古い歌もってきたなあ(笑)
んー、まぁ解釈は人それぞれやけど俺的にはー、
死んで遠い空に行ってもーた
彼女がずっと忘れられへんってゆー
男目線の切ないラブソング…や、失恋ソングかなっ
なんで急に“レイニーブルース”?(笑)]
「…死ん、じゃったの?」
安[ま、死んでもーたってゆーんは一種の捉え方やけどな?
遠い空に行ってもーたってことやから、
単純に別れたって意味にもとれるし、
外国に行ってもーたとか…まあ
すぐには会えん距離に行ってもーて、
別れなあかんくなってしまって、
でも俺はいまだにあなたを忘れられてない。
だからその悲しみに~って、
あ、なんやったらアカペラで歌えるで?w]
「………。」
安[…そーゆーこととちゃう、か。(苦笑)]
「…歌って?」
そういうと、少し間をおいてから、
章ちゃんの少し高めの綺麗な声が
メロディーにのってあたしの中を奏でる。
〝かえられへん 戻られへん
あのころの二人に
あれほどオマエ愛してた
大阪レイニーブルース
忘れられへん 離れられへん
アイツのぬくもり
壊れそうだよ悲しみに
大阪レイニーブルース〟
章ちゃんの奏でる優しい旋律を聞きながら、
楽屋前で聞こえたあのギターの音色を思い出し、
あたしの目からは、自然と、
止まったはずの涙がこぼれていた。
亮、困らせてごめんね、
傷つけて、ごめんね?
亮…
ねえ、どうして?
どうしてこんなことになっちゃうんだろう?
ただ、幸せになりたい
それだけなのに…