14 I threw away the love .
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病院に着くと、もう7時になる直前。
ナースステーションを突っ切って、章大の病室の前まで走った。
錦[…来んかと思たわ(笑)]
「っりょ、うちゃん…っ?(汗)」
章大の病室の前には、
ポケットに手を突っ込んでドアに寄りかかる亮ちゃんの姿。
走って汗のにじんだあたしの額を
持ってたタオルで拭って、
あたしの肩にポンッと手を置き、
薄暗い長い廊下に消えていく。
“エントランスにおるから。”
すれ違いざまにそう言い残して。
…深く深呼吸して、病室のドアを開ける。
ー…ガラッ
『…誰?』
部屋が薄暗いせいか、
窓の外で輝く月の逆光のせいか、
章大からあたしの姿ははっきりと見えていないみたいだった。
「………あたし。」
わかるわけないと思いながらも、
気づいてほしい思いを隠し切れずに、
歯切れの悪い返事を返す。
『妃愛?』
「っ、!?(汗)」
一番にその名を呼んだ章大に、
思わず涙が溢れそうになる。
「……あ、ちい…っ」
涙をこらえて、
なるべく声が震えないように、小さく答える。
『……ちい…?
っああ!亮のっ(笑)
どしたん?ってか、ごめん、
顔よぉ見えんから、もぉちょい寄ってもらえる?(汗)』
「…っあ、や、
すぐ、帰るから、ここで…っ(笑)」
せっかくベッドのわきに
椅子を出してくれた章大には悪いけど、
そこに行くことはできない。
この暗闇だけが、
あふれてしまった涙を隠すせめてもの仮面だから…
『そ?
ああ、面会時間かぁ。
せっかく来てくれたのに悪いなぁ(汗)』
こんな時間に押しかけたのはあたしなのに、
やっぱり章大は、
“亮の彼女”のあたしにも優しいんだね…
「…大変、だったね…事故…っ
体、もう平気なの?」
『ん?ああそっか、俺事故ったんやなぁ(笑)
体はもうほんっま、事故ったとか嘘やろってくらい
元気なんやけどなぁ!』
「みたいだね(笑)
…その、
記憶…は…?(汗)」
『…医者がゆうには、
俺、一番大事な人のこと
忘れてもーてるらしいねん…
でも、メンバーのことも家族のことも、
自分のことも覚えてるのに、
…それ以上に大事な人って…(汗)』
そう話す章大は、すごく難しい顔してた。
そっか、章大にとってあたしは、
その中の誰よりも、大切な存在だったんだ?
「……恋人……とか?」
『それな!
妃愛がそうらしいねんけど…
なんか、俺が忘れてるからなんかもしれんけど、
…違和感ってゆーか、よくわからんくって…
って、こんなん妃愛に悪いよな(苦笑)
今の、ちいちゃんと俺だけの秘密なっ(笑)』
「……うん(苦笑)」
『こんなんメンバーにも言えんかったのに、
なんでかちいちゃんにゆーてもーたっ。
なんか、ちいちゃんって親近感沸くんよな(笑)
あ、変な意味ちゃうで?!(汗)』
「…わかってるよ(笑)」
知らないでしょ?
“親近感”
“二人の秘密”
そんな、章大にとったら何気ないワードが、
あたしにとってどんなにうれしくて切ないか…
なにも、知らないんでしょ?
『…なあ、変なこと聞くんやけど、
ちいちゃんって、
俺のなんやったん?(汗)』
ためらいがちにそう聞く章大を抱きしめたかった。
ねえ、もしあたしが先に
目が覚めた章大に会ってたら、
あたしは今も章大の隣で笑ってた?
「………。」
『あっごめんな?
なんか、ちいちゃんって
初めましてな気がせんくて…(汗)
亮の彼女さんやねやったら、
紹介とかされてたんかなって…っ』
何も答えないあたしを見て、
気分を悪くしたと思ったのか、
章大のしゃべるペースが速まる。
違うよ。
怒ってなんかない。
ただ、
涙が邪魔して、声が出せないの…っ
お願いだからそれ以上、
あたしを他の人の彼女だと言わないで…っ
『…なんか、ほんまにごめん(汗)
あかん、俺いま、妃愛にもちいちゃんにも、
亮にも悪いことしてる…っ
俺、最低や…っ』
パニくってるのか、
よくわからないことを呟く章大。
「だまっちゃってごめん(笑)
別に、怒ってないよ!
そ、あたしは亮の彼女として
事故の前に章ちゃんに会ってたんだよ?
…忘れちゃっても仕方ないよ、
一回しか会ったことないんだし(笑)」
『あ、そうなん?
でも悪いわ~(汗)
もう忘れんから!ごめんな?!』
「…気にしないで(苦笑)」
ちゃんと、笑えてる?
ごめん、ヒナちゃん…
あたしやっぱり、無理みたい。
章大の口から、亮ちゃんの彼女だって言われたら、
何にも言えないよ…
章大、もう、忘れていいんだよ?
皮肉を言うつもりじゃないけど、
一番大切なことを忘れた今、もう、
覚えておいてほしいことなんてなにもないから…
むしろ、他の人の女のあたしを、
新しい記憶にとどめないでほしい…
「…そろそろ、面会終わりかな…」
いっそ早く、立ち去りたかった。
みっともない、不戦敗。
『っ、また!…来てや。』
ドアに手をかけた時、背中越しに聞こえたその声に、
思わず
足が止まった。
『…病院、ひまやねん(笑)』
振り返ると、さみしげな笑みを浮かべる章大。
もう、抱きしめることはできないと思うと、
止まったはずの涙が、あふれてくるのを感じた。
「…心当たりはないと思うから、
聞き流してくれていいんだけど…っ」
せきを切ったように溢れ出す、
どうしても、どうしても、
伝えたかったこの言葉。
これさえ伝えられたら、
潔く終われると思ってたこの言葉…
『…?』
「ねぇ、章ちゃん?
あたし、あなたに逢えて…」
≪面会時間終了でーす!≫
「…っあ…」
≪恐れ入ります、面会時間が終了しましたので、
速やかに退室願います。≫
「…はい。」
巡回に来た看護師さんに促されて、病室を出る。
最後まで、かっこつかないなぁ…(苦笑)
章大は不思議そうな目でこっちを見つめながら、
閉まるドアを、ずっと眺めてた。
…伝え、られなかった…
錦[…遅かったやん(笑)]
自分が涙を流しているのも忘れて
エントランスに向かうと、
立っていたのは、来た時に見たのと同じ姿で
ソファの横の壁に寄りかかる亮ちゃん。
「あ、ご、めんね…(苦笑)」
そういえば、待ってくれてるの忘れてた…
苦笑いを浮かべるあたしを自分の胸に吸い寄せて、
亮ちゃんの大きな手が、あたしの頭と背中を包み込む。
錦[…無理せんで、ええと思うねん。]
「…え?」
頭の上から響く、思いがけない優しい言葉に、
おもわず耳を疑った。
錦[俺な、さっき村上くんに頼まれてここ来てん。
“ちいが来るから、
俺行けんから側におったって”って。
村上くんに、ちいになんてゆーたんか聞いてんけど、
自分じゃないやつに向いてるやつ相手に戦うって、
相当きついねんで?
…しかも、状況が状況やし…っ
やから、村上くんには悪いけど、俺は、
無理して戦う必要はないと思う…]
亮ちゃんの言葉は、
不戦敗の道に逃げてしまったあたしの心を洗い流すには、
十分すぎるほど優しくて、暖かかった。
あたしはその優しさにすがるように、
亮ちゃんの背中に腕を回して、その大きな胸に顔を埋めた。
錦[…ちい、大丈夫。
お前のことは、俺が支えるから…]
あたしはこの瞬間、自ら愛を手放したんだ。
早くこの重々しい世界から抜け出したくて、
すべてから目を閉じ、耳をふさぎ、
亮ちゃんを利用して、
一人、楽になる道を選んだ。
許してもらえるなんて思わない。
あたしはもう、愛なんて求めない…