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A3体調不良ネタまとめ


ピピ、ピピ、
睡眠を妨げるその音がアラームであることを認識するまでに、少々時間を要した。針が示すのは最後に時計を見た時から3時間ほど進んだ時刻。アラームを止めて重い体を無理矢理起こせば目の奥がツキンと痛み、一つ大きなため息を溢した。ここ数日間、計画の組み方をしくじって慌ててやる羽目になってしまったレポートに追われていた。適当でいいかと一瞬思ったもののやはりそういうわけにはいかなくて、時間が無い中でもそれなりのクオリティを求めてしまった。それが昨日、いや、正確に言えば提出期限である今日の、それも今からたった3時間ほど前になんとか仕上がった。これでやっと徹夜から解放される。今日は午前の授業を受けてレポートを提出するだけでいい。眠気も頭痛も、午前中だけ我慢すればいいと思えば、そう苦痛には思えなかった。

ある程度身支度を整えて台所に向かえば、伏見さんの背中が見えた。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
いつも通りの笑顔を見せた伏見さんは、俺から顔を背けて一つ小さく咳払いをした。
「伏見さん、喉大丈夫っすか?」 
「ん?ああ、ちょっと部屋が乾燥してたからかもな。大丈夫だ。ありがとう。」
「ならいいっすけど…」
「それより、綴のほうこそ、ちょっと顔色悪そうだな。今日は早く寝られそうなのか?」
「っす。なんとかレポートは終わったんで。」
「そうか。ならよかった。」

そんな話をしているうちに、わらわらと団員たちが集まってきた。朝から元気いっぱいな人もいれば、万里とか至さんとか、いかにも寝不足そうな人もいる。ここでの暮らしにすっかり慣れた今となっては当たり前の、賑やかな朝だ。

朝食を食べ終えると、そろそろ出発しなければいけない時間になっていた。

咲也と、咲也に引き摺られるように出ていった真澄を見送って、自分も靴を履く。
けほ、けほ、と小さな咳が聞こえて振り返れば、中学生や高校生が出ていくのを見守っていた伏見さんの姿。やっぱり、喉の調子はよくないみたいだ。
「いってきます。喉、大事にしてくださいね。」
「ああ、悪い。そうだな。いってらっしゃい。」
先程よりもどことなく覇気を失ったように聞こえる彼の声を気がかりに思いながらも、俺は大学への道を急いだ。


レポートの提出も、受けるべき講義も終えてキャンパスを出た。
帰ったら寝れる!!…………などと思う元気はとうに失い、今は朝よりも酷くなった頭痛と、それから、最後の講義の途中から感じ始めた吐き気のような感覚に苦しめられていた。一歩一歩が小さくて仕方ないような、寮への道が長くて仕方ないような。俺はまっすぐ歩けているだろうか。とんでもない情けない姿を晒しているような気さえするが、そんなことに構う余裕もなくふらふらと歩き続けた。

やっとのことで辿り着いた玄関。ベッドが恋しくて恋しくて。なんとか力を振り絞り、脱いだ靴を雑に整えてから部屋に向かう。その途中、誰かの苦しげな咳が聞こえてきた。げほ、ごほ、と続く咳。なんだか放っておくわけにもいかない気がして耳を頼りにその主を探した。回っていなかった頭に、ふっと今朝の光景がよぎった。

洗面所で見つけたのは伏見さんの丸まった背中。一度落ち着いた咳はまたすぐに始まり、乾燥機から洗濯物を取り出す伏見さんの手もまたすぐ口を覆う。
「伏見さん!」
駆け寄って背中をさすれば、服越しにじんわりと高い体温が感じられた。熱まで出てしまっているようだ。それなのに伏見さんは洗濯物に手を伸ばそうとしている。
「無理しなくていいっすから、俺がやりますから!」
「無理、じゃないから、だいじょ……っ、ごほ、げほっ」
「熱あるんすよ!?休んでください!!」
「綴、いいから…げほっ、お前だって寝たいだろ、終わったら俺もすぐ、休むから、な……?げほ、ごほっ」
「いや、でも……」
なかなか折れてくれない伏見さんに、どうしたものかと頭を悩ませていた時。パタパタと軽やかな足音が近づいてきた。それもかなりの速度で。
「あれ〜?つづる、おみ、どうしたの??」
「斑鳩さん!」
「おみ、咳してる〜。かぜ?」
「そうみたいっす…けっこう熱もありそうで……あ、そうだ、斑鳩さん、伏見さんの部屋まで付き添ってあげてくれませんか?」
「おみの部屋まで?わかった!おみ、いくよ〜」
「いや、大丈夫だから、な?」
斑鳩さんは伏見さんの腕をぐいっと引いて立ち上がらせ、ズンズンと部屋に向かっていった。少々手荒な気がしないでもないが、あの頑なな伏見さんには丁度よいくらいかもしれない、と思うことにした。

途端に静かになった洗面所。ふっと膝から力が抜けた。まっすぐしゃがむ形となったため倒れこそしなかったものの、伏見さんのことでいっぱいいっぱいで忘れかけていた頭痛が、吐き気が、再び襲ってきた。寝たい、早く横になりたい。そう思えば思うほど、目の前に積み重なった洗濯物の山が高くなっていくように感じられる。俺がやります、なんて言ってしまったからにはやらないといけないのに、どうしても体を動かす気になれない。まばたきの途中、閉じた瞼が開こうとしてくれない。このまま、目を瞑っていたいと思った、その時。
「つづる。」
自分の体が宙に浮いた。
「!?」
「つづるも、元気じゃないでしょ。ムリしちゃダメ!!いくよ〜!しゅっぱ〜つ!」
意味がわからない。もう一度言おう。意味がわからない。突然現れた斑鳩さんに、いつの間にか担がれて、いつの間にか自室の目の前に運ばれ、あれよあれよという間にハシゴの上に促され、今現在俺は布団を被っている。意味がわからない。いや、意味がわからない。しかし人間の体というのは正直なもので、念願叶って横になれた俺の瞼は、一度閉じてから、再び開こうとはしなかった。意識がふわりふわりと離れていく。
頭に優しく手を乗せられた感覚がして
つづる、おやすみ、という声が最後に聴こえた気がした。





大した内容でもなかったような気がする、なんてことない夢から覚めて目を開く。寝起きのぼんやりとした思考がはっきりしていくにつれ、ぎゅっと締め付けられるような頭痛が強くなって思わずまた目を閉じた。
「………った」
「綴、起きた?頭痛い?」
「ん……」
声のする方向に顔を向け目を薄く開ければ、焦点の定まらない視界で、マゼンタ色の瞳が輝いた。
すっと伸びてきた手が俺の額の上に乗せられる。ひんやりとした感覚に、少しだけ痛みが治まった気がした。
「熱あるな、こりゃ。」
少し眉を下げながらそう言うスーツ姿の至さんはいつもの何倍も大人に見えた。
「最近ほとんど寝てなかったんでしょ。よく寝な。」
「っす……」
額に乗っていた手が移動して、髪をくしゃくしゃと撫でる。その掌はひんやりとしているのに、妙に優しくて、なんだかあたたかくて。離れてしまうのが惜しかった。
「体温計とか薬とか色々持ってきてあげるからさ。寝てていいよ。目瞑ってるだけでもいいから。」
至さんはふわりと微笑んでハシゴを降りていく。

あ、そういえば
「あの、伏見さんは………」
「あ〜、臣なら今は左京さんが看てるよ。無理矢理部屋に戻したの綴なんだって?倒れてからじゃ遅かっただろうからって、左京さん感謝してたよ。」
「よかった……伏見さん、もうちょっと自分のこと大事にしてほしいっす。」

そこで、部屋がしんと静かになった。

「……………ねぇ、綴。」
先程よりもトーンの下がった至さんの声。なんだか少し、緊張した。

「それは綴も一緒でしょ。もっと自分のこと大事にして。」
「え……」
「辛い時は甘えな、ってこと。はい、じゃあおやすみ。」
そう言い捨てて至さんは部屋を出ていった。
辛い時は甘える……確かに自分にはその概念があまりないかもしれない。人を甘やかすのには長けているほうかもしれないが、自分が甘えるのはなかなか難しくて。

至さんが戻ってきたら、もう一回頭を撫でてくれやしないだろうか。そんなことを考えるうち、俺はまた深く眠っていた。

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