スペシャル・ホリデー
前編 その日、煤は時間を持て余していた。
ざっくり言うと、暇なのであった。
吐く息が白くなり、指先がかじかむ季節である。
そして、街を行く人々の浮かれ具合からして、イベント真っ最中でもある────今日はクリスマスであった。
先日、心が、雪でも降ったらホワイト何とやらだっけ、と言っていたのを思い出した。雨の降らないこの世界で生きている煤には、
それはさておき、本日は煙の意向により仕事は休みらしい。大してマトモな組織じゃないのに、ちゃんとイベント休暇があるって何なんだ。
休日だからといって、これといった用事も無い煤は、時間つぶしに街を見て回ることにした。
イベント期間中というのは、店にとっては書き入れ時である。様々な店が趣向を凝らした飾り付けをして客を呼び込む中、ある店先のショーウインドウの前でふと足を止めた煤は、曇のない大きなガラスの向こう側に華やかに飾られた
可愛い我が子へのとっておきのサプライズに。
愛する人への素敵な贈り物に。
大事な家族への感謝の気持ちとして。
そのような売り文句と共に並べられている、色とりどりのプレゼントを見て、あることを思いついた。
暇だった。
それなりに暇だったんだ。
だから、たまには柄じゃないことをしたって構わないだろ。
「あれ?煤さん、こんにちは。」
屋敷の一室、ノックをしたところドアを開けたのは藤田であった。返事をする代わりに、今日は帽子を被っていない短髪をくしゃくしゃと撫でる。こそばゆいのか少しだけ体を縮こませて、ふへ、と気の抜けた笑い声を上げてから煤に問う。
「今日は煤さんも休みなんですか?」
煤は頷いて、持ってきた紙袋を藤田に手渡した。両手で持つと少しだけ大きいサイズの、無地で黒色の袋である。
「え、っと。」
藤田が突然の来訪及び贈呈に目を白黒させていると、部屋の奥から文句が聞こえてきた。
「サムイ!」
ドアを開けている為に入り込む冷気についての文句であった。煤は丁度その声の主にも用事があったので、少し身を乗り出して室内に向かって手招きした────恵比寿が気付いて入口付近までやって来る。
「ナンカヨウカ。」
藤田を押しのけて(というよりは藤田が空気を読んで少し脇に避けてあげた)そのように言う恵比寿には、洋服屋でよく貰うような大きいサイズの紙袋を差し出した。藤田に渡したそれとは違い、袋の真ん中より少し上のあたりに、箔押しの洒落たロゴが入っている。
「ナンダ?」
恵比寿も首を傾げてそれを受け取った。
「どうしたんですか、コレ……?」
急にプレゼント(である可能性の高い紙袋)を渡された理由が分かっていないらしい藤田の問いかけへの回答を、メモ帳を取り出してざらざらと書きつけた。
いい子にしてただろうからプレゼントだ。
「…………え?」
メモ帳の一文を読んだ藤田は、ばっと顔を上げて煤の顔を見た。煤はメモ帳をポケットにしまうと、藤田が持っている紙袋を指先で軽く叩いて指し示す。
「え、あ、開けていいんですか?」
頷いてみせると、藤田は何故か微妙に緊張した面持ちになって、紙袋の中から包装紙に包まれた箱を取り出した。クリスマスらしく赤をベースに賑やかなキャラクターの描かれた包装紙は、絶妙に黒い無地の紙袋とミスマッチであったが。包装紙を破かないように開け口を留めているテープを剥がし(こういうところに性格が出る)、包装紙を取り去ると、またもや無地の黒い箱が現れた。何故包装紙だけクリスマスデザインにしてしまったのかは不明であるが、普段やり慣れていないようなことを急にやると、こうなる。少なくとも煤はそうだったらしい。
「……マスクだ!」
それは、普段藤田が身に付けている既製品のマスクと同じような形状で、僅かに暗い色合いの、赤いマスクであった。とは言っても藤田のマスクより明らかに素材の質は良さそうである。
本当はな、
藤田に走り書きを見せる。
どうせうっかり燃やしちまうから使わないし、俺のマスクでもやろうかと思ったが、悪魔にバレたらそれなりに叱られるだろ。
ページをめくり、さらに書き記す。
大したのじゃないが、まあ好きに使ってくれ。
当初はだいぶとんでもないプレゼントを計画していたことをさらっと報告してから、藤田の顔を見ると、案の定固まっていた。
「あ……の、煤さん、それ流石にまずいッス……。」
悪魔に作ってもらったマスクを他人に譲渡するなど前代未聞である。瞬時に色々と想像したらしい藤田はもはや引きつった半笑いをするしかなかったようだ。
煤は、だよな、と言う代わりに肩を竦めてみせた。
一方の恵比寿は煤と藤田のやり取りの間に、床に紙袋を置いて中身を見分していたらしい。恵比寿へのプレゼントは、ファー付きの黒いポンチョと、揃いのデザインの手袋である。少し短めの丈のポンチョは、恵比寿の小柄な体をちょうどよく覆っていた。
このプレゼントを選ぶのにはそれなりに紆余曲折あって、藤田はまだしも、恵比寿は年齢も離れていれば性別も違う為に、煤はどうしたものかと考えあぐねていたのだ。餅は餅屋、ショップの店員に『親戚の女の子に何を買ったら喜ぶか』という体で相談し、恵比寿が好みそうな物を選んだ……つもりである。が、乙女心ほど難解なものも無い。それもまた事実である。
「フカフカ。」
早速身に着けた恵比寿は首元のファーをもすもす触っている。
「よかったな、恵比寿。」
気を取り直してそのように声をかけた藤田だったが、恵比寿は自分の姿をまじまじと眺めてから言う。
「シュミジャナイ。」
どうやらあまりお気に召さなかったらしい。
「デモ、モラッテヤル。カンシャシロ。」
そう言いながらも言葉の端に滲み出る嬉しさをそこはかとなく感じ取った煤は、目を細めて恵比寿の小さな頭を軽く撫でた。本当は少し気に入ってくれたのかもしれない。
「お前なあ……。」
藤田は呆れたように呟いてから、あ、と思い出したように言った。先程のやり取りですっかり忘れていたらしい。
「あの、煤さん、ありがとうございます。大事にします。」
礼を述べる藤田に、律儀なやつ。と思った煤は、声に出さないまでも少し笑って、最後にもう一言走り書き。
雑に使え。日用品なんだから。
「雑に……って、コレ普通にいいヤツですよね!?無理です!!」
藤田は慌てたように言った。事実、そのマスクも、恵比寿に渡したポンチョに手袋も、それなりのブランド物だったのだが、それを煤が二人に言うはずもなく。とはいえ察しの良い藤田はすぐに気が付いたようだったが。
煤はメモ帳をしまうと、二人の頭にぽん、と手を置いてから、片手を軽く上げて別れの挨拶代わりとし、部屋を後にした。
「……恵比寿、お前、今日誕生日か?」
「チガウ。」
煤がドアを閉めてから少しして。
実を言うと、藤田も恵比寿も、何故煤が急にプレゼントを渡してきたのか未だにピンときていなかったのだが、恵比寿がまだ何か入っているのではないか、と紙袋を逆さまにして上下に振ったはずみで落ちてきた小さなメッセージカードに書かれていた文字列を見て、ようやくそこで気が付いたらしい。藤田が拾い上げたカードを、覗き込むようにして恵比寿も見た。藤田がカードを眺めながら呟く。
「今日、クリスマスだったの忘れてた……。」
だからあのラッピングだったんだ……と、まさかの柄物ラッピングを完全スルーしていた藤田であった。そして恵比寿は、
「ケーキタベタイ。」
クリスマスといったら何を差し置いてもケーキである。とりあえず要望を口にしてみたのだが、残念ながら藤田の財布の紐はそんなに緩くないのであった。
「…………先に言っとくけど、買わないからな。」
「ケチ!」
「高いんだよ、意外と……。」
人に何かやるのは、思ったより面白いな。
と、二人の居る部屋を後にした煤は、おおよそそのようなことを思っていた。
紙袋は、まだ残っている。
(続)