この恋心は砂糖漬け
《設定》
名前:旺(おう)
性別:男
能力:何でも食べる魔法使い
※主×藤(主→藤かもしれない)
初恋の味は何とやら、とは誰が言い出したものか。実際のところ本当に味がするのか■■■は半信半疑だった(物の例えだということを知らない男である)のだが、とりあえず現在進行形で身を持って体感している味は。
「甘い。」
目元から溢れるひとしずくさえ零すまいと口を寄せることにより限り無く埋められる距離の近さを耐え凌げるほど藤田は我慢強くないのであった。
「……ちょっ、もうやめろって……!」
明らかに隠し切れていない照れを大いに含んだ拒絶の声の効果はいかほどか。人によりそれは皆無とも言える。少なくとも■■■に効果は無かったようである。
「いいだろ。減るもんじゃないし。」
「減る!」
「何が。」
「か、体の水分が減る。」
生物学的な理由を提示された■■■は若干不服そうではあったが、そこまで言われればしょうがないとようやく顔を離した。
「あーっ、もう……。」
当初藤田は全くもって別の理由から泣いていたのだが、そこに偶然■■■が通りかかり、慰めるつもりだったのか横に腰を下ろしたのまでは良かった。後の顛末は先程の通りである。いつの間にやらあまりの照れによる涙にすり替わっていたので結果的に気が紛れることにはなったのだが。
泣く前よりもしかすると赤くなっているかもしれない頬を押さえている藤田の手を取り、まじまじと眺めて1つ。
「頬かじって良いか?」
「ダメ!!」
別に誰がどんな相手を好こうとそれは個人の勝手なので、全く気にするところではなかったのだが、いくら何でも人が通るような場所であからさまに距離を縮めるのは如何なものか、とたまたま通りすがりにその場面に遭遇した心は内心思っていた。やるなら人目に付かない所でやりなさい。
藤田と別れたのか、庭のベンチに腰掛けて雑誌を読んでいる心の近くへ一人でやって来た■■■に、苦虫を噛み潰したような顔で心が言う。
「あんなに
最初の方に、見せつけられた(?)事に対する若干の文句のような意味合いを含んではいたが、パートナーが居ないことに悩むひ弱な青年のお悩み解決策としてはまさにうってつけの提案、のはずだった。
「んー。ダメ、なんだ。どうも、」
僅かに出した舌先で唇を舐めてから言う。
「パートナーになると、
「また惚気かヨ……。」
「そうじゃなくて。オレの魔法のせいだ。」
良くある比喩の類かと思っていた心だったが、そのまま
「…………前に、いたよな?パートナー。」
以前、別のパートナーと組んでいた事を思い出した心の顔から薄らと血の気が引いたように見えた。
「だから解消したんだ。……あのな、心配しなくても殺してねェし、食べてねェよ。」
「あ、ソウ……。」
■■■の説明により誤解は一応解けたようだったが、心の反応は先程の勘違いを若干引きずっているかのように微妙なものであった。
(とは言ってもなァ。)
明くる日、藤田の自室でだらだらと時間をつぶす二人がいた。
藤田はベッドに寝転がり雑誌をめくっている。
■■■はフローリングに胡座をかいて藤田の寝転ぶベッドを背もたれ代わりにし、昨日の心との会話を思い出しながら藤田を見上げる形で眺めている。
(パートナーじゃなけりゃ旨そうに見えない、ってワケでもねェんだよな。)
藤田が読んでいる雑誌は、■■■にとってはあまり興味を惹かれない種類の雑誌であった。少なくとも、今目の前に転がっている藤田の方がよっぽど気になっている。
藤田の襟足とシャツの襟ぐりの境にあるうなじを眺めていると、どこからともなく空腹がやってくる。
…………噛み付いたら怒るだろうか。
あ、いけね。と乱雑に頭を掻いて降って湧いた妄想を振り払う。
よっこいせ、と立ち上がるやいなや、藤田の事はお構いなしにベッドへ寝転んだ。
「ぐぇっ……重い!!」
「ちょっと詰めろー。」
正当な抗議の声を無視してベッドの上に自分の陣地を広げると、隣でぶつぶつと何かしらの文句を垂れてから溜め息を付いて再び雑誌を読み始めた藤田の顔を頬杖をついて眺める。
「据え膳。」
うっかり口から零れた本音に、藤田は怪訝そうな顔で■■■を見た。
「は?」
「なんでもない。」
実際はなんでもなくはなかったのだが、適当に誤魔化しておいた。
■■■は『何でも食べることが出来る魔法使い』である。
その名の通り、食べ物として作られていない物から、摂取することで体に悪影響を及ぼすような物まで、■■■が食べることの出来ない物は(恐らく)この世には存在しない。
とは言っても、体に無害な状態で食べることが出来るというだけであり、不味いものはしっかり不味いのである。大抵の場合、食べる前提で作られていない物は味も不味い。
普段、煙の指示で正体不明のキノコ(大抵は毒である)の味見をさせられたり、用途不明の薬(大抵は毒である)の味見をさせられたり、口にしてはいけないような物を常日頃口にしている■■■であったが、何故か昨日口にした藤田の涙が馳走レベルで美味であると感じてしまったらしい。
人間が美味しい物の分類に含まれてしまったのは些か意味不明であるが、恐らく自分はこの友人に何らかの────友人というラインを超えるような────好意を抱いているのだ、とつい先日自覚した■■■にとっては、原因については疑問を持ちつつも、大した問題ではないとも考えていた。どうやら■■■自身が
恋は盲目、とはよく言ったものである。
「あのさァ。」
「何だよ。」
「…………いや、やっぱいいわ。」
今度は本音をギリギリのところで飲み込んだ。
(
「あ〜〜……。」
さらに明くる日、テーブルに突っ伏してうだうだと唸る■■■に煙は眉をひそめていた。
「喧しい。」
そんな指摘を気にも留めず、■■■は額をテーブルにつけたまま相変わらず口を滑らせる。
「煙さァん……藤田が美味そうでどうにかなりそう。」
「は。」
何の脈絡も無くぶっ込まれた発言に、流石の煙も妙な反応をした。
「まあそれはそれとして。あ、これはまずい。これも。これはまあ……フツー。あ、これは美味いかも?」
すると先程の発言は何だったのか、急に通常運転に戻ったらしい■■■は皿に並べられた奇抜な見た目をしたキノコを片っ端から口に放り込んでいく。煙はため息をひとつついてから、■■■の感想を部下に書き記すよう指示をした。
■■■の味に対する感想は、キノコをどのように活用するか検討する際の参考になる。味の良いものは無害であるので料理用に。食用に向いていないのであれば観賞用に。極端に不味ければ、すなわちそれは有毒であるので────言わずもがな、何かの際に
「ブルーナイトはまだ先だろう。」
これは魔法による影響なのだろうが、ブルーナイトの日、正式にパートナーの契約を交わした時点から、口では説明しにくい感覚に襲われた事が■■■にはあった。パートナーに対する認識が、人間と相対したときの
つい先日、■■■が心にちらりと説明したように、パートナーであるはずの魔法使いを前にすると異様に腹が減り、あまつさえ食べても良いのではないか?と認識がねじ曲がってしまうのであった。
「そう!それが不思議で……なんで?」
好意を持っているから、この前の涙が美味かったのはそういうものだとしても、パートナーではない藤田に対してまで腹が減るのは不思議だ、というのが当人の感想である。
魔法について色々と熟知している煙からしてみれば、■■■は恋愛対象としての好意を抱いた時点で、認識が
「何をしようと勝手だが、間違っても噛みちぎったりするなよ。後始末が面倒だからな。」
「しないで〜す!煙さんは俺の事何だと思ってるの。」
「ガキ。」
「ひっでぇ!泣こう。えーん。」
「喧しい。」
雑なやり取りを済ませた■■■は、またキノコを口に放り込んで────思い切り顔をしかめた。これは問答無用で毒だ。
「にっが。まっず!」
あーあ、あれ甘かったなァ、と数日前の藤田の泣き顔が脳裏に浮かんだと同時に腹が空いてきた事を■■■は自覚した。
駄目だコレ重症だ、と苦笑して、とりあえずは目の前のキノコの山を片付けることに専念しようと次のキノコを手に取った。
そして、明くる日。
「おーい。」
廊下の先に藤田を見付けた■■■は、手を振って藤田を呼び止める。
「おはよ。丁度良かった。」
「もうおはようって時間じゃないだろ……で、何の用だ?」
「いやなに、ちょっと確認したくてな。」
確認って何を、と藤田が用件について問いただす前に、■■■は両の手で藤田の頭を固定すると、特に断りなく口を塞いだ。
反射的に体を跳ねさせてそこから微動だにしなくなった藤田の唇を軽く食む。舌先に触れる唇は砂糖菓子のように甘かった。
「ンー、やっぱ甘いな?」
触れていたのは僅かな時間であった。
顔を離した■■■は、手を藤田の頬に添えたまま首を傾げる。
初恋の味は甘酸っぱいんじゃなかったっけ?めちゃくちゃ甘いだけなんだが?と思案する■■■の脳内はその疑問に埋め尽くされており、藤田の存在を半ば忘れていた。
「…………なっ……ば……ちょ……!?!」
一方、全てが終わってからようやく事態を理解したらしい藤田であったが、勿論パニックになった脳は語彙力を喪失しており、真っ赤な顔で震えている。
そんな藤田の声を聞き、意識を藤田に戻した■■■は瞬きひとつした後、最早ためらうでもなく、思い切り口を滑らせた。
「あ、やっぱだめだ、
…………その感想は、どちらかといえば湧き上がってきた食欲寄りのものであった。
またもや固まった藤田であったが、恐らく心の底からの感情だろう、すぐに、
「イヤーーッ!!!!!!」
ホラー映画の演者顔負けの素晴らしい悲鳴と共に、■■■が知る中では1番の速さでその場から逃げ出した。
「……あらー?」
流石の■■■も正気を取り戻したのか、爆速で走り去る藤田を追いかけることもなく、呆気にとられて見送った。
「今、藤田が奇声を上げながら走り去ってったけど。」
とりあえず自室に戻ろうと廊下を歩いていた■■■に、すれ違いざま心がそのように報告した。
「オマエ、まーた何かちょっかい出したの。」
心底面倒くさそうな顔で心は言う。他人の惚気話ほど食えない話題もない。
「んー……あらぬ誤解を招いたっぽい?」
苦笑いしてそう言った■■■に、心は最早何も言う気にならなかったのか、ただ肩を竦めてため息をついた。
そもそも■■■が藤田を慰める際に取った一連の行動に対して、藤田は初っ端から突っぱねる訳でもなかった。端から見れば、二人の距離感は友人というラインを軽々と超えたそれであるのは一目瞭然だろう。
実のところ、■■■との関係を
後日、■■■は、自身の抱く真っ当な(?)恋心を藤田に伝えるのに色々と苦労する羽目になるのだが────それはまた、別の話。
(了)
あとがき
これが主→藤という扱いをして良いのかちょっと微妙ですが、まだくっついていないのでそういうことにしておきます。