零章 運命の矢を射る
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
劇場から出て、ぐっと伸びをする。
長時間同じ姿勢をとり続けた身体に血が巡る感覚があって、鞄を肩にかけ直した海都はそっと背後の劇場──今し方、源平合戦の舞台を観劇したばかりのホールを眺めていた。
ポスターの中央にどんと据えられている義経役のキャストは、あまり名前を聞いたことのない新人ではあったものの、演技力は申し分なかった。顔もよく、芝居もよく、終演後のアフタートークを聞く限りでは先輩の役者層にも可愛がられる好青年のようであったから、きっと、これからすぐに売れるだろう。
(……今回の舞台は、知盛の解釈が良かったな。武士は戦で死んでこそって生死観を頑なに崩さなかった鋼のような男が、息子が目の前で討ち取られるのを見て心臓にヒビが入って、最期は軟弱なと長年反目し続けた宗盛との和解を経て海に沈む……。良く泣く宗盛に辛辣な口を利く側だった知盛が、知章の死を思い出して壇ノ浦の直前に宗盛にだけ涙を見せるのがすごい刺さった……)
薄曇りの空からぽつぽつと降り出した雨に慌てて道向かいの喫茶店に駆け込んで、レジ前で注文待ちをする人々の列に並びながら開くTwitter。公式タグを付けた観劇終了のツイートを手早く済ませてそのまま舞台の感想を覗けば、思った通り、主演の義経役の青年への好意的なコメントが多く見られた。
"まっすぐで熱くて、ちょっと初心な源義経って所に、遙か3九郎オタクはドストライクに刺された"
(あ、分かる……)
注文したドリンクを受け取って、空いていた窓沿いのひっそりとした一人席に腰を下ろす。ようやくひと心地ついて鞄から取り出した舞台のパンフレットを開き、そっと、義経のページを見た。キャラクターとしてのビジュアルや物語としての設定は全く以て別物だったが、なんとなく、今回の舞台の義経は懐かしい男を彷彿とさせたのだ。学生時代を一身に捧げた、とあるゲームの義経に。
「……遙か、もっかいやろうかな」
『遙かなる時空の中で3』、元々源平合戦に興味があったことおきっかけに、乙女ゲームにはとんと縁の無かった海都が唯一触った、そうして青春を惜しみなく注いだ最高傑作の恋愛シミュレーションゲーム。二次元のイケメンと恋愛したってね、とややもすれば乙女ゲームというジャンルに冷めた視線を送っていた海都であったが、遙かは元々同会社開発の別のアクションゲームに熱を入れていたことも後押しとなって思いの外すんなりと手に取った覚えがある。
異世界の源平合戦にトリップした現代の女子校生・春日望美が、数多の苦難と葛藤を乗り越えて神子として成長していくその姿に、攻略対象の男達を差し置いて望美との恋愛ルートは無いものかと幾度思ったか知れない。
今、こうして社会人となった後も足繁く劇場に通っては源平モチーフの舞台があると聞く度に観劇しているのも、思えばあのゲームがあったからだろう。中でも知盛──平知盛には、十代という多感な時期をめちゃくちゃにされた。きっと、自分以外の多くの遙か3プレイヤーもそうだろうと、海都は自信を持って言える。あの男のせいでその後のオタク人生が大幅に狂った人の話を、今でもTwitterでたまに見かけるのだから。
(知盛ルート、やりたいな……)
碇知盛、千年近く日本でも語り継がれた抜群の英雄譚である。いつの世にもこうして、波間に消える平知盛という男に感性のどこか繊細な部分を狂わされた人間がいたから、現代にも物語が残り、そしてゲームの題材にまでなったのだ。果たして、本物の知盛とはどういう人物だったのだろうと、学生時代付け焼き刃で調べた知識は今でも観劇の際に役立っている。それ以外の日常生活でそれらの知識を使う場面は、殆ど無いのだけれど。
「好きだ……知盛……」
受験の妨げになるから、と全クリ後も執拗に周回を重ねたあのゲームに手を触れなくなってから早八年。海都は未だに自分が心のどこかで、壇ノ浦の海に沈む銀髪の青年の面影に魂の欠片を握られていることを自覚していた。
大学の卒業旅行で、周囲の友人達があちこち海外に行こうと誘うのを蹴って、単身、国内の平家関連史跡を巡った経歴は伊達では無い。なんなら、社会人になって初めてのゴールデンウィークは史実の知盛の命日に合わせて二度目の壇ノ浦訪問旅行になった。なんだかんだと、ゲームに触れなくなってからも彼に関する物事から離れられないでいる。
きっと史跡巡りは一生患うな、と、二度目の壇ノ浦で海都はぼんやり思った。
元々旅行は好きなタチだ。例えこの世界のどこにもあの銀髪紫目の退廃的な空気を背負った平知盛はいないとしても、その面影を探してこの海に足を運ぶことはやめられないだろう、と。そうでなければそもそも、年に何度も源平の舞台をわざわざ探しては観に行くなんて趣味を持つはずも無い。
(雨、強くなってきたな……)
窓の外を叩く雨粒は、思索に耽る合間に勢いを増していた。
アスファルトとビルのコンクリートの灰色が濡れたガラスの向こうで薄らぼんやりとしていて、そこを行き交う人達の傘や洋服の色が波間に散る花のよう。さっき見た舞台の壇ノ浦も、女房たちが自害のために入水するあたりのシーンはこんな雰囲気だったな……と、再度電子の海に次々投下される感想へと目を戻そうとしたとき。
──神子よ。
ざわめく店の中、妙にはっきりと耳につく声が海都の鼓膜を叩いた。
「……は?」
──神子、神子よ。お前は選ばれた。
(すっごい既視感あるシチュエーションだけど、口調からしても声からしても確実に白龍でないことだけはわかる)
白龍の声は、置鮎さんだもんな? と、今度こそ脳裏にハッキリと届いた呼びかけを意図的にスルーして、海都の指は忙しなくTwitterのTLをスクロールした。
幻聴だ、幻聴に違いない。さっきまで舞台を見て思った以上に泣いていたし、ちょっと懐かしいことを思い出したから、都合の良い白昼夢のようなものでも見ているのだ、と。だが、その声が妙に気にかかる。具体的にどう気になるのかと言われれば、確かに白龍とは違う声ではあるのだが、別にどこかで聞き覚えがある。
──お前は、三人目の神子。我が荒魂・遠呂智を封じる要。俺の神子であり、遠呂智の神子でもある。
「……真殿光昭?」
ああ、そうだ。この声は。
手の中で汗をかくドリンクのカップを握りしめ、海都は弾かれたようにスマートフォンから顔を上げた。
遙かの開発元であるルビーパーティの元会社、コーエテクモゲームスの開発したアクションゲーム。元々、遙かをプレイする以前から海都が好んで遊んでいた作品『無双OROCHI』シリーズに登場するラスボスにして破壊の化身、魔王・遠呂智が闇堕ちする前の姿……天界の将仙であったころの"応龍"の声だ。遙かシリーズでは、白龍と黒龍が和合した完全体の龍神を指す応龍の。
待て、おかしくないか? と、脳裏に警鐘が響いた。
(今、あの声なんつった!? 遠呂智が応龍の荒魂? 遠呂智の神子って……遠呂智は、……遙かの応龍とは別物でしょ!?)
遠呂智──『無双OROCHI』シリーズでは、登場初期、破壊の限りを尽す底知れぬ魔王として妖魔軍を率いる存在として(主に攻撃力がバカほど高いという意味で)プレイヤーを恐怖のどん底に叩き落したCV.置鮎龍太郎……思えば白龍と同じ声帯をはからずしも持つキャラクターである。確かに、遠呂智はシリーズ内で"応龍"の闇落ちした姿と設定されていたが、それは遙かには何の関係もない同会社の別ゲームの話だったはずだ。
無双の応龍と、遙かの応龍には……まして、無双の遠呂智と遙かの応龍には、何も接点も因果関係もなかったはずだ。
なまじどちらの作品の知識もあるが故に大パニックを起こす海都を置いてけぼりにして、脳裏に響く声は勝手に話を進めていく。もうこうなっては、周りの誰にも聞こえていない声が自分にだけ聞こえているという状況は正直どうでもよかった。それよりも、結局の所筋金入りの無双OROCHI・遙か3オタクである海都にとっては、両作が応龍という同名の神格を橋渡しに接点を持っているという旨を突然本人らしき声から暴露されたことのほうが、よっぽど重大事項だった。
オタク、そんなの聞いてないですが!?
ここが洒落たカフェでなければ、さっさと大声でそう叫んでいる。必死で握りしめたドリンクのカップは、そろそろ握力に負けて中身をぶちまける寸前だ。
──お前には、異世界の京へ向かってもらう。
(あ、そこはもう決定事項なんだ……)
──そこで、白龍の神子、黒龍の神子の助けとなり、もし遠呂智の封印が解けた暁には、それを再度封じるのがお前の役目。
(封印が解ける条件は? そもそも、遠呂智が応龍の荒魂だって話初耳なんですけどそこの説明をください)
──……。お前、やけに異世界の龍神に詳しいな。
「いや、え? わざと遙かとOROCHIの知識両方あるオタクを狙い撃ちで神子にしたいわけじゃないの???」
とうとう、堪えきれずに声が出た。
周辺に座って居た客からの視線がいたたまれない。イヤホンもしていなかったし、完全に、変な独り言を呟くヤバい客だと思われた。社会的人権のやるせない死に様にしおしおと消沈した海都をさすがに憐れんだのか(無双の応龍はそう言う所あるよね、と海都は変な納得をした)、声は、今この場で全てを説明することを諦めたようだった。
先にお前を異世界 へ連れてこよう。と、やはり、異世界拉致誘拐に関しては一切異論を受け付けてくれないらしい遙か導入特有の横暴さで、時空の狭間らしき黒い渦が海都の身体を包み込む。先ほどあれだけ海都の独り言には過敏に反応したその他大勢が、今度は、誰一人として人がひとり異次元に吸い込まれていくその瞬間に目をくれない。
(それができるなら声を掛けてきた時点でそうしろよ……)
25年間それなりに愛着を持って過ごした現世への別れの言葉がこれでよかったのだろうか。そんな今更どうしようにもないことを考えながら、海都は、薄れ行く意識の中でまだ見ぬ(しかし何となくビジュアルのイメージが具体的についてしまう)応龍に心の内で中指を立てた。
人がひとり突然姿を消したカフェは、特に大きな騒ぎが起きるでもなく、昼過ぎの混雑をゆるやかに解消しはじめていた。
長時間同じ姿勢をとり続けた身体に血が巡る感覚があって、鞄を肩にかけ直した海都はそっと背後の劇場──今し方、源平合戦の舞台を観劇したばかりのホールを眺めていた。
ポスターの中央にどんと据えられている義経役のキャストは、あまり名前を聞いたことのない新人ではあったものの、演技力は申し分なかった。顔もよく、芝居もよく、終演後のアフタートークを聞く限りでは先輩の役者層にも可愛がられる好青年のようであったから、きっと、これからすぐに売れるだろう。
(……今回の舞台は、知盛の解釈が良かったな。武士は戦で死んでこそって生死観を頑なに崩さなかった鋼のような男が、息子が目の前で討ち取られるのを見て心臓にヒビが入って、最期は軟弱なと長年反目し続けた宗盛との和解を経て海に沈む……。良く泣く宗盛に辛辣な口を利く側だった知盛が、知章の死を思い出して壇ノ浦の直前に宗盛にだけ涙を見せるのがすごい刺さった……)
薄曇りの空からぽつぽつと降り出した雨に慌てて道向かいの喫茶店に駆け込んで、レジ前で注文待ちをする人々の列に並びながら開くTwitter。公式タグを付けた観劇終了のツイートを手早く済ませてそのまま舞台の感想を覗けば、思った通り、主演の義経役の青年への好意的なコメントが多く見られた。
"まっすぐで熱くて、ちょっと初心な源義経って所に、遙か3九郎オタクはドストライクに刺された"
(あ、分かる……)
注文したドリンクを受け取って、空いていた窓沿いのひっそりとした一人席に腰を下ろす。ようやくひと心地ついて鞄から取り出した舞台のパンフレットを開き、そっと、義経のページを見た。キャラクターとしてのビジュアルや物語としての設定は全く以て別物だったが、なんとなく、今回の舞台の義経は懐かしい男を彷彿とさせたのだ。学生時代を一身に捧げた、とあるゲームの義経に。
「……遙か、もっかいやろうかな」
『遙かなる時空の中で3』、元々源平合戦に興味があったことおきっかけに、乙女ゲームにはとんと縁の無かった海都が唯一触った、そうして青春を惜しみなく注いだ最高傑作の恋愛シミュレーションゲーム。二次元のイケメンと恋愛したってね、とややもすれば乙女ゲームというジャンルに冷めた視線を送っていた海都であったが、遙かは元々同会社開発の別のアクションゲームに熱を入れていたことも後押しとなって思いの外すんなりと手に取った覚えがある。
異世界の源平合戦にトリップした現代の女子校生・春日望美が、数多の苦難と葛藤を乗り越えて神子として成長していくその姿に、攻略対象の男達を差し置いて望美との恋愛ルートは無いものかと幾度思ったか知れない。
今、こうして社会人となった後も足繁く劇場に通っては源平モチーフの舞台があると聞く度に観劇しているのも、思えばあのゲームがあったからだろう。中でも知盛──平知盛には、十代という多感な時期をめちゃくちゃにされた。きっと、自分以外の多くの遙か3プレイヤーもそうだろうと、海都は自信を持って言える。あの男のせいでその後のオタク人生が大幅に狂った人の話を、今でもTwitterでたまに見かけるのだから。
(知盛ルート、やりたいな……)
碇知盛、千年近く日本でも語り継がれた抜群の英雄譚である。いつの世にもこうして、波間に消える平知盛という男に感性のどこか繊細な部分を狂わされた人間がいたから、現代にも物語が残り、そしてゲームの題材にまでなったのだ。果たして、本物の知盛とはどういう人物だったのだろうと、学生時代付け焼き刃で調べた知識は今でも観劇の際に役立っている。それ以外の日常生活でそれらの知識を使う場面は、殆ど無いのだけれど。
「好きだ……知盛……」
受験の妨げになるから、と全クリ後も執拗に周回を重ねたあのゲームに手を触れなくなってから早八年。海都は未だに自分が心のどこかで、壇ノ浦の海に沈む銀髪の青年の面影に魂の欠片を握られていることを自覚していた。
大学の卒業旅行で、周囲の友人達があちこち海外に行こうと誘うのを蹴って、単身、国内の平家関連史跡を巡った経歴は伊達では無い。なんなら、社会人になって初めてのゴールデンウィークは史実の知盛の命日に合わせて二度目の壇ノ浦訪問旅行になった。なんだかんだと、ゲームに触れなくなってからも彼に関する物事から離れられないでいる。
きっと史跡巡りは一生患うな、と、二度目の壇ノ浦で海都はぼんやり思った。
元々旅行は好きなタチだ。例えこの世界のどこにもあの銀髪紫目の退廃的な空気を背負った平知盛はいないとしても、その面影を探してこの海に足を運ぶことはやめられないだろう、と。そうでなければそもそも、年に何度も源平の舞台をわざわざ探しては観に行くなんて趣味を持つはずも無い。
(雨、強くなってきたな……)
窓の外を叩く雨粒は、思索に耽る合間に勢いを増していた。
アスファルトとビルのコンクリートの灰色が濡れたガラスの向こうで薄らぼんやりとしていて、そこを行き交う人達の傘や洋服の色が波間に散る花のよう。さっき見た舞台の壇ノ浦も、女房たちが自害のために入水するあたりのシーンはこんな雰囲気だったな……と、再度電子の海に次々投下される感想へと目を戻そうとしたとき。
──神子よ。
ざわめく店の中、妙にはっきりと耳につく声が海都の鼓膜を叩いた。
「……は?」
──神子、神子よ。お前は選ばれた。
(すっごい既視感あるシチュエーションだけど、口調からしても声からしても確実に白龍でないことだけはわかる)
白龍の声は、置鮎さんだもんな? と、今度こそ脳裏にハッキリと届いた呼びかけを意図的にスルーして、海都の指は忙しなくTwitterのTLをスクロールした。
幻聴だ、幻聴に違いない。さっきまで舞台を見て思った以上に泣いていたし、ちょっと懐かしいことを思い出したから、都合の良い白昼夢のようなものでも見ているのだ、と。だが、その声が妙に気にかかる。具体的にどう気になるのかと言われれば、確かに白龍とは違う声ではあるのだが、別にどこかで聞き覚えがある。
──お前は、三人目の神子。我が荒魂・遠呂智を封じる要。俺の神子であり、遠呂智の神子でもある。
「……真殿光昭?」
ああ、そうだ。この声は。
手の中で汗をかくドリンクのカップを握りしめ、海都は弾かれたようにスマートフォンから顔を上げた。
遙かの開発元であるルビーパーティの元会社、コーエテクモゲームスの開発したアクションゲーム。元々、遙かをプレイする以前から海都が好んで遊んでいた作品『無双OROCHI』シリーズに登場するラスボスにして破壊の化身、魔王・遠呂智が闇堕ちする前の姿……天界の将仙であったころの"応龍"の声だ。遙かシリーズでは、白龍と黒龍が和合した完全体の龍神を指す応龍の。
待て、おかしくないか? と、脳裏に警鐘が響いた。
(今、あの声なんつった!? 遠呂智が応龍の荒魂? 遠呂智の神子って……遠呂智は、……遙かの応龍とは別物でしょ!?)
遠呂智──『無双OROCHI』シリーズでは、登場初期、破壊の限りを尽す底知れぬ魔王として妖魔軍を率いる存在として(主に攻撃力がバカほど高いという意味で)プレイヤーを恐怖のどん底に叩き落したCV.置鮎龍太郎……思えば白龍と同じ声帯をはからずしも持つキャラクターである。確かに、遠呂智はシリーズ内で"応龍"の闇落ちした姿と設定されていたが、それは遙かには何の関係もない同会社の別ゲームの話だったはずだ。
無双の応龍と、遙かの応龍には……まして、無双の遠呂智と遙かの応龍には、何も接点も因果関係もなかったはずだ。
なまじどちらの作品の知識もあるが故に大パニックを起こす海都を置いてけぼりにして、脳裏に響く声は勝手に話を進めていく。もうこうなっては、周りの誰にも聞こえていない声が自分にだけ聞こえているという状況は正直どうでもよかった。それよりも、結局の所筋金入りの無双OROCHI・遙か3オタクである海都にとっては、両作が応龍という同名の神格を橋渡しに接点を持っているという旨を突然本人らしき声から暴露されたことのほうが、よっぽど重大事項だった。
オタク、そんなの聞いてないですが!?
ここが洒落たカフェでなければ、さっさと大声でそう叫んでいる。必死で握りしめたドリンクのカップは、そろそろ握力に負けて中身をぶちまける寸前だ。
──お前には、異世界の京へ向かってもらう。
(あ、そこはもう決定事項なんだ……)
──そこで、白龍の神子、黒龍の神子の助けとなり、もし遠呂智の封印が解けた暁には、それを再度封じるのがお前の役目。
(封印が解ける条件は? そもそも、遠呂智が応龍の荒魂だって話初耳なんですけどそこの説明をください)
──……。お前、やけに異世界の龍神に詳しいな。
「いや、え? わざと遙かとOROCHIの知識両方あるオタクを狙い撃ちで神子にしたいわけじゃないの???」
とうとう、堪えきれずに声が出た。
周辺に座って居た客からの視線がいたたまれない。イヤホンもしていなかったし、完全に、変な独り言を呟くヤバい客だと思われた。社会的人権のやるせない死に様にしおしおと消沈した海都をさすがに憐れんだのか(無双の応龍はそう言う所あるよね、と海都は変な納得をした)、声は、今この場で全てを説明することを諦めたようだった。
先にお前を
(それができるなら声を掛けてきた時点でそうしろよ……)
25年間それなりに愛着を持って過ごした現世への別れの言葉がこれでよかったのだろうか。そんな今更どうしようにもないことを考えながら、海都は、薄れ行く意識の中でまだ見ぬ(しかし何となくビジュアルのイメージが具体的についてしまう)応龍に心の内で中指を立てた。
人がひとり突然姿を消したカフェは、特に大きな騒ぎが起きるでもなく、昼過ぎの混雑をゆるやかに解消しはじめていた。
1/3ページ