桜の木の下で side-M
side M
理佐のことが好き。
気が合って、笑いのツボも一緒で。
2年前までは赤の他人だったなんて信じられないよ。
なんていうか、理佐と一緒にいるとそれはもう最高に楽しくって、世界がキラキラして見えて、恐いものなんか1つも無くなる。
いつまでも一緒にはしゃいで笑っていたいな。
「お待たせしました。」
ニコニコとした店員さんが、注文した料理を次々と並べていく。マルゲリータのピザ、カプレーゼ、カルボナーラのパスタ…
「ホントよく食べるね、私たち」
理佐が満足そうに笑った。
「ふふ、そうだよね」
こんな何気ない会話を交わしていても、ピザを頬張る理佐に目を奪われてしまう。
理佐の顔立ちやスタイルは人類のお手本のように整っていて、憧れずにはいられない。
シャープな輪郭の小さいお顔に、綺麗な瞳、スッと伸びた鼻筋。にっこり微笑んだ時にぷっくりとしたくちびるから覗く、大きめの前歯がかわいい。細い首や小さな肩、すらりと長い腕もきれいで、理佐は人を魅了するために生まれてきたのだと思わさせられる。
「理佐になりたい」
私は幾度となく、そう思った。
「でさぁ、この間ダニがさぁ…」
「うそー、ホントウケるんだけど!」
「でね、あたらっぷが…」
メンバーの話や、スタッフさんの面白い話、話題は尽きない。私たちはお腹を抱えて笑ったり、時折スマホを弄ったりを繰り返した。理佐と2人で過ごす、私の大好きな時間。
「そろそろ帰りますかぁ」
スマホの時計は20:00を示していた。
私たちは相変わらずおしゃべりを続けて、笑いながら人混みをすり抜けて駅を目指す。
この時間の渋谷は人でごった返している。地方出身の私は、お祭りみたいなこの雰囲気が大好きだ。
自分に関係あるもの、ないもの。色んな情報や人が波のようにうねっていて、それが自分という輪郭を際立たせている。
世の中にはこんなにたくさんの人がいるのに、私が欅坂46のメンバーに選ばれて、理佐や他のメンバーに出会えた。それは本当に奇跡だなと改めて思う。
おしゃべりもひと段落したところで、理佐がポツリと呟いた。
「もう春だねぇ。こんな時間でも暖かいね」
「あっという間だね」
本当にそう思う。欅に入ってから毎日突っ走って、気が付いたらもう3年が経っていた。
「なんかさ、毎日過ぎるのが早すぎて、気が付いたらオバさんになってたりするのかな」と理佐が続ける。
「うん。いつの間にかオバさんになって、気が付いたら欅も卒業しなきゃいけなくなったりとかね…」
私は冗談半分で口にした自分の言葉に急に恐ろしくなった。卒業ー…いつかは選ばなくてはいけない道、今は毎日が楽しすぎて、やがてくるその日を意識するだけでも恐ろしいのだ。
「そうだね。みんな卒業して、結婚して、お母さんになって」
微笑みながらそう呟く理佐の横顔を見て、私は胸がギュッと押しつぶされそうになるのを感じた。
いつか理佐も卒業して、誰か知らない男の人と結婚して、私の知らない毎日を過ごすのだろうか。
今しかいらない。子どもじみているかも知れないけど、私はどうしてもそう考えてしまうのだ。メンバーや理佐と離れ離れになって過ごす未来なんていらない。
それから私達は電車に乗り、寮の最寄駅で降りた。
さっき交わした会話が未だに引っかかっている。
心が、寂しいと震えた気がした。
いつもの帰り道、肩を並べて歩く。
静かな道に2人の歩く音だけがしっとりと響き渡る。
「コンビニ寄る?」
少し困ったように微笑んで理佐が問いかける。私に気を遣っている時の表情だ。私が急に静かになってしまったから理佐を困らせてしまったかもしれない。
「いや、今日はいいや」
どんな表情で返していいか解らなくて、とっさに素っ気なく返してしまう。
どうしよう。
理佐はどうして私が急に黙り込んでしまったのか解らずにいると思う。不機嫌になったと思われてるかな…
「あっ!」
無言のまま歩みを進めていると、急に理佐が声を上げた。
理佐は大きな目を丸くして、何かを発見した子供のようにはしゃいでいる。
「桜だ!まなか、桜だよ!」
理佐の視線の先に目を向けると小さな公園に、桜が咲き誇っていた。
「わぁ!」「見に行こう!」
さっきまでの雰囲気が嘘だったかのように私達は桜の元に走り寄った。
「キレイだね」
無邪気に走り寄った私達だったが、夜にひっそりと咲く桜の美しさに、思わず息を飲んで言葉少なに見上げていた。
「ちょっと座ろうか」
私達はベンチに腰をかけて、何を話すわけでもなく桜を眺めた。春の夜風が心地良い。
「もう3年だね」
理佐が急に下を向いてつぶやく。
うつむいた理佐の美しさに胸の奥から何か熱いものが込み上げて、苦しくなってしまう。
「うん、あっという間だったね」
そう答えた瞬間に、強い風が吹いて木々のざわめきに私の声は吸い込まれていった。
風が収まり、ひらひらと桜の花びらが舞った。夜の公園は、昼間とは違う不思議な雰囲気に包まれていた。
伝えるなら今しかない。
春の暖かさや桜の美しさに後押しされ、普段は言えずにいる理佐への気持ちを伝えられるような気がしたが、その一方で関係が崩れてしまう事に怯えている自分がいる。
不意に左の肩に、重たく暖かいものが触れた。
理佐が私の肩にもたれかかっている。
何を話すわけでもなく無言で私の肩に体を預けている。理佐がどんな気持ちでそんな事をするのか解らず、突然の出来事に戸惑ってしまう。
風でサラサラと揺れる髪や、整った顔に視線を落とした。
楽しくおしゃべりをする姿、真剣に仕事に打ち込む姿、悔しくて泣いてしまった姿、色んな理佐を見てきたけど、今日ほど愛おしく、美しく感じた事はない。
私は緊張で呼吸のしかたも、声の出し方も忘れてしまった。
もう、伝えるしかない。今の関係が壊れてしまうかもしれないけど、自分の気持ちを見ないふりをして後悔だけはしたくない。
肩にもたれた理佐にゆっくりと顔を寄せた。
「ねぇ、理佐。好きだよ」
蚊の鳴くような小さな声で我ながら情けなくなる。
彼女から返事はない。
恐る恐る、理佐の方に視線を落とすと大粒の涙を流していた。
ああ、私は何て事をしたのだろう。
勝手に浮かれて、舞い上がって、理佐を困らせてしまった。
「…り、がとう、…まなか」
自分の耳を疑った。
今、なんて…
「ありがとう…まなか」
泣きながら私にお礼を告げる理佐。
「わ、たしも…お、んなじ、気持ちだよ…」
彼女の答えに、何とも言えない気持ちになった。
同じ気持ちって、私の気持ちは…
「理佐、すっごい恥ずかしいんだけど、私の好きって友達とかメンバーとしてとかじゃなくて…」
「う、ん…わかっ、てる。わかってるよ」
まるで、それ以上言わなくてもいいよと言わんばかりにぎゅっと抱きしめられる。
彼女のいい香りがする。
心臓がうるさいほどに鼓動を打つのに、止まりそうにも感じる。私も、抱きしめ返した。
今までの友達同士のハグとは違うのだと思うと何だか私も涙が溢れた。
少し体を離してお互いの顔を見つめた。
理佐がこんなにも近くにいる。思い焦がれていた事が現実になった。
私はそっと顔を近づけて、かわいいくちびるにキスをした。
今までみたいに、ふざけ合って頬にするキスとは違う。
信じられないくらい、柔らかい。かすかに、理佐がいつもつけているリップの香りがした。うるさく、鳴り止まない鼓動を隠すようにぎゅっともう一度抱きしめた。
どちらともなく体を離し、夢ではない事を確かめるように何度もキスをした。
恥ずかしくて言葉にできないから、手を握ったり抱きしめ合う、そんな時間を繰り返す。
桜の花びらがひとつ、ふたつと夜の公園に舞っては消えていった。
「そろそろ帰ろっか」
照れ臭いのか理佐が目を見ないで呟く。
「うん」
公園の外灯に照らされた桜がこちらを見降ろしている。
照れ臭くてお互いの顔を見れないけれど、私達は手を繋いで家路についた。
もう、春が来ていた。
理佐のことが好き。
気が合って、笑いのツボも一緒で。
2年前までは赤の他人だったなんて信じられないよ。
なんていうか、理佐と一緒にいるとそれはもう最高に楽しくって、世界がキラキラして見えて、恐いものなんか1つも無くなる。
いつまでも一緒にはしゃいで笑っていたいな。
「お待たせしました。」
ニコニコとした店員さんが、注文した料理を次々と並べていく。マルゲリータのピザ、カプレーゼ、カルボナーラのパスタ…
「ホントよく食べるね、私たち」
理佐が満足そうに笑った。
「ふふ、そうだよね」
こんな何気ない会話を交わしていても、ピザを頬張る理佐に目を奪われてしまう。
理佐の顔立ちやスタイルは人類のお手本のように整っていて、憧れずにはいられない。
シャープな輪郭の小さいお顔に、綺麗な瞳、スッと伸びた鼻筋。にっこり微笑んだ時にぷっくりとしたくちびるから覗く、大きめの前歯がかわいい。細い首や小さな肩、すらりと長い腕もきれいで、理佐は人を魅了するために生まれてきたのだと思わさせられる。
「理佐になりたい」
私は幾度となく、そう思った。
「でさぁ、この間ダニがさぁ…」
「うそー、ホントウケるんだけど!」
「でね、あたらっぷが…」
メンバーの話や、スタッフさんの面白い話、話題は尽きない。私たちはお腹を抱えて笑ったり、時折スマホを弄ったりを繰り返した。理佐と2人で過ごす、私の大好きな時間。
「そろそろ帰りますかぁ」
スマホの時計は20:00を示していた。
私たちは相変わらずおしゃべりを続けて、笑いながら人混みをすり抜けて駅を目指す。
この時間の渋谷は人でごった返している。地方出身の私は、お祭りみたいなこの雰囲気が大好きだ。
自分に関係あるもの、ないもの。色んな情報や人が波のようにうねっていて、それが自分という輪郭を際立たせている。
世の中にはこんなにたくさんの人がいるのに、私が欅坂46のメンバーに選ばれて、理佐や他のメンバーに出会えた。それは本当に奇跡だなと改めて思う。
おしゃべりもひと段落したところで、理佐がポツリと呟いた。
「もう春だねぇ。こんな時間でも暖かいね」
「あっという間だね」
本当にそう思う。欅に入ってから毎日突っ走って、気が付いたらもう3年が経っていた。
「なんかさ、毎日過ぎるのが早すぎて、気が付いたらオバさんになってたりするのかな」と理佐が続ける。
「うん。いつの間にかオバさんになって、気が付いたら欅も卒業しなきゃいけなくなったりとかね…」
私は冗談半分で口にした自分の言葉に急に恐ろしくなった。卒業ー…いつかは選ばなくてはいけない道、今は毎日が楽しすぎて、やがてくるその日を意識するだけでも恐ろしいのだ。
「そうだね。みんな卒業して、結婚して、お母さんになって」
微笑みながらそう呟く理佐の横顔を見て、私は胸がギュッと押しつぶされそうになるのを感じた。
いつか理佐も卒業して、誰か知らない男の人と結婚して、私の知らない毎日を過ごすのだろうか。
今しかいらない。子どもじみているかも知れないけど、私はどうしてもそう考えてしまうのだ。メンバーや理佐と離れ離れになって過ごす未来なんていらない。
それから私達は電車に乗り、寮の最寄駅で降りた。
さっき交わした会話が未だに引っかかっている。
心が、寂しいと震えた気がした。
いつもの帰り道、肩を並べて歩く。
静かな道に2人の歩く音だけがしっとりと響き渡る。
「コンビニ寄る?」
少し困ったように微笑んで理佐が問いかける。私に気を遣っている時の表情だ。私が急に静かになってしまったから理佐を困らせてしまったかもしれない。
「いや、今日はいいや」
どんな表情で返していいか解らなくて、とっさに素っ気なく返してしまう。
どうしよう。
理佐はどうして私が急に黙り込んでしまったのか解らずにいると思う。不機嫌になったと思われてるかな…
「あっ!」
無言のまま歩みを進めていると、急に理佐が声を上げた。
理佐は大きな目を丸くして、何かを発見した子供のようにはしゃいでいる。
「桜だ!まなか、桜だよ!」
理佐の視線の先に目を向けると小さな公園に、桜が咲き誇っていた。
「わぁ!」「見に行こう!」
さっきまでの雰囲気が嘘だったかのように私達は桜の元に走り寄った。
「キレイだね」
無邪気に走り寄った私達だったが、夜にひっそりと咲く桜の美しさに、思わず息を飲んで言葉少なに見上げていた。
「ちょっと座ろうか」
私達はベンチに腰をかけて、何を話すわけでもなく桜を眺めた。春の夜風が心地良い。
「もう3年だね」
理佐が急に下を向いてつぶやく。
うつむいた理佐の美しさに胸の奥から何か熱いものが込み上げて、苦しくなってしまう。
「うん、あっという間だったね」
そう答えた瞬間に、強い風が吹いて木々のざわめきに私の声は吸い込まれていった。
風が収まり、ひらひらと桜の花びらが舞った。夜の公園は、昼間とは違う不思議な雰囲気に包まれていた。
伝えるなら今しかない。
春の暖かさや桜の美しさに後押しされ、普段は言えずにいる理佐への気持ちを伝えられるような気がしたが、その一方で関係が崩れてしまう事に怯えている自分がいる。
不意に左の肩に、重たく暖かいものが触れた。
理佐が私の肩にもたれかかっている。
何を話すわけでもなく無言で私の肩に体を預けている。理佐がどんな気持ちでそんな事をするのか解らず、突然の出来事に戸惑ってしまう。
風でサラサラと揺れる髪や、整った顔に視線を落とした。
楽しくおしゃべりをする姿、真剣に仕事に打ち込む姿、悔しくて泣いてしまった姿、色んな理佐を見てきたけど、今日ほど愛おしく、美しく感じた事はない。
私は緊張で呼吸のしかたも、声の出し方も忘れてしまった。
もう、伝えるしかない。今の関係が壊れてしまうかもしれないけど、自分の気持ちを見ないふりをして後悔だけはしたくない。
肩にもたれた理佐にゆっくりと顔を寄せた。
「ねぇ、理佐。好きだよ」
蚊の鳴くような小さな声で我ながら情けなくなる。
彼女から返事はない。
恐る恐る、理佐の方に視線を落とすと大粒の涙を流していた。
ああ、私は何て事をしたのだろう。
勝手に浮かれて、舞い上がって、理佐を困らせてしまった。
「…り、がとう、…まなか」
自分の耳を疑った。
今、なんて…
「ありがとう…まなか」
泣きながら私にお礼を告げる理佐。
「わ、たしも…お、んなじ、気持ちだよ…」
彼女の答えに、何とも言えない気持ちになった。
同じ気持ちって、私の気持ちは…
「理佐、すっごい恥ずかしいんだけど、私の好きって友達とかメンバーとしてとかじゃなくて…」
「う、ん…わかっ、てる。わかってるよ」
まるで、それ以上言わなくてもいいよと言わんばかりにぎゅっと抱きしめられる。
彼女のいい香りがする。
心臓がうるさいほどに鼓動を打つのに、止まりそうにも感じる。私も、抱きしめ返した。
今までの友達同士のハグとは違うのだと思うと何だか私も涙が溢れた。
少し体を離してお互いの顔を見つめた。
理佐がこんなにも近くにいる。思い焦がれていた事が現実になった。
私はそっと顔を近づけて、かわいいくちびるにキスをした。
今までみたいに、ふざけ合って頬にするキスとは違う。
信じられないくらい、柔らかい。かすかに、理佐がいつもつけているリップの香りがした。うるさく、鳴り止まない鼓動を隠すようにぎゅっともう一度抱きしめた。
どちらともなく体を離し、夢ではない事を確かめるように何度もキスをした。
恥ずかしくて言葉にできないから、手を握ったり抱きしめ合う、そんな時間を繰り返す。
桜の花びらがひとつ、ふたつと夜の公園に舞っては消えていった。
「そろそろ帰ろっか」
照れ臭いのか理佐が目を見ないで呟く。
「うん」
公園の外灯に照らされた桜がこちらを見降ろしている。
照れ臭くてお互いの顔を見れないけれど、私達は手を繋いで家路についた。
もう、春が来ていた。
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