角名倫太郎
◇◇◇
倫太郎と付き合ってから、ぼちぼち四年になる。
彼とは合コンのような、でも、そんな男女のドロっとした空気のない軽めの飲み会で知り合った。自己紹介をしていた段階では、ははーん、さては彼女いるのに遊びに来たな〜?と思うくらい、彼は自分の魅力について自信のある佇まいで、正直彼と付き合ったら痛い目を見るのは分かっていたから、最初から狙うこともなくシャットアウトしていた。
だいぶお酒の進んだころ。何となく、倫太郎と隣同士になった。ほんの少し揶揄うつもりで、何でそんなに場馴れしているの?って聞いたら、してないよ、本当に緊張してるって返ってきて。嘘だぁと思いながら彼を見つめると、目がどことなく泳いでいたり、肩にも力がはいっていたりして、本当に慣れていないんじゃないかって。意外だけど、そんな彼の醸し出す空気感に、思わず胸が甘酸っぱく痺れた。
「実は私もこういうとこ慣れてなくて。だから同じような人がいて助かった。ぶっちゃけどう立ち回ったらいいか分かんないもんね」
「ミョウジさんも同じなんだ。よかった…。あんまりグイグイ来られたら困ってたと思う」
どんどん盛り上がる周りの雰囲気に飲まれないように、いつの間にか肩を寄せあっていた。時折触れる手や肩に、どうしようもなくドキドキして堪らなかった。もっと二人で喋りたい、もっとこの人が知りたいって、気づいたら二人だけで抜け出して、二軒目に行って。
このまま付き合えなくても、遊びでもいいって思っていたのに。倫太郎は、「今日はもう解散しよう」って、そう言ってきた。てっきりこのままホテルに行くのかなって、少しドキドキしていたけど、意外と奥手な性格にまた、きゅんとして。「次もまた会ってくれる…?」不安そうに見つめられたその瞳に、ときめかないわけもなく、ほぼ無意識に頷いて、「うん」って、後から遅れて声に出していた。
考えるより身体が動くって、こういうことを言うんだ。
その後何度かデートに誘われて、こっちも誘って。出会った場所が合コンだなんて信じられないくらい、慎重に時を重ねて私たちは付き合った。
あれからもう、まる四年。最初の頃はお互いに気を遣っていた私たちだけど、四年も経てば慣れるというもので。私たちはもっと気楽な関係になっていたし、相手のことをより深く理解していたように思う。……少なくとも私は、あの事件がある前までは、完全に倫太郎のことを信頼しきっていた。
◇◇◇
最近、倫太郎がよそよそしい。
スマホを弄る回数があからさまに増えた気がする。一緒に過ごしている時も生返事だし、別のことに夢中になっているような気がしてならない。
思えば、疑わしいという気持ちが少しずつ私の頭の中を蓄積していったから、あの時倫太郎のスマホを盗み見るなんて愚かなことをしてしまったんだと思う。
.
今日は毎週恒例になっている倫太郎の家でお泊まりデート。倫太郎がお風呂に入っているのを、私はただぼーっとスマホを眺めながら待っていた。
そろそろ冬だし、コート新調したいなぁ。そんなことを思いながらファッションアプリを開いて人差し指でなぞっていく。あ、これいいな。ベージュ色のロングコートを何着か見て、お気に入り登録をして。そういえば倫太郎の誕生日もあと二ヶ月後だし、前から欲しいって言ってたスニーカーをお揃いで買うのもありかも。なんて、また違うアプリを開いたりしていた。
ピロン
ローテーブルの上に放置された倫太郎のスマホが、一件の通知を告げる。まるで自分のスマホを確認するかのように、私は倫太郎のスマホを手に取った。
【S.A さんから新着メッセージ:りんさん、いつお会い出来そうですか🫶?】
「……なに、これ」
画面上に表示される、ピンク色のアイコン。相手のイニシャルだけの名前、最後に付いてるハートマーク。ていうか、いつ会えますか?って、なに……?
中央にハートマークが描かれているそのアイコンは、よくCMで流れているマッチングアプリのそれで。ついこの前、今どきこんなのがCMで流れてくるんだねえ、なんて笑いあっていたのに。
つまり、これは、そういうこと、なんだろうなあ……。
思ったよりも冷静なのか、ショックを受けているのか私自身うまく飲み込めていない。何かの間違いなんじゃないかとすら思う。だってあの倫太郎がだよ……?私に嫉妬させようと?……いやいや、ないでしょ。そんなことする人じゃないし。
でも、じゃあ、何でマッチングアプリなんて入れてるの?
チラ、と風呂場を見やると、機嫌良さそうに鼻歌を口ずさむ倫太郎の姿が目に入る。
私と、ずっと別れたいと思ってた……?
全身から血の気が引いていくような感覚がして、視界がくらくらと揺れる。大好きな倫太郎に浮気された事実も、彼を信用していた自分の気持ちも、何もかも嫌になる。徐々にぎちぎちと色んな感情が頭に溜まって、心臓が、痛い。
震える手をしっかりもうひとつの手で握って、もう一度倫太郎のスマホに目をやった。アプリを開いたら既読が付くかもしれないから、迂闊には触れなくて。いや、これ以上、倫太郎に失望したくない。新しい事実を知るのがとてつもなく怖い。何度確認してもピンク色のアイコンがそこに表示されていた。幻でも夢でもない。これは事実なんだ。
私と別れる前に、別の人を探そうって、そういうことなんだ?いい人を見つけたから、だから今もそんな上機嫌で歌なんか歌ってるんだ?へえ、そう。
今倫太郎と顔を合わせたら、確実に冷静ではいられない。言いたいことを言いたいだけぶちまけて、傷ついた自分の心を更に傷つけてしまうに違いない。
生憎、疑わしさ100%の彼に配慮する心など持ち合わせていなかったので、私は私の心を守るために、この家から出ていくことを決めた。
おおよそ現実を受け止めきれない頭で、風呂場から聞こえるシャワーの音を聴きながらパジャマから普段着に着替えていく。自分の家の鍵と、スマホと、財布を雑にカバンの中に突っ込んでいつもと変わらない足取りで風呂場の前を通った。
「ばいばい、倫太郎」
わざとらしく玄関でそんなようなことを呟いて、靴を履いて、ドアを閉めた。
最後に倫太郎に好きと言われたのは、果たしていつだったかな。きっと彼の中で何かが変わって、私を好きじゃなくなったんだろうな。
堪えても溢れてくるそれに気付かないふりをして、夜の住宅街を静かに歩き出した。
***
倫太郎の家から出てしばらく歩いた夜道で、そういえぱ風呂から上がったら私が居なくなったことを不審に思うだろうな、と気がついて、倫太郎に連絡を入れることにした。もう好きじゃなくなった女のこととは言え、女の夜の一人歩きを心配する感情くらいは持っていると思ったから。これで逆に何も無かったら、私たちの四年は本当に何だったの、ってことになるけどね。
【もう別れよう】
それだけ打ち込んで、スマホの電源を落とした。今日だけは、彼からの連絡を気にせずに眠りたい。するりとカバンの中にスマホが滑り落ちていく。次に私が電源をつけるまで、一切の通知を知らせないただの板。そのことにほんの少しだけ、強ばっていた肩の力が抜けたような気がした。
倫太郎と一緒に歩いたこの夜道も、一人だと寂しい。音楽を聞こうにもスマホの充電は落としちゃったし、ウォークマンも持ってない。ああ、せめて今日くらいは知らないフリして大人しく倫太郎の家にいれば良かったかな……?いや、でも浮気男となんて一緒にいたくないし、何だかんだ許してしまいそうな気がするし…。もし、セックスをするってなったら、絶対に泣いてしまう自信しかない。私を気遣うその優しい手で、あのアプリで出会う女の子に触れているのかも。そう考えると、本当に無理。あー、想像しただけで落ち込む。
住宅街を抜けて少しすると、夜にお腹が空くと倫太郎がアイス買いにいこっか、と私を連れ出してくれるコンビニが現れた。
入口前のポールに二人して寄りかかって、夏はアイスを食べたし冬は肉まんをわけっこしたっけ。
あの時の楽しい思い出も、これから作る私との未来も、倫太郎にとっては全部全部どうでもよかったってこと……?
私の視界には、あの頃の何も心配せずに仲睦まじく笑いあっている過去の私たちの姿がぼんやりと写っていた。
そっか、私、悲しくて堪らないんだ。
堰を切ったように涙が溢れて止まらなかった。もう寒いから、濡れた頬は死ぬほど冷たいし、拭かなきゃいけないから手も濡れるし。こんなボロボロの状態で電車になんか乗りたくなかったし。これも全部全部、倫太郎のせいだ。こんなに倫太郎を好きになった、わたしのせいだ。
.
家に帰るまでに泣きすぎて、目が取れるかと思った。
朝起きて、自分の家のベッドに寝ていたことで昨日のことが夢じゃないんだって気がついて。一回死にたくなって、でもちゃんと冷静になった。普通に歯を磨いて、顔洗って保湿して。なんならもう、いつもより入念に。昨日までの自分とさよならするみたいに。
それから、スマホの電源をつけた。
【不在着信:53件】
【メッセージ:156件】
「え……っ!?」
うそ、え、こんな来るの……?
ビビり散らかしながら、メッセージをタップする。
【ねえ、別れよって何?】
【こんな時間に出ていくようなことなの?俺なんかした?】
【頼むから電話出て、なんかあったんじゃないかって流石に心配だよ】
【俺が悪かったところがあるなら直すから、お願いだから1回話そう】
【このまま終わりなんて、ほんとむり。おねがい】
倫太郎の、こんな焦ったようなメッセージ、初めて見た。本当に心当たりが無さそうなその姿勢に、むしろ昨日のは私の勘違いで幻だった説も出てきた。いや、いや。そんなことない。
心配になって、昨日、私のスマホで撮った一枚の写真を見る。ほら、ここにあるから、浮気の証拠。これが浮気じゃないなら、一体何が浮気になるっていうのさ。
『別に。そのままの意味。これ以上話すことない』
それだけ送って、また通知をオフにした。昨日の怒りを忘れちゃダメ。何をしたって許すつもりはないんだから。
怒りのまま自分に施したメイクは本当にブサイクで、夜中なのにラーメンなんか食べたから顔も浮腫んでて更にブス。あーあ。昨日、倫太郎のスマホ見なかったら今頃倫太郎と仲良くランチしてたのになあ。コンビニでなにかお昼ご飯でも買おうかと、出かける準備をしてドアを開けた。
「………っ!ナマエ!」
そこには、目の下に隈を作った倫太郎の姿が。
「な、に、してんの」
「ナマエ、俺納得できないよ」
「なんで倫太郎に納得してもらわないといけないの」
「おれ、なんかした……?」
……本当に、何も分かってないんだな。あくまでしらを切るつもりなのか、どっちなのか分からないけど。
「マッチングアプリに登録したでしょ」
「!みたの…?」
「うん。ほかの女の子と付き合うつもりなら、もう、いいかなって」
「ちが……っ!」
「それだけだから。じゃあね」
「まってってば!誤解なんだって!」
そう背中に呼びかけられたけど、微塵も止まる気になれなくて。どの面下げて会いに来たんだってイライラしながら倫太郎から逃げるように階段を降りて、目的のコンビニへ歩く。
……ていうか全然追ってくる気配ないんだけど。どういうことなの。ふつうさ、こういうのって追いかけてくるもんなんじゃないの。
後ろを振り向いて、倫太郎のいる方向を見る。スマホを耳に当てて、誰かと通話してるみたい。……なんか焦ってる?私にバレたから、めんどいことになったって?あの女に電話してるのかな。
わたしは、こんな気持ちになるために倫太郎と付き合ったんじゃない。わたしはわたしが一番大切なの。私を大切にしない倫太郎に構ってる暇なんか一瞬もないんだから。
今度こそ踵を返して、私は倫太郎と決別の道を歩んだ。
.
あれから倫太郎からの連絡は無い。
別に待ってるわけじゃない。ただもっと縋って来ると思ったから、拍子抜けしただけ。
倫太郎がいなくても、いつも通り世界は回る。お腹は空くし眠くもなる。ただちょぴっと、ほんの少しだけ、世界がゆっくり回っているような気がするだけで。
そんな時、私が倫太郎と別れたことを告げた友だちから、合コンに行かないかと誘われた。別れたばっかりだからそういう気持ちになれないと断ると、そういう時こそ男で空いた穴は男で埋めるに限ると教えてくれた。そんなもんなのかな。帰っても一人で居ることが辛くて、少しでも立ち直らなきゃと私はその合コンに参加することに決めた。倫太郎よりかっこくて、倫太郎より優しい男を選んでやる。
友だちに指定された居酒屋に着いて、自己紹介をして、目の前の男性と話をする。なんてことない、テンプレートのような会話。趣味だとか、犬と猫だったらどっちが好きだとか、休日は何をして過ごしているのかとか。そんなどうでもいいようなことを話していると、頭の中に浮かんでくる倫太郎の姿。やっぱり、どうしても比べてしまう。何よ。何でこれから前を向こうってときに、全然消えてくれないの。
倫太郎なら、馴れ馴れしく初対面の女に対して肩を組んできたりしないし、倫太郎なら、冷たいドリンク頼んだら今度は温かいのにしなよって言ってくれる。私が二種類のドリンクで迷ってたら、必ず片方頼んでくれて、味見させてくれて……
上の空で話を聞いていたら、いつの間にか私の前からさっきいた男性はいなくなっていた。しまった、考えごとし過ぎた。チラ、と賑やかな方に目を向けると、私以外の全員が思い思いに盛り上がっていた。まだ、元カレに未練がある状態でくるなんて、やっぱりよくなかったな。
幹事をしてくれた子にそっと「ごめんね、帰るね」って耳打ちして、お財布から五千円札を抜き取ってその子に託した。
「なんで、なんで浮気なんかしたの」
「私の、なにがだめだったの」
そんなことを呟いたところで、うわきしないりんたろーは帰ってこない。帰ってこないなら、もうすっきり諦めるべきだっていうのは、分かっているのに。
とぼとぼと歩いた冬の夜は、足のつま先から頭のてっぺんまで凍えるほどに寒い。息を零せば白くモヤになり、一層倫太郎が恋しく思えた。右手が温もりを求めてさ迷ってしまうので、コンビニでカイロを買って、私はそれをずっとずっと握りしめながら家へと急ぐ。
◇◇◇
恋の終わらせ方は知っている。
未練をなくす方法はいくつもある。
とうとう自暴自棄になって、ヤり目的でよく使われるアプリを入れた。免許証をわざわざ出して写真を撮って、本人確認のために数日の期間を要して、いざ男漁り。
今のこの寂しさを埋めてくれるなら誰でもいい。イケメンであれば。倫太郎は塩顔だから、ソース顔かしょうゆ顔がいい。とにかくもう、あの男を一刻も早く忘れさせて欲しい。
片っ端から顔が好みの男性を右にスワイプしていく。するとスルスルとマッチが決まり、ぽんぽんとメッセージが大量に届いた。その中でも比較的良識のある、普通の男性と何度かやり取りをして、実際に会う約束を取り付けた。頭の半分は、何度も何度も私に「やめておけ」と忠告を繰り返すのに、もう片方の頭が「早く忘れて次へいけ」と泣き叫んでいる。だからもう、こうするしかないんだ。
何度もキャンセルの旨をメッセージで送ろうとして、やめて、結局当日の朝を迎えてしまった。脳死のまま着替えてメイクをして、特にお気に入りでもないヒールを足に嵌めて待ち合わせ場所へ向かった。約束の場所に立っていたのは、倫太郎と似ても似つかないイケメン。ああ私、この人とするのか。なんか、いざこの人と男女の関係になるのかと思うと、急に冷めていくような感覚になる。やっぱ、嫌かも。
「ごめんなさい、やっぱり、今日はただご飯に行きませんか」
恐る恐る相手に伝えると、さっきまでにこにこしていた顔が急変した。
「は?てめえもそのつもりで来たんだろうが。今更ナシとか無いだろ」
「うーん、そうなんですけどね、途端にやる気がなくなってしまって。なのでごめんなさい」
食事奢りますから、と伝えると、更に目が怒りの方向へつり上がった。
「ふ、ふざけんなよ!クソ女!」
あー、めんどくさい事になった。こんなことになるなら黙って抱かれておけばよかった。
手を振り上げる目の前の男に、殴られるんだと悟って、目をつぶって、襲いかかる痛みに備えた。
?
あれ、殴られない。なぜ?
「人の彼女に、何してんだ!!」
「え、あ、りん、たろう…?」
ぜえぜえと呼吸を繰り返す倫太郎が、見たことないくらい怒った顔で相手の男性の手を捻り上げていた。
「ハァ!?しかも彼氏持ちかよ、尚更ふざけんなよ!この女、俺とヤるためにここにきたんだぜ?可哀想になあ!」
最後の悪あがきなのか、男はそう言って私を蔑んだ。そうだよね、この人の言う通りだ。ほんと、何してるんだろう、私。
「だからなんだよ。さっさと帰れよ」
「いみわかんねえ!」
唾が飛ぶくらい大袈裟に喚いて、男はやっと諦めてくれた。痛い目見るって、こういうこと言うんだ。
「倫太郎、なんでここに?」
「そんなこと、どうでもいいよ……。焦った。もう、全部洗いざらい吐くから、もうこんなことしないで。俺が悪かった」
洗いざらい吐く、というのが、一体どういうことなのか。倫太郎は何を隠しているのか、全く検討もつかないけれど、何故か私にとって悪い話じゃないように感じて、やはり首だけ先に縦に振る。
「……まあ、話を聞くだけなら」
◇◇◇
「え、つまり、男友だちの彼女さんがマチアプ使って浮気してるから、代わりにマッチングして彼氏さんとその女の子鉢合わせさせるためだったってこと!?!?」
だん、と置いたジュースが、ちょぴっと机の上にはねた。
「うん。本当にごめんね」
いやいや騙されないぞ。そう言って私を騙そうとしてるんじゃ。そういう気持ちと、なんだ、そういうことだったのか!!早とちりじゃん!とすっかり許すモードに入っている私。
「……信じられない。証拠は?」
「はい、全部見ていいよ」
差し出されたスマホを隅から隅まで確認していく。マッチングアプリには、例のあのS・Aさんから「待ち合わせ時間なんですけどどういうことですか!?」「何でりんさんは来ないんですか!?」「二人で私をはめたってこと!?」「信じらんない!!」というメッセージが立て続けに入っていた。
これはまあ、本当に、倫太郎の言っていることは合っているのかも。
「……最初から、説明してくれてたら良かったじゃん」
「それはそう。ほんとにごめん。まさかこんなに大事になるなんて思ってなかった。ほんと、俺が悪い」
「……うん」
頭を下げる倫太郎は、もう二度とこんなことしない。頼まれてもやらない。俺とやり直して欲しいと、私の目を真っ直ぐ見ながら伝えてくれた。その姿勢に、心がほっと温かくなって、さっきまでのモヤモヤとかイライラとか、全部どっかにいっちゃって。気づいたら、倫太郎の頭をわしゃわしゃ、と撫でていた。
「仲直り、してもいい?」
懇願するような瞳に、また私は言葉よりも先に頷いて、
「うん、仲直りする」と続けざまに答えた。
その日倫太郎と分け合った肉まんの味は、過去一美味しくて幸せな気持ちにさせてくれた。私が倫太郎を疑うことは、もう二度とないだろう。
おしまい
倫太郎と付き合ってから、ぼちぼち四年になる。
彼とは合コンのような、でも、そんな男女のドロっとした空気のない軽めの飲み会で知り合った。自己紹介をしていた段階では、ははーん、さては彼女いるのに遊びに来たな〜?と思うくらい、彼は自分の魅力について自信のある佇まいで、正直彼と付き合ったら痛い目を見るのは分かっていたから、最初から狙うこともなくシャットアウトしていた。
だいぶお酒の進んだころ。何となく、倫太郎と隣同士になった。ほんの少し揶揄うつもりで、何でそんなに場馴れしているの?って聞いたら、してないよ、本当に緊張してるって返ってきて。嘘だぁと思いながら彼を見つめると、目がどことなく泳いでいたり、肩にも力がはいっていたりして、本当に慣れていないんじゃないかって。意外だけど、そんな彼の醸し出す空気感に、思わず胸が甘酸っぱく痺れた。
「実は私もこういうとこ慣れてなくて。だから同じような人がいて助かった。ぶっちゃけどう立ち回ったらいいか分かんないもんね」
「ミョウジさんも同じなんだ。よかった…。あんまりグイグイ来られたら困ってたと思う」
どんどん盛り上がる周りの雰囲気に飲まれないように、いつの間にか肩を寄せあっていた。時折触れる手や肩に、どうしようもなくドキドキして堪らなかった。もっと二人で喋りたい、もっとこの人が知りたいって、気づいたら二人だけで抜け出して、二軒目に行って。
このまま付き合えなくても、遊びでもいいって思っていたのに。倫太郎は、「今日はもう解散しよう」って、そう言ってきた。てっきりこのままホテルに行くのかなって、少しドキドキしていたけど、意外と奥手な性格にまた、きゅんとして。「次もまた会ってくれる…?」不安そうに見つめられたその瞳に、ときめかないわけもなく、ほぼ無意識に頷いて、「うん」って、後から遅れて声に出していた。
考えるより身体が動くって、こういうことを言うんだ。
その後何度かデートに誘われて、こっちも誘って。出会った場所が合コンだなんて信じられないくらい、慎重に時を重ねて私たちは付き合った。
あれからもう、まる四年。最初の頃はお互いに気を遣っていた私たちだけど、四年も経てば慣れるというもので。私たちはもっと気楽な関係になっていたし、相手のことをより深く理解していたように思う。……少なくとも私は、あの事件がある前までは、完全に倫太郎のことを信頼しきっていた。
◇◇◇
最近、倫太郎がよそよそしい。
スマホを弄る回数があからさまに増えた気がする。一緒に過ごしている時も生返事だし、別のことに夢中になっているような気がしてならない。
思えば、疑わしいという気持ちが少しずつ私の頭の中を蓄積していったから、あの時倫太郎のスマホを盗み見るなんて愚かなことをしてしまったんだと思う。
.
今日は毎週恒例になっている倫太郎の家でお泊まりデート。倫太郎がお風呂に入っているのを、私はただぼーっとスマホを眺めながら待っていた。
そろそろ冬だし、コート新調したいなぁ。そんなことを思いながらファッションアプリを開いて人差し指でなぞっていく。あ、これいいな。ベージュ色のロングコートを何着か見て、お気に入り登録をして。そういえば倫太郎の誕生日もあと二ヶ月後だし、前から欲しいって言ってたスニーカーをお揃いで買うのもありかも。なんて、また違うアプリを開いたりしていた。
ピロン
ローテーブルの上に放置された倫太郎のスマホが、一件の通知を告げる。まるで自分のスマホを確認するかのように、私は倫太郎のスマホを手に取った。
【S.A さんから新着メッセージ:りんさん、いつお会い出来そうですか🫶?】
「……なに、これ」
画面上に表示される、ピンク色のアイコン。相手のイニシャルだけの名前、最後に付いてるハートマーク。ていうか、いつ会えますか?って、なに……?
中央にハートマークが描かれているそのアイコンは、よくCMで流れているマッチングアプリのそれで。ついこの前、今どきこんなのがCMで流れてくるんだねえ、なんて笑いあっていたのに。
つまり、これは、そういうこと、なんだろうなあ……。
思ったよりも冷静なのか、ショックを受けているのか私自身うまく飲み込めていない。何かの間違いなんじゃないかとすら思う。だってあの倫太郎がだよ……?私に嫉妬させようと?……いやいや、ないでしょ。そんなことする人じゃないし。
でも、じゃあ、何でマッチングアプリなんて入れてるの?
チラ、と風呂場を見やると、機嫌良さそうに鼻歌を口ずさむ倫太郎の姿が目に入る。
私と、ずっと別れたいと思ってた……?
全身から血の気が引いていくような感覚がして、視界がくらくらと揺れる。大好きな倫太郎に浮気された事実も、彼を信用していた自分の気持ちも、何もかも嫌になる。徐々にぎちぎちと色んな感情が頭に溜まって、心臓が、痛い。
震える手をしっかりもうひとつの手で握って、もう一度倫太郎のスマホに目をやった。アプリを開いたら既読が付くかもしれないから、迂闊には触れなくて。いや、これ以上、倫太郎に失望したくない。新しい事実を知るのがとてつもなく怖い。何度確認してもピンク色のアイコンがそこに表示されていた。幻でも夢でもない。これは事実なんだ。
私と別れる前に、別の人を探そうって、そういうことなんだ?いい人を見つけたから、だから今もそんな上機嫌で歌なんか歌ってるんだ?へえ、そう。
今倫太郎と顔を合わせたら、確実に冷静ではいられない。言いたいことを言いたいだけぶちまけて、傷ついた自分の心を更に傷つけてしまうに違いない。
生憎、疑わしさ100%の彼に配慮する心など持ち合わせていなかったので、私は私の心を守るために、この家から出ていくことを決めた。
おおよそ現実を受け止めきれない頭で、風呂場から聞こえるシャワーの音を聴きながらパジャマから普段着に着替えていく。自分の家の鍵と、スマホと、財布を雑にカバンの中に突っ込んでいつもと変わらない足取りで風呂場の前を通った。
「ばいばい、倫太郎」
わざとらしく玄関でそんなようなことを呟いて、靴を履いて、ドアを閉めた。
最後に倫太郎に好きと言われたのは、果たしていつだったかな。きっと彼の中で何かが変わって、私を好きじゃなくなったんだろうな。
堪えても溢れてくるそれに気付かないふりをして、夜の住宅街を静かに歩き出した。
***
倫太郎の家から出てしばらく歩いた夜道で、そういえぱ風呂から上がったら私が居なくなったことを不審に思うだろうな、と気がついて、倫太郎に連絡を入れることにした。もう好きじゃなくなった女のこととは言え、女の夜の一人歩きを心配する感情くらいは持っていると思ったから。これで逆に何も無かったら、私たちの四年は本当に何だったの、ってことになるけどね。
【もう別れよう】
それだけ打ち込んで、スマホの電源を落とした。今日だけは、彼からの連絡を気にせずに眠りたい。するりとカバンの中にスマホが滑り落ちていく。次に私が電源をつけるまで、一切の通知を知らせないただの板。そのことにほんの少しだけ、強ばっていた肩の力が抜けたような気がした。
倫太郎と一緒に歩いたこの夜道も、一人だと寂しい。音楽を聞こうにもスマホの充電は落としちゃったし、ウォークマンも持ってない。ああ、せめて今日くらいは知らないフリして大人しく倫太郎の家にいれば良かったかな……?いや、でも浮気男となんて一緒にいたくないし、何だかんだ許してしまいそうな気がするし…。もし、セックスをするってなったら、絶対に泣いてしまう自信しかない。私を気遣うその優しい手で、あのアプリで出会う女の子に触れているのかも。そう考えると、本当に無理。あー、想像しただけで落ち込む。
住宅街を抜けて少しすると、夜にお腹が空くと倫太郎がアイス買いにいこっか、と私を連れ出してくれるコンビニが現れた。
入口前のポールに二人して寄りかかって、夏はアイスを食べたし冬は肉まんをわけっこしたっけ。
あの時の楽しい思い出も、これから作る私との未来も、倫太郎にとっては全部全部どうでもよかったってこと……?
私の視界には、あの頃の何も心配せずに仲睦まじく笑いあっている過去の私たちの姿がぼんやりと写っていた。
そっか、私、悲しくて堪らないんだ。
堰を切ったように涙が溢れて止まらなかった。もう寒いから、濡れた頬は死ぬほど冷たいし、拭かなきゃいけないから手も濡れるし。こんなボロボロの状態で電車になんか乗りたくなかったし。これも全部全部、倫太郎のせいだ。こんなに倫太郎を好きになった、わたしのせいだ。
.
家に帰るまでに泣きすぎて、目が取れるかと思った。
朝起きて、自分の家のベッドに寝ていたことで昨日のことが夢じゃないんだって気がついて。一回死にたくなって、でもちゃんと冷静になった。普通に歯を磨いて、顔洗って保湿して。なんならもう、いつもより入念に。昨日までの自分とさよならするみたいに。
それから、スマホの電源をつけた。
【不在着信:53件】
【メッセージ:156件】
「え……っ!?」
うそ、え、こんな来るの……?
ビビり散らかしながら、メッセージをタップする。
【ねえ、別れよって何?】
【こんな時間に出ていくようなことなの?俺なんかした?】
【頼むから電話出て、なんかあったんじゃないかって流石に心配だよ】
【俺が悪かったところがあるなら直すから、お願いだから1回話そう】
【このまま終わりなんて、ほんとむり。おねがい】
倫太郎の、こんな焦ったようなメッセージ、初めて見た。本当に心当たりが無さそうなその姿勢に、むしろ昨日のは私の勘違いで幻だった説も出てきた。いや、いや。そんなことない。
心配になって、昨日、私のスマホで撮った一枚の写真を見る。ほら、ここにあるから、浮気の証拠。これが浮気じゃないなら、一体何が浮気になるっていうのさ。
『別に。そのままの意味。これ以上話すことない』
それだけ送って、また通知をオフにした。昨日の怒りを忘れちゃダメ。何をしたって許すつもりはないんだから。
怒りのまま自分に施したメイクは本当にブサイクで、夜中なのにラーメンなんか食べたから顔も浮腫んでて更にブス。あーあ。昨日、倫太郎のスマホ見なかったら今頃倫太郎と仲良くランチしてたのになあ。コンビニでなにかお昼ご飯でも買おうかと、出かける準備をしてドアを開けた。
「………っ!ナマエ!」
そこには、目の下に隈を作った倫太郎の姿が。
「な、に、してんの」
「ナマエ、俺納得できないよ」
「なんで倫太郎に納得してもらわないといけないの」
「おれ、なんかした……?」
……本当に、何も分かってないんだな。あくまでしらを切るつもりなのか、どっちなのか分からないけど。
「マッチングアプリに登録したでしょ」
「!みたの…?」
「うん。ほかの女の子と付き合うつもりなら、もう、いいかなって」
「ちが……っ!」
「それだけだから。じゃあね」
「まってってば!誤解なんだって!」
そう背中に呼びかけられたけど、微塵も止まる気になれなくて。どの面下げて会いに来たんだってイライラしながら倫太郎から逃げるように階段を降りて、目的のコンビニへ歩く。
……ていうか全然追ってくる気配ないんだけど。どういうことなの。ふつうさ、こういうのって追いかけてくるもんなんじゃないの。
後ろを振り向いて、倫太郎のいる方向を見る。スマホを耳に当てて、誰かと通話してるみたい。……なんか焦ってる?私にバレたから、めんどいことになったって?あの女に電話してるのかな。
わたしは、こんな気持ちになるために倫太郎と付き合ったんじゃない。わたしはわたしが一番大切なの。私を大切にしない倫太郎に構ってる暇なんか一瞬もないんだから。
今度こそ踵を返して、私は倫太郎と決別の道を歩んだ。
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あれから倫太郎からの連絡は無い。
別に待ってるわけじゃない。ただもっと縋って来ると思ったから、拍子抜けしただけ。
倫太郎がいなくても、いつも通り世界は回る。お腹は空くし眠くもなる。ただちょぴっと、ほんの少しだけ、世界がゆっくり回っているような気がするだけで。
そんな時、私が倫太郎と別れたことを告げた友だちから、合コンに行かないかと誘われた。別れたばっかりだからそういう気持ちになれないと断ると、そういう時こそ男で空いた穴は男で埋めるに限ると教えてくれた。そんなもんなのかな。帰っても一人で居ることが辛くて、少しでも立ち直らなきゃと私はその合コンに参加することに決めた。倫太郎よりかっこくて、倫太郎より優しい男を選んでやる。
友だちに指定された居酒屋に着いて、自己紹介をして、目の前の男性と話をする。なんてことない、テンプレートのような会話。趣味だとか、犬と猫だったらどっちが好きだとか、休日は何をして過ごしているのかとか。そんなどうでもいいようなことを話していると、頭の中に浮かんでくる倫太郎の姿。やっぱり、どうしても比べてしまう。何よ。何でこれから前を向こうってときに、全然消えてくれないの。
倫太郎なら、馴れ馴れしく初対面の女に対して肩を組んできたりしないし、倫太郎なら、冷たいドリンク頼んだら今度は温かいのにしなよって言ってくれる。私が二種類のドリンクで迷ってたら、必ず片方頼んでくれて、味見させてくれて……
上の空で話を聞いていたら、いつの間にか私の前からさっきいた男性はいなくなっていた。しまった、考えごとし過ぎた。チラ、と賑やかな方に目を向けると、私以外の全員が思い思いに盛り上がっていた。まだ、元カレに未練がある状態でくるなんて、やっぱりよくなかったな。
幹事をしてくれた子にそっと「ごめんね、帰るね」って耳打ちして、お財布から五千円札を抜き取ってその子に託した。
「なんで、なんで浮気なんかしたの」
「私の、なにがだめだったの」
そんなことを呟いたところで、うわきしないりんたろーは帰ってこない。帰ってこないなら、もうすっきり諦めるべきだっていうのは、分かっているのに。
とぼとぼと歩いた冬の夜は、足のつま先から頭のてっぺんまで凍えるほどに寒い。息を零せば白くモヤになり、一層倫太郎が恋しく思えた。右手が温もりを求めてさ迷ってしまうので、コンビニでカイロを買って、私はそれをずっとずっと握りしめながら家へと急ぐ。
◇◇◇
恋の終わらせ方は知っている。
未練をなくす方法はいくつもある。
とうとう自暴自棄になって、ヤり目的でよく使われるアプリを入れた。免許証をわざわざ出して写真を撮って、本人確認のために数日の期間を要して、いざ男漁り。
今のこの寂しさを埋めてくれるなら誰でもいい。イケメンであれば。倫太郎は塩顔だから、ソース顔かしょうゆ顔がいい。とにかくもう、あの男を一刻も早く忘れさせて欲しい。
片っ端から顔が好みの男性を右にスワイプしていく。するとスルスルとマッチが決まり、ぽんぽんとメッセージが大量に届いた。その中でも比較的良識のある、普通の男性と何度かやり取りをして、実際に会う約束を取り付けた。頭の半分は、何度も何度も私に「やめておけ」と忠告を繰り返すのに、もう片方の頭が「早く忘れて次へいけ」と泣き叫んでいる。だからもう、こうするしかないんだ。
何度もキャンセルの旨をメッセージで送ろうとして、やめて、結局当日の朝を迎えてしまった。脳死のまま着替えてメイクをして、特にお気に入りでもないヒールを足に嵌めて待ち合わせ場所へ向かった。約束の場所に立っていたのは、倫太郎と似ても似つかないイケメン。ああ私、この人とするのか。なんか、いざこの人と男女の関係になるのかと思うと、急に冷めていくような感覚になる。やっぱ、嫌かも。
「ごめんなさい、やっぱり、今日はただご飯に行きませんか」
恐る恐る相手に伝えると、さっきまでにこにこしていた顔が急変した。
「は?てめえもそのつもりで来たんだろうが。今更ナシとか無いだろ」
「うーん、そうなんですけどね、途端にやる気がなくなってしまって。なのでごめんなさい」
食事奢りますから、と伝えると、更に目が怒りの方向へつり上がった。
「ふ、ふざけんなよ!クソ女!」
あー、めんどくさい事になった。こんなことになるなら黙って抱かれておけばよかった。
手を振り上げる目の前の男に、殴られるんだと悟って、目をつぶって、襲いかかる痛みに備えた。
?
あれ、殴られない。なぜ?
「人の彼女に、何してんだ!!」
「え、あ、りん、たろう…?」
ぜえぜえと呼吸を繰り返す倫太郎が、見たことないくらい怒った顔で相手の男性の手を捻り上げていた。
「ハァ!?しかも彼氏持ちかよ、尚更ふざけんなよ!この女、俺とヤるためにここにきたんだぜ?可哀想になあ!」
最後の悪あがきなのか、男はそう言って私を蔑んだ。そうだよね、この人の言う通りだ。ほんと、何してるんだろう、私。
「だからなんだよ。さっさと帰れよ」
「いみわかんねえ!」
唾が飛ぶくらい大袈裟に喚いて、男はやっと諦めてくれた。痛い目見るって、こういうこと言うんだ。
「倫太郎、なんでここに?」
「そんなこと、どうでもいいよ……。焦った。もう、全部洗いざらい吐くから、もうこんなことしないで。俺が悪かった」
洗いざらい吐く、というのが、一体どういうことなのか。倫太郎は何を隠しているのか、全く検討もつかないけれど、何故か私にとって悪い話じゃないように感じて、やはり首だけ先に縦に振る。
「……まあ、話を聞くだけなら」
◇◇◇
「え、つまり、男友だちの彼女さんがマチアプ使って浮気してるから、代わりにマッチングして彼氏さんとその女の子鉢合わせさせるためだったってこと!?!?」
だん、と置いたジュースが、ちょぴっと机の上にはねた。
「うん。本当にごめんね」
いやいや騙されないぞ。そう言って私を騙そうとしてるんじゃ。そういう気持ちと、なんだ、そういうことだったのか!!早とちりじゃん!とすっかり許すモードに入っている私。
「……信じられない。証拠は?」
「はい、全部見ていいよ」
差し出されたスマホを隅から隅まで確認していく。マッチングアプリには、例のあのS・Aさんから「待ち合わせ時間なんですけどどういうことですか!?」「何でりんさんは来ないんですか!?」「二人で私をはめたってこと!?」「信じらんない!!」というメッセージが立て続けに入っていた。
これはまあ、本当に、倫太郎の言っていることは合っているのかも。
「……最初から、説明してくれてたら良かったじゃん」
「それはそう。ほんとにごめん。まさかこんなに大事になるなんて思ってなかった。ほんと、俺が悪い」
「……うん」
頭を下げる倫太郎は、もう二度とこんなことしない。頼まれてもやらない。俺とやり直して欲しいと、私の目を真っ直ぐ見ながら伝えてくれた。その姿勢に、心がほっと温かくなって、さっきまでのモヤモヤとかイライラとか、全部どっかにいっちゃって。気づいたら、倫太郎の頭をわしゃわしゃ、と撫でていた。
「仲直り、してもいい?」
懇願するような瞳に、また私は言葉よりも先に頷いて、
「うん、仲直りする」と続けざまに答えた。
その日倫太郎と分け合った肉まんの味は、過去一美味しくて幸せな気持ちにさせてくれた。私が倫太郎を疑うことは、もう二度とないだろう。
おしまい
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