あちゅむ保育園の話
◇◇◇
【15日目】
「ひなちゃん、今日も来たでー」
下級生の教室のドアを開け放ち声高らかに宣言すると、散らばっていた生徒がまるでモーセが海を割ったかのように綺麗に別れ、中央の道が開く。その光景にも段々と慣れてきたもので、今では生徒からの声援を満更でもなく片手で受けながらひなちゃんの席を目指した。途中で1人の生徒が駆け寄ってきて、先生!今日は比較的ご機嫌です!あ、ほんま?最後の水分補給いつ?えーと…2時間前です!アホか、授業終わったら都度麦茶飲ませえ言うたやろ!はい!すんません!………………そんな報告のやり取りをしながら、気づけばひなちゃんと目が合う位置までたどり着いていた。
「あ、みや、せんぱい…」
チラ、と不安そうにクラスメイトとアイコンタクトを取りつつ、深い頷きを貰ってからぺこりと挨拶をしてくれるひなちゃん。よかった、挨拶は返してくれるみたいや。
「ぁ、え、と…こんにちは…」
「こんにちは、今日は俺の片割れと、北さん持ってきたわ」
「!おにいちゃん!」
「はい、こっちがおさむくん、こっちがきたさん」
「わ!わ!おさむくん、きたさん!」
俺の手から2体のくまのぬいぐるみを受け取ったひなちゃんは、そのまま机の上に並べておもむろにカバンの中をがさごそと漁り出す。ひなちゃんの小さい手の平からはみ出る、くまのぬいぐるみ。あれ、でも…なんか足されてるような気がすんなぁ…?
「あちゅむくん!」
「!!それ、」
「あの、クラスメイトの、まきちゃんが、くまさんに名札付けてくれて、それで、えっと……」
机に並べられた、黄色いフェルトで俺の金髪を表したあちゅむくん。薄桃色のハンカチの上にちょこんと乗っていた。こんな、こんな可愛くリメイクして、毎日学校に持ってきてくれているなんて…!あかん、そんな気に入ってくれとるなんて、思わんかったわ。
「おさむくんは、みやせんぱいの、兄弟、ですか?」
「ん、せや。双子の兄弟や」
「あつむ、せんぱい?」
ひなちゃんが俺を指さして、そう、言った。
「こら、ひなちゃん。人に指さしていいんだっけ?」
「あ、ごめんなさい、だめなことした…」
クラスメイトに叱られて、眉がしゅんと八の字に下がっていく。全身をきゅっとさせてさっきよりももっと小さく縮こまったひなちゃんは、同級生にうるうるした視線を送って許しを乞うていた。ちゃうんよな、失礼なことしたかったわけちゃうくて、俺が侑やって、認識したんよな?わかっとるで、大丈夫や。素直に謝れる子はお利口さんなんやで。
「ええよ、許したる。その代わり、俺の事侑先輩って呼んでな」
「!はい、あ、あつむ、せんぱい…!」
うっ、くるしい、胸がくるしい、俺は夢でも見とるんか。ぎこちなく笑う顔には、まだ不安が隠れているのが分かる。それでも、少しずつ心を開いてくれようと頑張っている姿に胸を打たれた。
「ありがとお」
過去一すんなり出た感謝の言葉には出した自分でも驚いた。ありがとおって、こんな気持ちのええもんなんやな。初めての気持ちに気づかせてくれて、ありがとお。心の中で、もう一度そう心に染み込ませた。
◇◇◇
そう言って笑ったあつむ先輩は、あの日みた怖い顔を上書きするには充分な笑顔だった。今までずっと目を合わせられなくて下ばかり向いていたけど、先輩って、こんなふうに笑うんだ。砕けたような笑顔に、胸がドキドキと音を鳴らす。思えば、あつむ先輩はずっと優しかった。あの日怒ってたのも、先輩にとって大事な、とっても大事なバレーの練習を邪魔されたと思ったからで、わざとじゃないのかもしれない…。それに、こうして毎日謝りに来てくれて、おかしも、くまさんも、プリンも、いっぱい、いっぱいわたしの好きなもの、くれて…。
先輩に、ありがとうって、言いたい。ずっとずっと、怖がっててごめんなさいって、言いたい。あつむ先輩と、仲良しになりたい。だって、今までこんなふうにしてくれた人、他に居ない。あつむ先輩、あつむ先輩……。明日も、来るのかな…?来て、ほしいな…。
【16日目】
次の日のお昼休み、あつむ先輩はいつもみたいにニコニコして、わたしの好きなお菓子をもって来てくれた。今日はチョコチップにしたで、なんて。もう、怒鳴られるわけなんてないのに、目の前に来るとやっぱり怖くて…。そういう気持ちが伝わってしまったのか、今日もあつむ先輩は、わたしからちょっぴり離れたところにしゃがんで目線を合わせてくれていた。そうやって困らせたいわけじゃ、ないのに…。あつむ先輩がお話したいと思ってくれているように、わたしも、ちゃんとお話したい…!でも、身体が言うことを聞いてくれない…。なんで…?もう、大丈夫なのに。わたしも仲良くなりたいのに…!
そう思えば思うほど、からだに力が入ってかちこちになってしまう。そうして心のどこかで、お兄ちゃんに助けを求めてしまう。うう、こんなんじゃ、あつむせんぱいと仲良くなれない…。
すっかり元気がなくなって俯いてしまう私の頭に、あつむせんぱいが、ぽん、とあちゅむくんのおててを乗せてくれた。
「あ……」
そのままなでなで、とぬいぐるみのおててが滑っていく。なんだろう、胸の当たりが、ぽかぽかとしてきた。だって、あつむ先輩のお顔が、とっても優しくて、まるでお母さんみたいな…ううん、お母さんとも、お兄ちゃんとも違う…。この気持ちは、なんだろう。
◇◇◇
【20日目】
今日も教室に来るなり、クラスメイトと軽い打ち合わせをしてひなちゃんの元へ歩いていく。こんなことをもうひと月近く過ごしてるからか、部活中以外はひなちゃんについて考えることが殆どや。今何してんねやろ、困ったことになってへんやろか。俺が毎日来ること、どう思ってんねやろ。そんなことが頭を支配する。授業中、教室から見えるグラウンドで1年が体育の授業をしているとあの子の姿をいつまでも探してしまうようになった。怪我してへんやろか、他クラスと合同やったら、虐められてへんやろか。クラスの連中、ちゃんとフォローしてやってんのか?……心配、不安、焦り、まるで自分に子どもができたみたいな、そんな感覚。あ。男子とくっついて体操しとる。は?高校生やぞ、男女別れるんが普通やろ。それにあの子とそいつじゃあ体格もちゃう。万が一怪我でもしたら…オイ、近いんじゃボケ、離れろや、俺かてそんな近づけたことないちゅうねん、カス。そうやって窓にへばりついて暴言を吐いていたら担任に教科書で頭しばかれた。いや、どう考えても俺悪ないやろ。ズキズキする頭を押さえて部活行ったら角名にクソ笑われるし、ほんまなんなん?
「あつむ先輩、こんにちは…!」
この子の声が、そんなモヤモヤを一瞬でかっさらってくれる。今日は向こうから挨拶してくれた、それがこんなにも嬉しい。ぎこちないけど口角を上げて、ニコ……ッて笑っとる。はわわ。
「ひなちゃん、こんにちは」
俺も挨拶返さな、キモイくらいニヤける顔を何とか押え込んで声を出すが振動マシンの上に乗ってるんか?ってくらい声が震えた。おいそこ、笑っとんちゃうぞ!!!!
「ひなちゃん、今日はな……」
今日は、と喋りだしたところで、言葉に詰まってしまう。今日は、明日は、明後日は。ここにきて、20日間、殆ど拒絶されてきた過去が分厚い原稿用紙のような束になって急にドサッと降ってきた。ああ、重い。首が痛い。いつまでも下を向いてたらひなちゃん変に思うで。でも、顔を上げたくても、紙の束が俺の頭から退いてくれへん。退いてくれ、退け。退けや。ああ、えーと、このあとなんて言うんか忘れた。なんか、話さな。せや、今日も、お菓子を持ってきて、それで。あかん、今日、拒絶されたら、泣いてまうかもしれん。人に拒絶されたことない、ましてや、拒絶されるんがこんなにキツイって思ったことなんかない。感じたことのないこの感情は、なんて名前が付いとるんやろ。ああ、ひなちゃん、頼む、今日は、今日だけは、俺を、拒絶せんといて。
不意に、ひなちゃんとの距離が近くなる。近い…?いや、いつも椅子に座って、受け身だったひなちゃんが、立って、一歩、俺に近づいてきとる。え、え、え…?
「あつむ先輩…わたし、あつむ先輩に、謝りたくて……っ」
精一杯、背伸びしながら、少しでも俺に近づこうとしてくれる、ひなちゃん。その迫力に気圧されて、俺は、一歩後ろへ下がってしまう。あれ、ちゃう。今までと、逆になっとる。距離を取ったと勘違いされたくなくて、一歩近づこうとするけれど、ひなちゃんがずい、と前へ出てきて、俺はその場で動けんくなっていた。
「あの日、あつむ先輩が怒ってたの、ちゃんとわかったん、です…っ!だいじな、だいじなバレーを、邪魔しにきたんだって、思っちゃったんですよね……?」
「アア……ウン……セヤネン……」
「ずっと、ずっと謝りに、きて、くれてたのに……っ!やだって、近寄らんといてくださいって、ずっとずっと聞こえないようにしてて、ごめんなさい……っ!!」
「ひ、ひなちゃ…………」
ガバ、と地面に着くんやないかってくらい頭を下げる、ひなちゃん。ああ、ちゃうねん、ちゃう、謝って欲しかったんちゃうねん、謝らんといけんのは、むしろおれで、ああ、でも、ひなちゃん、そんなこと思っててくれたんや。ずっと、俺に対して、ごめんって、ちょっとでも俺のこと、気にしてくれてたんや。そう思うと、喉の奥がきゅぅ、と締まりきってじわりじわりと涙が込み上げてくる。
「おれの、俺の方こそ、あん時、急に怒鳴ったりしてもうて、ほんまに、ごめん……!二度とあんなことせえせん、誓う。せやから、俺のこと、許してくれる……?」
「……っ!!はい、はい……っ!、許します……っ!!」
「うぁ……っ!!よか……っ!!よかったぁ……っ!!」
教室のど真ん中で、まるで長年会えなかった親子が再開したかのようにぎゅうぎゅうといつまでも抱きしめ合っていた。2人の間のすれ違いがようやく解けて、教室中から歓声や拍手が鳴り響いた。感激のあまり、侑がひなの胴体を持ち上げて高い高い!をしてしまい、やべ、泣くか……!?という緊迫に包まれたが、きゃっきゃっ!と喜ぶ陽菜を見て、さらに会場が沸いた。たまたま教室に入ってきた先生もなぜだか泣いており、授業開始のチャイムが鳴っても、咎める者は誰も居なかったという――。
いや、誰か止めろや。
◇◇◇
第3章
約ひと月にも及ぶ謝罪チャレンジにも無事決着が着き、高校生天才セッター宮侑にも約ひと月ぶりの平穏が訪れていた。
「こうしてゆっくり昼飯食うんも久々やなあ」
「それにしては元気ないじゃん」
侑がもそもそとご飯を食べているのを、クラスメイトである角名倫太郎はつまらなさそうに眺めていた。彼はすぐスマホに視線を戻してしまうので、侑はスマホ依存症か?と茶々をいれる。そこまでが、彼らのいつもの会話のお決まりパターンである。
「はぁ、ひなちゃんに会いたい…」
「オッホホ!もっかい言って?なんやて?」
「…………おれ、こえだしてた?」
「思いっきし」
マジか、である。
宮侑(通称:人でなし)は、生きてきて17年、人に"会いたい"と思ったことなどない。にも関わらず、たったひと月、あの子と接していただけで絆されてしまったというのか。だめだ、ひとたび会いたいと思ってしまったら、もう頭の中はあの子に会いたいという欲求でいっぱいになってしまう。やりたい!と思ったことは何がなんでもやらないと気が済まない男を自称しているので、残りのご飯粒やらおかずやらを一気にかき込んだ侑は、「行ってくる!」と口をもごもごさせながら教室を飛び出してしまった。目的は、1年の教室の会いたくてたまらないあの子の席。
.
「あ、ねえ、侑先輩やない?」
「あ、ほんまや!」
しくった。あの子に会いたいがためになんも考えずに来てもうた。
目立つ身長、目立つ髪色、目立つビジュアル。これだけ揃っていて注目されないわけがない。避けても避けても人に囲まれる。なんやここは無法地帯か。俺は芸能人か。俺が人でなし呼ばれてんのしらんのか、こいつらは。でかい声出してビビらせたろうかな。
思い切り息を吸い込んで、腹から出てくるイラつきを吐き出そうとして、ふと、我に返った。ひなちゃんが、聞いてたらどないしよ。また、振り出しに戻るんちゃうか。また、怖がらせてしまうんじゃ。
……そんなん、あかんねん。やっと仲良くなれた。やっと落ち着いて話ができるようになった。せやから、あかんねん。
俺が何も言えないでいることをいいことに、女子の輪はどんどん大きくなっていく。かごめかごめ、かごの中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つると亀が滑った、後ろの正面……
ああ、もう!ほんま鬱陶しい!もうあかん我慢の限界や!制服の裾を掴む者、腕をひっぱる者、髪の毛に触る者、背中に抱き着いている者、何もかもが鬱陶しい。声もやかましい。キンキンキン甲高い声が頭の中をわっと支配すんねん、ほんま無理、頭痛なってきた。しぬ、限界や。
一人の女子生徒に腕を引っ張られ、ついにその重さに負けてしゃがみこんでしまう。俺はラグビーのボールか?もうこれ収集着かん。離せや、離せ。俺に触ってええのはあの子だけや。
「…いい加減に…っ!!!!」
もみくちゃにされる俺の前に、人影が覆いかぶさる。あ、この香り。この息遣い。
「あ、あの……っ!あ、あちゅむせんぱ…、せんぱいが…!」
会いたくて会いたくてたまらなかったあの子が、俺を守るように立ちはだかっていた。人よりも小柄な子が、自分よりも怖いはずの気の強い女子に向かって微動だにしない。
「ハァ?」
「アンタ何様やねん、そこ退けや」
鋭く突き刺すような声。ああ、こんなん聞いたら泣いてまう。かわいそうに。俺が今なんとかしたるからな。そう思って彼女に視線を向けると、目に大きな雫を抱えて、それはもう堂々とした態度で踏ん張っていた。……自分で、なんとかしようとしてんねんな。俺を、助けようとしてんねん。
ふと、ひなちゃんのクラスメイトは何してんのやろ、とあたりを見回す。……居た。もっそい睨み効かしてる奴らが居た。でも皆がひなちゃんの行動を見守っているようだ。俺も見守らな。この子が今からしようとしてくれてることを。大丈夫や。大丈夫やで。俺がいるから。言いたいこと、ちゃんと言い。
「あつむ先輩、困ってるから!か、囲まんといてください!!」
あ、あかん…心臓、ぎゅうってなる。この子の勇気を、優しさを胸いっぱいに浴びて、もうさっきまでのイライラとか焦りなんかがビュンってどっか行ってもうた。涙いっぱい溜めて、俺のために立ちはだかってくれた。
あの、クラスメイトの陰に隠れていつもおびえていた子が、やで。こんなん、好きになってまうに決まっとるやん。自分絵も顔が赤くなるのを感じた。好き。好きや。俺この子がどうしようもなく好きや。それ以外何も考えられずにぼーっとしていると、不意にひなちゃんに手を掴まれる。
「先輩、行きましょう!」
もう、ぴよぴよ泣いていたひな鳥はどこにもいなくて。俺が惚れた女は逞しく、俺の手を引っ張って勇敢にも女子の群れをかき分けていく。
あまり体力のない小さな体でぽてぽてと走ったり歩きながらたどり着いた先は、俺たちが初めて会った体育館裏。ぜえぜえと肩をいっぱい使って深呼吸しているひなちゃんの流れ落ちそうな涙をすくってやる。
「あつむ、先輩…余計な、おせわでしたか…?」
「そんなわけ、ないやん」
俺が今どんなに嬉しいか。今まで一方通行だった思いを、この子から返してくれた。怖かっただろうに、近づきたくなかっただろうに。その勇気に、どれだけ俺が助けられたか。
「わたし、あつむ先輩がとられるかもって、思って…」
「……へ?」
「わたし、ほかの女の子みたいに可愛くないし……すたいるも、よくないけど…」
「え、え……」
「あ、あちゅむ先輩のこと、すきなんです!!!!」
突然の告白に、膝から崩れ落ちる。
え、マジ?夢やない?ほっぺた痛あ!!
「お、おれもや…ひなちゃんのこと、大好きやで」
びっくりしたように開かれる目が、嬉しさと恥ずかしさで細く弧を描いていく。可愛いぬいぐるみが大好きで、プリンが好き。怖がりでいつもびくびくしていて、頑張り屋さん。俺、この子の全部が大好きなんや。
◇◇◇
その頃1年の廊下では
「アンタら誰に向かって啖呵切っとんのか分かっとるんやろうな!?よくもまあうちらの赤ちゃ…ンンッ、クラスメイトに手ェ出してくれたわほんま。どう落とし前つけるつもりなん?お?」
「俺らのひなちゃんが…あの金髪ドちくしょうに取られた…!」
「私らの赤ちゃんやったのに…!!」
教師が出動するちょっとした騒ぎになったとか、ならなかったとか。
◇◇◇
おまけ
「で、あの二人付き合ったんだ」
「ほうらひいれ(そうらしいで)」
隣でパンを貪り食ってる片割れに目配せするけど、自分の兄弟の色恋沙汰に興味がないのか頑なに視線をスマホから離さない。興味ないっつうか、絶対に見ないという確固たる意思。
「おっほほ、冷たいじゃん」
「デレデレしてるあいつキッショイねん。せやから死んでも見ん」
イライラしたような態度の治に言われて再度廊下に視線を戻すと、たしかに見たことないくらい侑の表情が緩んでいる。クラスの連中もあり得ないといった表情で教室外にいる二人を凝視して、女子に至ってはあそこのポジションはウチのもんやった可能性もあった、と泣いている奴も居た。でもまあ、無理だろうな。あの二人の間に割って入ったら侑キレ散らかすんだろうなあ。北さんもだけど。
.
「あつむ先輩、今度このかふぇに行きたくて…」
「うん、行こうな。ひなちゃんが行きたいとこ、どこでも連れてったるわ」
かふぇ、かふぇやって…!!一人じゃ行かせられんと北さんに禁止されとったかふぇに行きたいんやって!そんなんやったら自分が連れてったればええのに、かわいそおやわあ。律儀に言うこと聞いてんのも可愛いしなあ。
「でね……あつむ先輩、聞いてます?」
少しむっとしたひなちゃんに下からのぞき込まれる。ヒッ、なんやねんその顔、可愛いわ。俺のことどないするつもりやねん。
「もう、人の話きかない人は、あつむ君って呼びますからね!」
「呼んで」
「え…?」
「あつむくんて、呼んで」
困惑した表情のひなちゃんに、覆いかぶさるようにしてそのまま壁際へ追い込んだ。ここからだと、教室から見えへんな。
「え、と……あつむくん…」
「ん、なあに?」
顔真っ赤にして、スマホで顔隠して。もうほんまに、キスしたいわ…。
いや、あかん。そんなんしたら北さんに叱られるどころか殺されるわ!
「あつむくん、かがんで……?」
「え、あ…な、なに…?」
制服の襟をくいくいと引っ張られて、そのまま彼女のいい位置まで下げられる。
ちゅ。
瞬間、ほっぺたに触れるぷっくりとした感触。あ……やぁらかい……ええ匂いする……。
「わ、え、はわ…ひなちゃ、あかん、俺北さんに殺され……っ」
「だから二人だけの、ひみつ、ね」
「ウワッーーーーーーー!!!!」
むりむりむりむり俺ださいってほんま!熱くなった顔を手で覆いながら廊下をダッシュで逃げ去る。途中で先生に「宮廊下走んなや!」と怒られた気がしたが知らんそんなの。あんなん、あんなん、
「ずっるいでほんまに!!!!」
【15日目】
「ひなちゃん、今日も来たでー」
下級生の教室のドアを開け放ち声高らかに宣言すると、散らばっていた生徒がまるでモーセが海を割ったかのように綺麗に別れ、中央の道が開く。その光景にも段々と慣れてきたもので、今では生徒からの声援を満更でもなく片手で受けながらひなちゃんの席を目指した。途中で1人の生徒が駆け寄ってきて、先生!今日は比較的ご機嫌です!あ、ほんま?最後の水分補給いつ?えーと…2時間前です!アホか、授業終わったら都度麦茶飲ませえ言うたやろ!はい!すんません!………………そんな報告のやり取りをしながら、気づけばひなちゃんと目が合う位置までたどり着いていた。
「あ、みや、せんぱい…」
チラ、と不安そうにクラスメイトとアイコンタクトを取りつつ、深い頷きを貰ってからぺこりと挨拶をしてくれるひなちゃん。よかった、挨拶は返してくれるみたいや。
「ぁ、え、と…こんにちは…」
「こんにちは、今日は俺の片割れと、北さん持ってきたわ」
「!おにいちゃん!」
「はい、こっちがおさむくん、こっちがきたさん」
「わ!わ!おさむくん、きたさん!」
俺の手から2体のくまのぬいぐるみを受け取ったひなちゃんは、そのまま机の上に並べておもむろにカバンの中をがさごそと漁り出す。ひなちゃんの小さい手の平からはみ出る、くまのぬいぐるみ。あれ、でも…なんか足されてるような気がすんなぁ…?
「あちゅむくん!」
「!!それ、」
「あの、クラスメイトの、まきちゃんが、くまさんに名札付けてくれて、それで、えっと……」
机に並べられた、黄色いフェルトで俺の金髪を表したあちゅむくん。薄桃色のハンカチの上にちょこんと乗っていた。こんな、こんな可愛くリメイクして、毎日学校に持ってきてくれているなんて…!あかん、そんな気に入ってくれとるなんて、思わんかったわ。
「おさむくんは、みやせんぱいの、兄弟、ですか?」
「ん、せや。双子の兄弟や」
「あつむ、せんぱい?」
ひなちゃんが俺を指さして、そう、言った。
「こら、ひなちゃん。人に指さしていいんだっけ?」
「あ、ごめんなさい、だめなことした…」
クラスメイトに叱られて、眉がしゅんと八の字に下がっていく。全身をきゅっとさせてさっきよりももっと小さく縮こまったひなちゃんは、同級生にうるうるした視線を送って許しを乞うていた。ちゃうんよな、失礼なことしたかったわけちゃうくて、俺が侑やって、認識したんよな?わかっとるで、大丈夫や。素直に謝れる子はお利口さんなんやで。
「ええよ、許したる。その代わり、俺の事侑先輩って呼んでな」
「!はい、あ、あつむ、せんぱい…!」
うっ、くるしい、胸がくるしい、俺は夢でも見とるんか。ぎこちなく笑う顔には、まだ不安が隠れているのが分かる。それでも、少しずつ心を開いてくれようと頑張っている姿に胸を打たれた。
「ありがとお」
過去一すんなり出た感謝の言葉には出した自分でも驚いた。ありがとおって、こんな気持ちのええもんなんやな。初めての気持ちに気づかせてくれて、ありがとお。心の中で、もう一度そう心に染み込ませた。
◇◇◇
そう言って笑ったあつむ先輩は、あの日みた怖い顔を上書きするには充分な笑顔だった。今までずっと目を合わせられなくて下ばかり向いていたけど、先輩って、こんなふうに笑うんだ。砕けたような笑顔に、胸がドキドキと音を鳴らす。思えば、あつむ先輩はずっと優しかった。あの日怒ってたのも、先輩にとって大事な、とっても大事なバレーの練習を邪魔されたと思ったからで、わざとじゃないのかもしれない…。それに、こうして毎日謝りに来てくれて、おかしも、くまさんも、プリンも、いっぱい、いっぱいわたしの好きなもの、くれて…。
先輩に、ありがとうって、言いたい。ずっとずっと、怖がっててごめんなさいって、言いたい。あつむ先輩と、仲良しになりたい。だって、今までこんなふうにしてくれた人、他に居ない。あつむ先輩、あつむ先輩……。明日も、来るのかな…?来て、ほしいな…。
【16日目】
次の日のお昼休み、あつむ先輩はいつもみたいにニコニコして、わたしの好きなお菓子をもって来てくれた。今日はチョコチップにしたで、なんて。もう、怒鳴られるわけなんてないのに、目の前に来るとやっぱり怖くて…。そういう気持ちが伝わってしまったのか、今日もあつむ先輩は、わたしからちょっぴり離れたところにしゃがんで目線を合わせてくれていた。そうやって困らせたいわけじゃ、ないのに…。あつむ先輩がお話したいと思ってくれているように、わたしも、ちゃんとお話したい…!でも、身体が言うことを聞いてくれない…。なんで…?もう、大丈夫なのに。わたしも仲良くなりたいのに…!
そう思えば思うほど、からだに力が入ってかちこちになってしまう。そうして心のどこかで、お兄ちゃんに助けを求めてしまう。うう、こんなんじゃ、あつむせんぱいと仲良くなれない…。
すっかり元気がなくなって俯いてしまう私の頭に、あつむせんぱいが、ぽん、とあちゅむくんのおててを乗せてくれた。
「あ……」
そのままなでなで、とぬいぐるみのおててが滑っていく。なんだろう、胸の当たりが、ぽかぽかとしてきた。だって、あつむ先輩のお顔が、とっても優しくて、まるでお母さんみたいな…ううん、お母さんとも、お兄ちゃんとも違う…。この気持ちは、なんだろう。
◇◇◇
【20日目】
今日も教室に来るなり、クラスメイトと軽い打ち合わせをしてひなちゃんの元へ歩いていく。こんなことをもうひと月近く過ごしてるからか、部活中以外はひなちゃんについて考えることが殆どや。今何してんねやろ、困ったことになってへんやろか。俺が毎日来ること、どう思ってんねやろ。そんなことが頭を支配する。授業中、教室から見えるグラウンドで1年が体育の授業をしているとあの子の姿をいつまでも探してしまうようになった。怪我してへんやろか、他クラスと合同やったら、虐められてへんやろか。クラスの連中、ちゃんとフォローしてやってんのか?……心配、不安、焦り、まるで自分に子どもができたみたいな、そんな感覚。あ。男子とくっついて体操しとる。は?高校生やぞ、男女別れるんが普通やろ。それにあの子とそいつじゃあ体格もちゃう。万が一怪我でもしたら…オイ、近いんじゃボケ、離れろや、俺かてそんな近づけたことないちゅうねん、カス。そうやって窓にへばりついて暴言を吐いていたら担任に教科書で頭しばかれた。いや、どう考えても俺悪ないやろ。ズキズキする頭を押さえて部活行ったら角名にクソ笑われるし、ほんまなんなん?
「あつむ先輩、こんにちは…!」
この子の声が、そんなモヤモヤを一瞬でかっさらってくれる。今日は向こうから挨拶してくれた、それがこんなにも嬉しい。ぎこちないけど口角を上げて、ニコ……ッて笑っとる。はわわ。
「ひなちゃん、こんにちは」
俺も挨拶返さな、キモイくらいニヤける顔を何とか押え込んで声を出すが振動マシンの上に乗ってるんか?ってくらい声が震えた。おいそこ、笑っとんちゃうぞ!!!!
「ひなちゃん、今日はな……」
今日は、と喋りだしたところで、言葉に詰まってしまう。今日は、明日は、明後日は。ここにきて、20日間、殆ど拒絶されてきた過去が分厚い原稿用紙のような束になって急にドサッと降ってきた。ああ、重い。首が痛い。いつまでも下を向いてたらひなちゃん変に思うで。でも、顔を上げたくても、紙の束が俺の頭から退いてくれへん。退いてくれ、退け。退けや。ああ、えーと、このあとなんて言うんか忘れた。なんか、話さな。せや、今日も、お菓子を持ってきて、それで。あかん、今日、拒絶されたら、泣いてまうかもしれん。人に拒絶されたことない、ましてや、拒絶されるんがこんなにキツイって思ったことなんかない。感じたことのないこの感情は、なんて名前が付いとるんやろ。ああ、ひなちゃん、頼む、今日は、今日だけは、俺を、拒絶せんといて。
不意に、ひなちゃんとの距離が近くなる。近い…?いや、いつも椅子に座って、受け身だったひなちゃんが、立って、一歩、俺に近づいてきとる。え、え、え…?
「あつむ先輩…わたし、あつむ先輩に、謝りたくて……っ」
精一杯、背伸びしながら、少しでも俺に近づこうとしてくれる、ひなちゃん。その迫力に気圧されて、俺は、一歩後ろへ下がってしまう。あれ、ちゃう。今までと、逆になっとる。距離を取ったと勘違いされたくなくて、一歩近づこうとするけれど、ひなちゃんがずい、と前へ出てきて、俺はその場で動けんくなっていた。
「あの日、あつむ先輩が怒ってたの、ちゃんとわかったん、です…っ!だいじな、だいじなバレーを、邪魔しにきたんだって、思っちゃったんですよね……?」
「アア……ウン……セヤネン……」
「ずっと、ずっと謝りに、きて、くれてたのに……っ!やだって、近寄らんといてくださいって、ずっとずっと聞こえないようにしてて、ごめんなさい……っ!!」
「ひ、ひなちゃ…………」
ガバ、と地面に着くんやないかってくらい頭を下げる、ひなちゃん。ああ、ちゃうねん、ちゃう、謝って欲しかったんちゃうねん、謝らんといけんのは、むしろおれで、ああ、でも、ひなちゃん、そんなこと思っててくれたんや。ずっと、俺に対して、ごめんって、ちょっとでも俺のこと、気にしてくれてたんや。そう思うと、喉の奥がきゅぅ、と締まりきってじわりじわりと涙が込み上げてくる。
「おれの、俺の方こそ、あん時、急に怒鳴ったりしてもうて、ほんまに、ごめん……!二度とあんなことせえせん、誓う。せやから、俺のこと、許してくれる……?」
「……っ!!はい、はい……っ!、許します……っ!!」
「うぁ……っ!!よか……っ!!よかったぁ……っ!!」
教室のど真ん中で、まるで長年会えなかった親子が再開したかのようにぎゅうぎゅうといつまでも抱きしめ合っていた。2人の間のすれ違いがようやく解けて、教室中から歓声や拍手が鳴り響いた。感激のあまり、侑がひなの胴体を持ち上げて高い高い!をしてしまい、やべ、泣くか……!?という緊迫に包まれたが、きゃっきゃっ!と喜ぶ陽菜を見て、さらに会場が沸いた。たまたま教室に入ってきた先生もなぜだか泣いており、授業開始のチャイムが鳴っても、咎める者は誰も居なかったという――。
いや、誰か止めろや。
◇◇◇
第3章
約ひと月にも及ぶ謝罪チャレンジにも無事決着が着き、高校生天才セッター宮侑にも約ひと月ぶりの平穏が訪れていた。
「こうしてゆっくり昼飯食うんも久々やなあ」
「それにしては元気ないじゃん」
侑がもそもそとご飯を食べているのを、クラスメイトである角名倫太郎はつまらなさそうに眺めていた。彼はすぐスマホに視線を戻してしまうので、侑はスマホ依存症か?と茶々をいれる。そこまでが、彼らのいつもの会話のお決まりパターンである。
「はぁ、ひなちゃんに会いたい…」
「オッホホ!もっかい言って?なんやて?」
「…………おれ、こえだしてた?」
「思いっきし」
マジか、である。
宮侑(通称:人でなし)は、生きてきて17年、人に"会いたい"と思ったことなどない。にも関わらず、たったひと月、あの子と接していただけで絆されてしまったというのか。だめだ、ひとたび会いたいと思ってしまったら、もう頭の中はあの子に会いたいという欲求でいっぱいになってしまう。やりたい!と思ったことは何がなんでもやらないと気が済まない男を自称しているので、残りのご飯粒やらおかずやらを一気にかき込んだ侑は、「行ってくる!」と口をもごもごさせながら教室を飛び出してしまった。目的は、1年の教室の会いたくてたまらないあの子の席。
.
「あ、ねえ、侑先輩やない?」
「あ、ほんまや!」
しくった。あの子に会いたいがためになんも考えずに来てもうた。
目立つ身長、目立つ髪色、目立つビジュアル。これだけ揃っていて注目されないわけがない。避けても避けても人に囲まれる。なんやここは無法地帯か。俺は芸能人か。俺が人でなし呼ばれてんのしらんのか、こいつらは。でかい声出してビビらせたろうかな。
思い切り息を吸い込んで、腹から出てくるイラつきを吐き出そうとして、ふと、我に返った。ひなちゃんが、聞いてたらどないしよ。また、振り出しに戻るんちゃうか。また、怖がらせてしまうんじゃ。
……そんなん、あかんねん。やっと仲良くなれた。やっと落ち着いて話ができるようになった。せやから、あかんねん。
俺が何も言えないでいることをいいことに、女子の輪はどんどん大きくなっていく。かごめかごめ、かごの中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つると亀が滑った、後ろの正面……
ああ、もう!ほんま鬱陶しい!もうあかん我慢の限界や!制服の裾を掴む者、腕をひっぱる者、髪の毛に触る者、背中に抱き着いている者、何もかもが鬱陶しい。声もやかましい。キンキンキン甲高い声が頭の中をわっと支配すんねん、ほんま無理、頭痛なってきた。しぬ、限界や。
一人の女子生徒に腕を引っ張られ、ついにその重さに負けてしゃがみこんでしまう。俺はラグビーのボールか?もうこれ収集着かん。離せや、離せ。俺に触ってええのはあの子だけや。
「…いい加減に…っ!!!!」
もみくちゃにされる俺の前に、人影が覆いかぶさる。あ、この香り。この息遣い。
「あ、あの……っ!あ、あちゅむせんぱ…、せんぱいが…!」
会いたくて会いたくてたまらなかったあの子が、俺を守るように立ちはだかっていた。人よりも小柄な子が、自分よりも怖いはずの気の強い女子に向かって微動だにしない。
「ハァ?」
「アンタ何様やねん、そこ退けや」
鋭く突き刺すような声。ああ、こんなん聞いたら泣いてまう。かわいそうに。俺が今なんとかしたるからな。そう思って彼女に視線を向けると、目に大きな雫を抱えて、それはもう堂々とした態度で踏ん張っていた。……自分で、なんとかしようとしてんねんな。俺を、助けようとしてんねん。
ふと、ひなちゃんのクラスメイトは何してんのやろ、とあたりを見回す。……居た。もっそい睨み効かしてる奴らが居た。でも皆がひなちゃんの行動を見守っているようだ。俺も見守らな。この子が今からしようとしてくれてることを。大丈夫や。大丈夫やで。俺がいるから。言いたいこと、ちゃんと言い。
「あつむ先輩、困ってるから!か、囲まんといてください!!」
あ、あかん…心臓、ぎゅうってなる。この子の勇気を、優しさを胸いっぱいに浴びて、もうさっきまでのイライラとか焦りなんかがビュンってどっか行ってもうた。涙いっぱい溜めて、俺のために立ちはだかってくれた。
あの、クラスメイトの陰に隠れていつもおびえていた子が、やで。こんなん、好きになってまうに決まっとるやん。自分絵も顔が赤くなるのを感じた。好き。好きや。俺この子がどうしようもなく好きや。それ以外何も考えられずにぼーっとしていると、不意にひなちゃんに手を掴まれる。
「先輩、行きましょう!」
もう、ぴよぴよ泣いていたひな鳥はどこにもいなくて。俺が惚れた女は逞しく、俺の手を引っ張って勇敢にも女子の群れをかき分けていく。
あまり体力のない小さな体でぽてぽてと走ったり歩きながらたどり着いた先は、俺たちが初めて会った体育館裏。ぜえぜえと肩をいっぱい使って深呼吸しているひなちゃんの流れ落ちそうな涙をすくってやる。
「あつむ、先輩…余計な、おせわでしたか…?」
「そんなわけ、ないやん」
俺が今どんなに嬉しいか。今まで一方通行だった思いを、この子から返してくれた。怖かっただろうに、近づきたくなかっただろうに。その勇気に、どれだけ俺が助けられたか。
「わたし、あつむ先輩がとられるかもって、思って…」
「……へ?」
「わたし、ほかの女の子みたいに可愛くないし……すたいるも、よくないけど…」
「え、え……」
「あ、あちゅむ先輩のこと、すきなんです!!!!」
突然の告白に、膝から崩れ落ちる。
え、マジ?夢やない?ほっぺた痛あ!!
「お、おれもや…ひなちゃんのこと、大好きやで」
びっくりしたように開かれる目が、嬉しさと恥ずかしさで細く弧を描いていく。可愛いぬいぐるみが大好きで、プリンが好き。怖がりでいつもびくびくしていて、頑張り屋さん。俺、この子の全部が大好きなんや。
◇◇◇
その頃1年の廊下では
「アンタら誰に向かって啖呵切っとんのか分かっとるんやろうな!?よくもまあうちらの赤ちゃ…ンンッ、クラスメイトに手ェ出してくれたわほんま。どう落とし前つけるつもりなん?お?」
「俺らのひなちゃんが…あの金髪ドちくしょうに取られた…!」
「私らの赤ちゃんやったのに…!!」
教師が出動するちょっとした騒ぎになったとか、ならなかったとか。
◇◇◇
おまけ
「で、あの二人付き合ったんだ」
「ほうらひいれ(そうらしいで)」
隣でパンを貪り食ってる片割れに目配せするけど、自分の兄弟の色恋沙汰に興味がないのか頑なに視線をスマホから離さない。興味ないっつうか、絶対に見ないという確固たる意思。
「おっほほ、冷たいじゃん」
「デレデレしてるあいつキッショイねん。せやから死んでも見ん」
イライラしたような態度の治に言われて再度廊下に視線を戻すと、たしかに見たことないくらい侑の表情が緩んでいる。クラスの連中もあり得ないといった表情で教室外にいる二人を凝視して、女子に至ってはあそこのポジションはウチのもんやった可能性もあった、と泣いている奴も居た。でもまあ、無理だろうな。あの二人の間に割って入ったら侑キレ散らかすんだろうなあ。北さんもだけど。
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「あつむ先輩、今度このかふぇに行きたくて…」
「うん、行こうな。ひなちゃんが行きたいとこ、どこでも連れてったるわ」
かふぇ、かふぇやって…!!一人じゃ行かせられんと北さんに禁止されとったかふぇに行きたいんやって!そんなんやったら自分が連れてったればええのに、かわいそおやわあ。律儀に言うこと聞いてんのも可愛いしなあ。
「でね……あつむ先輩、聞いてます?」
少しむっとしたひなちゃんに下からのぞき込まれる。ヒッ、なんやねんその顔、可愛いわ。俺のことどないするつもりやねん。
「もう、人の話きかない人は、あつむ君って呼びますからね!」
「呼んで」
「え…?」
「あつむくんて、呼んで」
困惑した表情のひなちゃんに、覆いかぶさるようにしてそのまま壁際へ追い込んだ。ここからだと、教室から見えへんな。
「え、と……あつむくん…」
「ん、なあに?」
顔真っ赤にして、スマホで顔隠して。もうほんまに、キスしたいわ…。
いや、あかん。そんなんしたら北さんに叱られるどころか殺されるわ!
「あつむくん、かがんで……?」
「え、あ…な、なに…?」
制服の襟をくいくいと引っ張られて、そのまま彼女のいい位置まで下げられる。
ちゅ。
瞬間、ほっぺたに触れるぷっくりとした感触。あ……やぁらかい……ええ匂いする……。
「わ、え、はわ…ひなちゃ、あかん、俺北さんに殺され……っ」
「だから二人だけの、ひみつ、ね」
「ウワッーーーーーーー!!!!」
むりむりむりむり俺ださいってほんま!熱くなった顔を手で覆いながら廊下をダッシュで逃げ去る。途中で先生に「宮廊下走んなや!」と怒られた気がしたが知らんそんなの。あんなん、あんなん、
「ずっるいでほんまに!!!!」
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