バシュヴァン2011年

夕暮れの海辺に、彼はたたずんでいた。

「ヴァン、そろそろ日が落ちる・・宿に戻ろう」

彼は振り向き、私のもとへ駆け寄ってくる。

「海って面白いな。いつまで見てても飽きないや。潮の香りと、寄せて返す波と・・」

夕焼けの赤を反射して、きらめく波は美しい。

確かに海は、様々な顔を見せるから興味深い。
だが、闇に包まれれば全てを飲み込む魔のようだ。

ヴァンは、私の手をとった。

「へへ・・誰もいないしさ、手をつないでも良い?」

「ああ、それは構わないさ」

私も彼の手を握り返す。

まるで小さな子供がするように、ヴァンはつないだ手を、大きく前後に振ってみせる。

「はは!バッシュの手、あったかい!」

無邪気な彼の笑顔に和む。そんな幼さに、まだ子供だなと思う。
だが、きっとつかの間なのだ。時はどんどん流れ、彼は成長していくのだ。

大人になったら、君は私の元を離れてしまうのだろうか。
嬉しい反面、どこか寂しさも感じていた。私自身、意識しないように努めていたが。

そんな私の心中を見透かしているのかいないのか、
ヴァンのブルーグレーの瞳が、私の顔を覗き込む。

「バッシュ・・この手、ずっと離さないで」

「いつか、君は私から離れて、どこか飛んで行ってしまうかもしれないな」

「もしそうだとしても、必ずバッシュの元に帰ってくるよ」

「ん?」

「オレの帰るところは、バッシュしかないもん」

彼の澄んだ瞳には、真剣な光が宿っていた。

「ずっと、ずっと一緒だよ」

海辺はすでに薄暗くなっていた。

「もうそろそろ戻らないと」

二人で足早に宿に向う。

「ヴァン。君こそ、その手を離さないでくれ」

「うん」

ヴァンは短く答えただけだったが、つないだ手を、ギュッと強く握り返してきた。

宿はもう目の前だ。窓の明かりに、ホッと一息つく。

この温もりは、夢でも幻想でもない。ヴァンは確かにそこにいる。
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