夕暮れの海辺に、彼はたたずんでいた。

「ヴァン、そろそろ日が落ちる・・宿に戻ろう」

彼は振り向き、私のもとへ駆け寄ってくる。

「海って面白いな。いつまで見てても飽きないや。潮の香りと、寄せて返す波と・・」

夕焼けの赤を反射して、きらめく波は美しい。

確かに海は、様々な顔を見せるから興味深い。
だが、闇に包まれれば全てを飲み込む魔のようだ。

ヴァンは、私の手をとった。

「へへ・・誰もいないしさ、手をつないでも良い?」

「ああ、それは構わないさ」

私も彼の手を握り返す。

まるで小さな子供がするように、ヴァンはつないだ手を、大きく前後に振ってみせる。

「はは!バッシュの手、あったかい!」

無邪気な彼の笑顔に和む。そんな幼さに、まだ子供だなと思う。
だが、きっとつかの間なのだ。時はどんどん流れ、彼は成長していくのだ。

大人になったら、君は私の元を離れてしまうのだろうか。
嬉しい反面、どこか寂しさも感じていた。私自身、意識しないように努めていたが。

そんな私の心中を見透かしているのかいないのか、
ヴァンのブルーグレーの瞳が、私の顔を覗き込む。

「バッシュ・・この手、ずっと離さないで」

「いつか、君は私から離れて、どこか飛んで行ってしまうかもしれないな」

「もしそうだとしても、必ずバッシュの元に帰ってくるよ」

「ん?」

「オレの帰るところは、バッシュしかないもん」

彼の澄んだ瞳には、真剣な光が宿っていた。

「ずっと、ずっと一緒だよ」

海辺はすでに薄暗くなっていた。

「もうそろそろ戻らないと」

二人で足早に宿に向う。

「ヴァン。君こそ、その手を離さないでくれ」

「うん」

ヴァンは短く答えただけだったが、つないだ手を、ギュッと強く握り返してきた。

宿はもう目の前だ。窓の明かりに、ホッと一息つく。

この温もりは、夢でも幻想でもない。ヴァンは確かにそこにいる。
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