人間に恋した神様のおはなし
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しん、と静まり返ったその場で、誰かが小さく、溜息を吐いた。
普段は笑い声が絶えない、賑やかな本丸は、静寂と寂寥感に包まれていた。
―――事の発端は、三日前。
本丸の主である真尋が、現世に戻った事が始まりだった。
審神者でありながら、現世での仕事も続けている真尋は、その日もまた、翌日に帰宅する事を伝え、現世へ戻って行った。
しかし翌日、近侍が持つ携帯端末に、真尋からメッセージが届いたのだ。
―――“暫くそっちに戻れないかも。”
普段のように、出陣や遠征、内番をこなす事。
そして、何かあれば、こんのすけに相談するようにと、簡潔な内容が書かれた文面を目にした近侍、三日月は、了承しながらも、何かあったのかと、真尋にメッセージを返した。
しかし、その後、真尋からの返信はなく、三日月は朝餉の席で、真尋から送られた文面を読み上げた。
それに対し、真っ先に反応を示したのは長谷部だった。主に何かあったのかと詰め寄るも、真尋の返事がない事を三日月が告げると、長谷部は怪訝な表情で口を噤む。
現れたこんのすけに、事情を尋ねても、こんのすけは首を横に振るだけで、その問いに答える事はなく、暫く本丸の様子を観察した後、いつの間にか姿を消していた。
始めこそ、普段通りの生活を送っていた一同だが、一日、また一日と時間が経つにつれ、次第に、その顔からは、笑顔が消えていった。
「あるじさま、いつもどってくるんでしょうか…」
たった三日。されど三日。
真尋の存在がどれほど大きなものなのか、改めて痛感する。
戦で誉を取っても、自分の事のように喜んでくれる、真尋がいない。
遠征で沢山の資材を持ち帰っても、頭を撫でて、褒めてもらえない。
一緒に遊んで、食事をして、笑顔と共に、「おかえり」と「おやすみ」を言ってくれる真尋が、何処にもいない。
ぽっかりと、心に穴が開いてしまったような感覚。
自分たちが過ごして来た歳月に比べれば、真尋と共に過ごした時間は、ほんの一瞬に過ぎないけれど。
真尋との日々は、それほどまでに楽しく、鮮やかで、忘れられないものなのだ。
「主君、どうなさったんでしょうか…」
「主様に…ッ、会いたいです…!」
「僕も真尋さんに会いたい…いつもみたいに、沢山お話しして、ぎゅーって抱き締めてもらいたい…」
「三日月、まだ真尋から連絡はないのか?」
ポツリと呟いた今剣の言葉に、秋田もまた、不安げな表情で口を開く。
泣きながら虎を抱き締める五虎退の傍らで、乱も酷く寂しそうに呟いた。
五虎退を慰める一期一振を視界の隅に捉えつつ、鶴丸が三日月に問いかければ、携帯端末をいじっていた三日月が、緩く頭を振る。
「めーるも電話も繋がらん。単に仕事が忙しいだけならいいが、」
「真尋の性格上、その場合は必ず連絡してくるだろうな。」
「あぁ。真尋にとって、思わぬ事態に陥っているのは確かだ。」
「くそっ、一体、主の身に何が…!何か連絡を取る方法はないのか!」
神妙な面持ちで話をする三日月と鶴丸を横目に、長谷部は焦燥感に声を上げる。
すると、開け放たれた大広間の入り口から、ひょっこりとこんのすけが姿を現した。
てちてちと足音を立てながら、こんのすけは一同の元へ歩み寄る。
「皆さん、此方にいらっしゃいましたか。本丸中が静まり返っていて驚きました。一体何が―――」
「それは此方の台詞だ!」
「ぐえっ!」
「こんのすけ、お前は主に何があったのか知っているはずだ。吐け!」
「僕達にも、聞く権利はありますからね。」
「知っている事を…話していただけませんか…?」
「僕も知りたい。主に何があったの?」
持ち前の機動力で、長谷部がこんのすけを捕獲すれば、宗三が口を開き、江雪と小夜も、それぞれの言葉を口にする。
暫くじたばたと暴れていたこんのすけだが、逃げられないと悟ったのか、こんのすけは抵抗をやめた。
「主さまには、口止めをされているのです。」
「、主が…?」
「じゃあ…じゃあ、このままずっと真尋さんには会えないの!?」
「そうではありませんが…」
「だったら、いつ戻って来るか教えてよ!」
「ご主人様は、僕達を置いて何処かに行ってしまうような人ではないと分かっているよ。」
「だからこそ、大将が心配なんだ。」
「こんのすけよ、このままでは戦に支障が出るやもしれぬ。子らの不安を払拭する為にも、教えてはもらえぬか?」
彼らの言葉を聞きながら、こんのすけは一同を見回す。
不安から泣き出す者。心配のあまり、言動に表れる者。口には出さずとも、真尋を懸念する者。
真尋が不在の本丸は、寂寥感と悲嘆に満ちていた。
小烏丸が言うように、このままでは任務に支障をきたす恐れがあると判断したこんのすけは、宙にパネルを出現させ、前足で操作する。
「主さま、皆さんが大変心配しています。おつらいとは思いますが、一度、本丸に戻っていただけますか?」
誰もが沈黙し、真尋の返事を待つこと暫く。やがて、大広間の入り口が、眩い光を発した。
一同が目を向ければ、そこには、待ち望んだ真尋の姿があった。
しかし真尋は、普段は笑みを浮かべている口元にはマスクをし、感情豊かな瞳は虚ろで。一人で立つことが難しいのか、ぐったりと体をドアに凭れていた。
自分の元へ駆け寄る彼らを、ぼんやりと視界に捉えながら、真尋は意識を手放した。
ふと目覚めた真尋の視界に映ったのは、すっかり見慣れた、本丸の自室の天井と―――
「目が覚めたか。」
相も変わらず、誰もが目を奪われる、美しい相貌の三日月だった。
ベッドに腰掛け、自分を見る三日月に、はて、と真尋は内心で首を傾げる。
何故、自分は自室にいるのだろう。
こんのすけから緊急の連絡を受けて、朦朧とする意識の中、本丸に戻って、みんなの顔を見たら安心して、それから―――
「意識を失った真尋を、俺が部屋まで運んだ。」
「、そっか…有難う…」
記憶が曖昧な真尋に代わり、三日月が口を開けば、真尋は小さく礼を告げる。
そして、真尋はそっと目を伏せて。
「…結局、迷惑かけちゃったな…」
物憂げに呟かれた、小さな言葉は、すぐ傍にいる三日月の耳に届いていた。
目を合わせようとしない真尋に対し、三日月は双眸を細める。
「やはり、理由はそれか。」
ギシリ、とベッドのスプリングが軋む。
真尋が正面に視線を戻せば、顔の横に手を突いた三日月が、自分を見下ろしていた。
普段のように、笑みこそ浮かべてはいるものの、三日月の表情は、どこか怒っているように見えて。
「、三日月さん…怒ってる…?」
「少なくとも、良い気分ではないな。」
「神様が風邪引くか分かんないけど、みんなに風邪を移すわけにはいかないし…これ以上、足を引っ張りたくない。」
「俺達は真尋が足を引っ張っているとは、一度も思った事はない。」
「、だって…だって、私は戦えないんだよ…審神者の中には、みんなと一緒に出陣して、戦う人もいるのに、私は…私は、ただみんなの帰りを、待つ事しか出来ない…!
審神者同行の出陣命令があっても、私は一方的に守られるだけで、何の役にも立たない…お荷物でしかない…!それなのに、私の所為で、みんなに風邪が移ったりしたら…!」
風邪を引いた事により、精神的にも弱っているのだろうか。
これまで抱えていた思いが、涙と共に溢れ出す。
こんな事では、また迷惑をかけてしまう。弱音を吐くわけにはいかないのに、一度、口にしてしまえば、止める事が出来なかった。
三日月の反応が怖くて、真尋はきつく目を閉じる。
幻滅されてしまっただろうか。こんな主は嫌だと、何処かに行ってしまうだろうか。
一度、負の感情に囚われてしまえば、そこから抜け出す事は難しく、より一層、思考はマイナスへと陥っていく。
「俺達が出陣する時、いつも真尋がしてくれる事を覚えているか?」
「……?」
「どんなに忙しくても、真尋は必ず見送りに来てくれるだろう。お守りの有無を確認し、一人ずつに声をかけ、送り出してくれる。」
「……」
「戻った時も、必ず出迎えてくれるだろう。それがどれほど嬉しいか、話した事はなかったか。真尋の笑顔を見ると、疲れなど一瞬で吹き飛んでしまう。
入手困難と言われる刀剣男士も、真尋が望むなら、何度でも捜索出来る。連れ帰った時の真尋の笑顔を思えば、周回など苦ではないからな。」
「……、」
「初めて真尋と出陣したのは、大阪城だったな。
道中、真尋がこっそり持って来た、菓子や弁当を食べたのは良い思い出だと、あの時、共に出陣した者と話す事がある。それを聞いた他の者達は、大層羨んでいたな。」
三日月から紡がれる言葉に、真尋はそっと目を開く。
そこには、嬉しそうに、そして、優しい笑みを浮かべた三日月が、真尋を見つめていた。
「この本丸で、真尋を疎ましく思う者など一人もいない。自分が足を引っ張っているなどと、悲しい事を言うな。
戦場に出るだけが戦ではない。真尋はずっと、俺達と共に戦ってくれている。俺達を奮い立たせ、癒してくれるのは、真尋だけだ。」
「……っ、」
「戦場で武器を振るえない事を、負い目に感じる必要はない。俺に…俺達に、真尋を護らせてくれ。」
「三日月、さん…!」
「“どんな事でも、思っている事があれば話して欲しい。”いつも真尋は、俺達にそう言ってくれるが、それは俺達も同じだ。
不満を零したくなる事もあるだろう、不安に思う事もあるだろう。一人で抱え込まずに話して欲しい。それがどんな事であれ、失望などしないさ。」
「…っ、ごめ…わ、わたし…ずっと、ッ…戦えない自分が、いやで…!」
「あぁ、」
「現世に戻って…風邪、引いて…っ、みんなに、迷惑…かけたく、ない、から…治るまで、もどらないって…、…決めてた、のに…ッ、みんなに会えないの、さみしくて…!」
「それは俺達も同じだ。」
三日月が吐露した言葉に、真尋はぽろぽろと涙を零しながら、嗚咽交じりに言葉を紡ぐ。
彼女の思いを一言たりとも聞き逃さぬよう、三日月は耳を傾けながら、真尋が少しでも落ち着くように、その頭を優しく撫でていた。
「もっと俺達を頼ってくれ。真尋が一人で苦しむのは耐えられん。」
「、ん…うん…!…ごめ、なさぃ…!」
「よいよい。さぁ真尋、俺が理性を保っているうちに泣き止んでくれ。」
「……?」
「真尋が閨で流す涙は、快楽に溺れた時だけで良い。」
「、ぇ…?」
「三日月、貴様!今すぐ主から離れろ!!」
「!?」
三日月が真尋との距離を縮めた、その時―――突如、長谷部が部屋に飛び込んで来た。
驚いて固まる真尋を余所に、長谷部は三日月に詰め寄る。
「先程から黙って見ていれば、体調が優れない主に無体を働こうとするなど言語道断!圧し切るぞ!」
「俺はまだ何もしていないぞ。」
「まだとは何だ、まだとは!」
「、ぇ…え…?ちょ、ちょっと待って…長谷部、どこから聞いてたの…?」
「主が目を覚ます前から、ずっと寝室の前で待機していました。」
「えぇ!?」
「真尋が目を覚ました時、周りに皆がいては騒がしくなるからな。近侍の権限で、皆は閨の外で待つように伝えた。」
「、え…みんな…って、まさか…」
恐る恐る、恐々と、真尋が寝室の入り口に目を向ければ、開け放たれたドアの先には、ずらりと刀剣男士達が控えていた。
つまり、先程、述懐した言葉も、子供のように号泣したところも、全て―――彼らに、見られていた訳で。
瞬間、真尋は風邪による熱ではなく、羞恥からカッと顔を真っ赤に染め上げる。
「じ、実家に帰らせていただきます…!」
「大将の風邪が治るまで、このたぶれっとは預からせてもらうぜ。俺っちが責任を持って、大将を治療するから安心してくれ。」
「おうふ…あ、有難う薬研…」
現世に戻る手段であるタブレットを片手に、にこやかに告げる薬研に対し、真尋はぎこちない笑みを返す。
そんな二人のやりとりを視認した短刀達は、真尋の元へ駆け寄り、他の刀剣男士達も、寝室に足を踏み入れる。
「あるじさま、おかえりなさい!あいたかったです!!」
「主君、お加減は如何ですか…?」
「主様に会えなくて…うぅ、っ…さ、寂しかったです…!」
「真尋はもっと自分に自信持ってよね!俺、真尋が大好きだよ。主が真尋で良かったって、いつも思ってるもん。」
「そうだよ、僕達が真尋さんを嫌いになるわけないでしょ!」
「何処までもお供致します。」
「全く、真尋は考え過ぎなんだよ。ゴチャゴチャ考える前に、俺達に相談すりゃあいいだろうが。」
「そうだね。兼さんも真尋さんの笑った顔が好きだって言ってたもんね!」
「なっ!?く、国広お前…!」
「ははっ、和泉守、顔が真っ赤だぞ?」
「う、うるせえ鶴丸!」
「huhuhu、主は泣き顔も可愛いデスね。」
「ふふっ、そうだね。ご主人様が全快したら、お祝いに何でも命令を聞くよ!」
「真尋、欲しい物はないか?」
「主の体調が早く良くなるように、祈祷をしないとね。」
「ぬしさま、お加減が良くなったら、小狐の毛艶を整えて下さいませ。ぬしさまに会えず、毛艶が悪くなってしまいました。」
「主の為に、栄養たっぷりの食事を作らないとね。」
「食事の事は、僕と燭台切に任せてくれ。」
「うんうん、やっといつもの本丸に戻ったね。」
「あぁ、そうだな兄者。真尋がいない間は、まるで墓場にでもいるような雰囲気だったからな。」
「肘丸も寂しくて泣いていたもんね。」
「なっ、泣いてなどいない!それに、俺の名前は膝丸だ兄者!」
「真尋、風邪が治ったら一杯付き合えや。」
「賛成~!一杯と言わずに、朝まで付き合ってもらうよ!」
「次郎太刀、主は酒が得意ではないと知っているでしょう。無理を言うものではありませんよ。」
嬉しそうに話しかけて来る刀剣男士たちを視認し、真尋の顔にも、自ずと笑みが浮かぶ。
そんな中、少し離れた場所で、一人俯いている謙信を視界に捉え、真尋は声をかける。
ゆっくりと歩み寄る謙信の双眸には、今にも溢れ出さんばかりに、涙が浮かんでいて。
「、ぼくは…がまんができるこ、だから…」
「謙信くん、」
「…つよいこ、だから…」
「我慢しなくていいよ。寂しい思いさせてごめんね。」
そっと頭を撫でてやれば、謙信の瞳からは、堪え切れずに涙が零れ落ちる。
縋るように、真尋の手を諸手で包み、声を殺して泣く謙信の姿に、真尋の双眸にも、再び涙が浮かぶ。
そして、その視線を、傍らに佇む長谷部へと移した。
「長谷部、」
「はい。」
「私は何があっても、長谷部を捨てたりしないから。」
「!」
「不安にさせてごめん。いつも有難う。」
「…ッ、はい…!主の不在の間も、この長谷部、本丸をお守りしておりました…!」
自身が折れる事よりも、主に捨てられる事を、何よりも恐れる長谷部にとって、真尋が不在だった三日間は、酷く焦燥と懸念に苛まれていたはずだ。
真尋の言葉に、深々と頭を垂れる長谷部は、真尋が主である事を誇りに思うと同時に、改めて、己の刃生を真尋に捧げる事を、固く心に誓った。
「お騒がせしました…みんな、ごめんね。―――ただいま。」
―――彼らの主で良かった。
心からそう思いながら告げた、真尋の言葉に対し、彼らもまた、笑顔で告げるのだ。
「お帰りなさい!」
ふわり、室内に桜が舞い落ちた。
「三日月さん、」
「ん?」
「私が寝てる間、ずっと手を握っててくれたの?」
これ以上は、真尋の体に障るからと、長谷部が一同を追い出し、部屋に残ったのは、近侍の三日月のみ。
つい先程まで、薬研もいたのだが、必要なものを取りに行くと言って、席を外していた。
ちなみに長谷部は、先程の三日月の言動を戒心し、寝室の外で控えている。
「あぁ。真尋の体調が少しでも良くなるように、神気を送っていた。」
「だからかな、目が覚めた時、体が楽だった。神様って凄い、有難う。」
「礼には及ばんさ。楽になったとは言え、まだ熱は下がっていないだろう。もう一度、眠るといい。」
「うん………ね、三日月さん。」
「ん?」
「私が寝るまで…手、握っててくれる?」
「あい分かった。」
「ありがと。」
頷く三日月に、真尋は礼を告げて目を閉じる。
程なくして、真尋から寝息が聞こえ、三日月は苦笑を浮かべた。
「男の前で、簡単に眠るものではないぞ。」
信頼されていると言えば聞こえはいいが、真尋は刀剣男士の前では、いつも無防備だった。
短刀たちと昼寝をするのは、まだ良い。だが、同じように、明石と昼寝をする事もあるのだ。しかも、互いを抱き枕にして、しっかりと抱き合いながら。
スキンシップを重んじる真尋は、刀剣男士の頭を撫でたり、抱き付いたりするのは、日常茶飯事で。
そして、その逆も然り。刀剣男士たちが、真尋に触れる事も容認していた。
真尋に好意を寄せる三日月にとって、それは非常に面白くない事であり、尽きない頭痛の種でもあった。
自分たち刀剣男士を、家族のように思ってくれるのは嬉しいが、多少なりとも、警戒心を持って欲しいと言うのが本音だった。
神と言えど、男。ましてや、真尋に想いを寄せる者とスキンシップを行うことが、どれほど自身の身を危険に晒しているのか、真尋に理解してもらいたい。
三日月の懸念など、知る由もなく。
安堵の表情で眠る、真尋の寝顔を見つめながら、三日月は困ったように笑い、真尋の額に、口付けを落としたのだった。
あとがき
戦えない事がコンプレックスなヒロインの話を、どこかで書きたいと思っていたので、風邪ネタと一緒にぶっ込みました。
水無月藍那
2017/11/20
▼special thanks!!
曖昧きす
↓おまけもありますぞ。
それから数日後。
刀剣男士たちの手厚い看病とお見舞いにより、すっかり元気になった真尋は、庭で遊ぶ短刀たちの声を聞きながら、小狐丸の髪を梳いていた。
―――余談ではあるが、馴れ合わない系男士代表、大倶利伽羅が食事を運んで来ては、真尋が食べ終わるまで傍に控えていたり。
突然、部屋を訪れた大典太が、「…俺がいれば、病もすぐに治るだろう。」と言って、ずっと真尋の傍にいたり。
山姥切が「万屋に行くが、何か欲しい物はあるか?」と、頻繁に様子を見に来たりと、普段、積極的に関わりを持とうとしない刀剣男士たちまでもが、真尋の元に足を運んでいた。
つまり、今回の一件は、それほどまで、刀剣男士たちに多大な影響を与えたという事で。
心配をかけてしまった事を、申し訳ないと思う反面、普段よりも、彼らと多くの言葉を交わせた事が、真尋は嬉しかった。
「そういえば真尋、あの時、どうして返事をくれなかったんだ?」
縁側に腰掛け、短刀たちが遊ぶ様子を眺めていた鶴丸が、ふと思い出したように、真尋に問いかける。
鶴丸が言う、あの時が、自分が現世に戻っていた三日間である事を察した真尋は、小狐丸の髪を梳きながら、口を開いた。
「iPhoneのバッテリーが切れちゃって…充電したくても、体が重くて動けなかったんだよね。ごめんね三日月さん。」
「事情が事情だ、気にする事はない。…しかし、それほど悪かったのか。」
「うーん…流石に四十度まで熱が出ると、訳分かんなくなるんだよね。」
「は!?四十度!?」
「あなや…」
「真尋、本当に治ったのか?無理をしていないか?」
「ぬしさまが倒れられた時は、肝を冷やしました…あのような思いは、二度としたくありませぬ。」
「うん、本当にもう大丈夫だよ。心配かけてごめんね。」
驚愕する鶴丸と三日月の傍らで、巴形が心配そうに真尋の顔を覗き込む。
髪を梳いていた真尋の手を取り、眉尻を下げて振り返る小狐丸の頭を、真尋は空いているもう一方の手で撫でてやる。
「これからは風邪引いても、現世に引き篭もらないで、こっちに帰って来るよ。」
「あぁ、そうしてくれ。真尋がいない三日間は、本当に地獄だったからな。」
「…何があったの?」
「まず、短刀達の笑顔が消えた。」
「!?」
「鶴丸が驚きを仕掛けなくなった。」
「!?!?」
「燭台切殿が、ふらいぱんを真っ黒に焦がしました。」
「!?!?!?」
「長谷部が書類を書き間違えた。」
「!?!?!?!?」
次々と語られる、衝撃の出来事に、真尋は動揺を隠せずにいた。
固まる真尋が面白かったのか、鶴丸は可笑しそうに笑みを零すと、再び口を開く。
「まだまだ他にもあるぞ?鶯丸が茶ではなく、こーひーを飲んだり、山姥切が布を忘れて出陣しそうになったり、」
「ちなみに布無しまんばちゃんの写真は!」
「すまん、撮り損ねた。」
「ガッデム!み、見たかった…!」
打ちひしがれる真尋が、「こうなったら、まんばちゃんの布を剥ぎ取るしか…」と、物騒な事を呟いていると、タイミングがいいのか悪いのか、山姥切が廊下の向こうからやって来た。
それを視認した真尋は、ゆらりと立ち上がり、山姥切と向き合う。
不気味な笑みを湛えた真尋に、身の危険を感じたのか、山姥切はすぐさま身を翻し、元来た廊下を走り出した。それと同時に、真尋も山姥切の後を追いかける。
「何で逃げるのまんばちゃん!」
「お前が追いかけて来るからだろう!」
「ソノ布置イテケ!」
「断る!」
「仕方ない、こうなったら…長谷部ー!まんばちゃん捕まえて!」
「主命とあらば!」
「くっ…何故俺がこんな目に!俺が写しだからか…!」
真尋の一声で、瞬時に現れた長谷部が、とんでもない速さで廊下を駆け抜けていく。
嵐が過ぎ去った後のように、静けさを取り戻したその場で、鶴丸は堪え切れずに吹き出し、三日月と小狐丸もまた、その整った相貌に笑みを浮かべた。
「本当に、真尋がいると退屈しないな。」
「うむ、よきかなよきかな。」
普段では、考えられないような事をやらかす刀剣男士たち。それだけヒロインの影響力は大きい。
↓さらにおまけ。
その後、廊下での逃走劇を目撃した今剣が参戦し、山姥切は捕まってしまった。
審神者部屋に連行され、周囲を三人に囲まれた山姥切は、四面楚歌の状況下、ただただ目深に布を被り、顔を俯けていた。
「抵抗は無駄だ。」
「ほーらあるじさま、ぼくならできるでしょ!」
「二人とも有難う!私だけだったら、絶対捕まらなかったよ。」
「何でも言って下さい。俺は気位だけ高い連中とは違いますから。」
「あるじさまー、ぼくにもごほうびほしいですー!」
「うん。協力してもらったし、後で二人に何かあげるね。」
「わーい!あるじさま、だいすきです!」
「はっ。主の思い遣りが、身に沁みます。」
「さぁまんばちゃん、無駄な抵抗はやめなさい!すぐ終わるからねー。」
怪しく諸手の指先を動かしながら、にじり寄る真尋に、山姥切は一歩退くも、背後には長谷部がいる為、それ以上、後退する事は出来ず。
山姥切は諦めたように、その場に力なく腰を下ろした。
「…っ、好きにしろ…!」
投げやりに告げられた言葉に、真尋は身を屈め、iPhone片手に、山姥切の布へと手を伸ばす。
羞恥ゆえか、はたまた当惑か。山姥切の頬は赤く色付き、綺麗な緑色の双眸には、うっすらと涙が溜まっていた。
瞬間、真尋はその場に崩れ落ちる。
「主!?」
「負けました…」
「あるじさま、どうしたんですか?」
「まんばちゃんの圧倒的な女子力に主の心が折れそうなんだが、どうすればいい。」
「ラノベのタイトルのようですね。」
「流石長谷部、よく分かってる。」
「最近のラノベは無駄にタイトルが長いですからね。逆に覚えてしまいますよ。」
「むー…ぼくは、あにめかされた、らのべしかわかりません。」
「(話に全く付いていけないのは、やはり俺が写しだからか…)」
ラノベのくだりが書きたかっただけ。
その後、四人で仲良く写真を撮った後、まんばちゃんは堀川くんとカカカの元へ行き、ラノベの手ほどきを受けるのでした。
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